第六章 母の死の真相
「リリアーナ様」
屋敷に戻ったリリアーナを、侍女のマリアが出迎えた。
「王宮から、お客様がいらしています」
「お客様?」
「はい。リリアーナ様のお母様に仕えていた方だそうです」
リリアーナの足が止まる。
「……母に?」
「はい」
応接室へ向かうと、そこには白髪の老女が座っていた。
リリアーナを見るなり、老女は涙を浮かべた。
「まあ……」
震える手で口元を押さえる。
「奥様に、そっくりでございます」
「母を知っているのですか?」
「はい。私は、奥様がこの屋敷を出るまで仕えておりました」
リリアーナは向かいに座る。
「教えてください」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「母は……どうして亡くなったのですか?」
老女は俯いた。
「公爵様からは、病死だと聞かされているでしょう」
「はい」
「ですが、違います」
リリアーナの指が止まる。
「奥様は、ご自身の聖女の力を誰かに奪われていたのです」
「……母も?」
「はい」
老女は一枚の古びた紙を取り出した。
「奥様は、ご自身の力が少しずつ失われていることに気づいていました」
「それで?」
「調べている途中で、公爵様に知られてしまったのです」
リリアーナは息を呑む。
「父が……?」
「公爵様は、奥様に秘密を知られたことを恐れました」
「……」
「そして奥様は、その数日後に亡くなりました」
部屋が静まり返る。
母は病気だった。
ずっとそう思っていた。
けれど。
本当は違った。
「では……私の力を奪っていたのも」
「はい」
老女は頷いた。
「公爵様です」
リリアーナは目を閉じた。
怒りよりも先に。
悲しさが込み上げた。
母も。
自分も。
ずっと、この家に利用されていた。
「……どうして」
小さく呟く。
「どうして、そこまでして?」
老女が答えた。
「聖女の力を持つ者を家から出したくなかったのでしょう」
「家のために?」
「はい」
リリアーナはゆっくり立ち上がった。
「違うわ」
「……?」
「家のためなんかじゃない」
窓の外を見る。
「自分の欲のためよ」
⸻
その頃。
王宮では、アレクシスが父である国王に呼び出されていた。
「アレクシス」
「はい」
「お前は本気でリリアーナを取り戻すつもりか?」
「……はい」
国王は深いため息をついた。
「難しいぞ」
「分かっています」
「彼女の周りを見たか?」
「……はい」
ルシアン。
レオン。
カイル。
ノア。
誰もがリリアーナを大切にしている。
そして彼女自身も。
もう誰か一人に縋るような女性ではない。
「それでも?」
「それでもです」
アレクシスは顔を上げた。
「僕は、彼女を愛しています」
「ならば」
国王は一枚の書類を差し出した。
「王太子としてではなく、一人の男として向き合え」
「……」
「婚約者という立場も、王太子という身分も捨てて、それでも彼女が選ぶなら迎え入れろ」
アレクシスは書類を見つめた。
それは――
王太子の婚約者候補からリリアーナを外したことを撤回する正式な文書。
そして。
「これを彼女へ届けろ」
「はい」
⸻
その日の夜。
リリアーナの屋敷に、アレクシスが訪れた。
「殿下……」
「突然すまない」
彼は以前のように勝手に屋敷へ入ってくることはしなかった。
門の前で、許可を待っていた。
リリアーナは少し驚く。
「何の御用ですか?」
アレクシスは一枚の書類を差し出した。
「婚約破棄の撤回?」
「違う」
「では?」
「僕が王太子として君を縛る権利を、完全に放棄する書類だ」
リリアーナが目を見開く。
「……どういう意味です?」
「君を王太子妃にするためじゃない」
アレクシスはまっすぐ彼女を見る。
「君が僕を選ばなくても、僕は君を助ける」
「……」
「君の家族と戦うなら、僕も戦う」
「殿下……」
「君の母君の死についても、王家として調査する」
リリアーナの目が揺れる。
「どうして?」
「君が、僕にとって大切な人だから」
「それは……昔も同じことを言っていました」
「……そうだな」
アレクシスは苦しそうに笑った。
「だから今度は、言葉じゃなく行動で証明する」
そのとき。
背後から声がした。
「ずいぶん立派なことを言うようになったね」
ルシアンだった。
その隣にはレオンたちもいる。
「ですが」
ルシアンはアレクシスを見る。
「僕たちは、簡単には譲りませんよ」
「分かっている」
アレクシスは答えた。
「君たちが彼女を大切にしていることも」
「では、どうする?」
レオンが尋ねる。
アレクシスはリリアーナを見る。
「彼女に選んでもらう」
「……」
「僕はもう、彼女の人生を勝手に決めない」
その言葉に。
リリアーナは少しだけ目を細めた。
「……変わりましたね」
「君を失ってからな」
⸻
翌朝。
王都に衝撃が走った。
アストレア公爵家に対する王家の調査が正式に始まったのだ。
さらに。
公爵家の地下から、大量の魔術道具が発見された。
そこには。
リリアーナと母の名前が刻まれていた。
そして。
最後に見つかった一枚の記録。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
『第一王子が生まれた際、聖女の力を王家へ移す計画を開始する』
リリアーナは、その記録を見て凍りついた。
「……王家?」
公爵家だけではない。
この陰謀には――
王家そのものが関わっていた。
そして。
リリアーナの母が命を落とした本当の理由も。
彼女が生まれながらに聖女だった理由も。
すべてが一つに繋がろうとしていた。




