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婚約破棄されたので、愛されるだけの令嬢をやめました。  作者: ももにく


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第五章 奪われていた光


「……聖女の力が、奪われていた?」


大神官の言葉に、リリアーナは目を見開いた。


「そんなことが可能なのですか?」


「通常なら不可能です」


大神官は聖石を見つめながら、険しい顔をしていた。


「ですが、幼い頃から長期間にわたって特殊な魔術を施せば……」


「誰かの魔力を別の人間へ流すことはできます」


ノアが続けた。


「ただし、かなり危険な術だよ」


リリアーナの胸がざわつく。


「……誰が、そんなことを?」


大神官は答えなかった。


代わりに、一冊の古い記録書を開いた。


「リリアーナ嬢。あなたが生まれた日の記録です」


そこには、母の名前とともに奇妙な記述が残されていた。


――出生直後、強い聖属性魔力を確認。


リリアーナは息を呑む。


「私が……生まれたときから?」


「はい」


そして大神官は、もう一つの記録を見せた。


「こちらはエミリア嬢がこの国へ来た日です」


そこには――


聖女として召喚された際の記録。


だが。


「……魔力が、ほとんどない?」


ルシアンが呟く。


大神官が頷いた。


「召喚された時点で、エミリア嬢に聖女としての力はありませんでした」


「じゃあ……」


レオンが顔を上げる。


「エミリアが聖女になれたのは……」


「誰かから与えられていた可能性があります」


沈黙。


リリアーナの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。


熱を出して寝込んだ夜。


いつも身体が重かった。


何をしても疲れていた。


なのに。


家族は誰も心配してくれなかった。


『お姉様は身体が弱いから』


そう言っていたエミリア。


『私がお姉様の代わりに元気になってあげる』


幼い頃の妹の笑顔。


「……まさか」


リリアーナの指が震える。


「私の力を……エミリアに?」


ノアが静かに答えた。


「可能性は高いね」


その瞬間。


大聖堂の扉が勢いよく開いた。


「そんな話、誰が信じるというのですか!」


エミリアだった。


その後ろには、アストレア公爵。


そして継母の姿もある。


「お父様……」


リリアーナの声が震える。


公爵は娘を見るなり、顔をしかめた。


「リリアーナ。お前は何をしている」


「何を……?」


「エミリアを聖女ではないと言い出し、今度は我が家まで疑うのか」


「私は何も――」


「黙れ!」


昔と同じだった。


何を言っても聞いてくれない。


胸が痛む。


けれど。


もう泣かなかった。


「……そうですか」


リリアーナは静かに笑った。


「では、聞かせていただきます」


「何をだ」


「私が幼い頃から体が弱かった理由を」


公爵の表情が固まる。


「……」


「私が何度も倒れていたことをご存じでしたよね?」


「子供なら体調を崩すことくらいある」


「では、こちらは?」


ノアが一枚の紙を差し出した。


古い魔術式の記録。


そこには、公爵家の地下室で行われていた魔術の痕跡が記されていた。


「この術式」


ノアが公爵を見る。


「誰が使った?」


「……知らん」


「嘘ですね」


「何を根拠に!」


「術式の核に、アストレア家の魔力紋が残っています」


公爵の顔が青ざめた。


リリアーナは父を見つめる。


「……お父様」


昔なら。


ここで「違うと言って」と願っていた。


でも今は違う。


「私の力を、奪ったのですか?」


「……」


答えはない。


それが答えだった。


「そう……」


リリアーナは目を伏せる。


悲しくないと言えば嘘になる。


けれど。


不思議と涙は出なかった。


「私がずっと弱かったのは」


一歩、父へ近づく。


「私が弱かったからではなかったのですね」


公爵は何も言えない。


「あなたたちが、私を弱くしていた」


その声は静かだった。


だからこそ。


大聖堂にいる全員の胸へ、深く突き刺さった。


⸻


「お姉様……」


エミリアが震える声で言った。


「私は知らなかったの……」


リリアーナは妹を見る。


「本当に?」


「本当よ!」


「では、一つだけ聞くわ」


「……何?」


「あなたが子供の頃、私に言った言葉を覚えている?」


エミリアの顔が強張った。


『私がお姉様の代わりに元気になってあげる』


「……」


「覚えているのね」


リリアーナは微笑む。


「そう」


エミリアが一歩後ずさる。


「違う……」


「何が違うの?」


「私は……ただ、お姉様を心配して……」


「なら」


リリアーナは一歩近づいた。


「なぜ私が倒れるたび、あなたは元気になったの?」


「……!」


エミリアの顔から血の気が引いた。


その瞬間。


アレクシスが口を開いた。


「エミリア」


「殿下……」


「君は、知っていたのか?」


「違います!」


「本当に?」


「私は何も知らない!」


エミリアは泣きながらアレクシスへ駆け寄った。


「殿下だけは私を信じてください!」


以前なら。


アレクシスは迷わず彼女の手を取っていた。


けれど。


今は違う。


「……もう、分からない」


エミリアの動きが止まる。


「僕は、何を信じればいい?」


その言葉に。


エミリアは絶望したような顔をした。


⸻


その日の午後。


王宮から正式な調査命令が下された。


アストレア公爵家は調査対象となり、地下の魔術施設も封鎖された。


リリアーナは、父親の前に立った。


「お前を育てたのは私だ」


公爵が言う。


「だから、少しくらい我慢して家のために尽くしてもいいだろう」


リリアーナは静かに首を横に振った。


「お父様」


「なんだ」


「私はもう、アストレア家のためには生きません」


「……!」


「あなたたちが私を家族として扱わなかったように」


リリアーナは微笑んだ。


「私も、あなたたちを家族だと思うことをやめます」


公爵の顔が歪む。


「待て!」


「さようなら」


扉が閉まる。


リリアーナは振り返らなかった。


その隣には、四人の男がいた。


ルシアン。


レオン。


カイル。


ノア。


そして少し離れた場所には――アレクシス。


彼は何も言わず、彼女を見ていた。


やがて。


「リリアーナ」


彼女が振り返る。


「何でしょう?」


「……君の家族から、君を守ることができなかった」


「はい」


「だから今度こそ――」


アレクシスは言葉を止めた。


「君を守らせてほしい」


リリアーナは少しだけ考える。


そして。


「殿下」


「……うん」


「私はもう、守られる必要はありません」


アレクシスの目が伏せられる。


「でも」


リリアーナは微笑んだ。


「私の隣に立つというのなら、拒みませんわ」


アレクシスが顔を上げる。


「……本当に?」


「ただし」


彼女は四人の男たちを見る。


「私の隣は、もう一人分しか空いていません」


四人が一斉にアレクシスを見る。


ルシアンが笑った。


「さて。王太子殿下に、その席を取れるかな?」


レオンも腕を組む。


「簡単には譲らないぞ」


ノアは楽しそうに笑う。


「僕は反対だけどね」


カイルは静かに頭を下げた。


「決めるのは、お嬢様です」


アレクシスは苦笑した。


そして。


初めてリリアーナの前で、王太子としてではなく、一人の男として頭を下げた。


「……なら、僕は一生かけて証明する」


「何を?」


「今度は、君を失わないことを」


リリアーナは何も答えなかった。


ただ。


ほんの少しだけ。


昔と同じ、優しい笑顔を見せた。


その笑顔を見たアレクシスは――


三ヶ月前、彼女を捨てた日の自分を心の底から憎んだ。


そしてその頃。


王都の外れでは、一人の男が古い手紙を読んでいた。


そこには、リリアーナの母の名前が記されていた。


――彼女が死んだのは、病ではない。


――聖女の力を奪った者たちは、まだ罰を受けていない。


男は手紙を燃やした。


「ようやく、あの娘に真実を返す時が来たか」


リリアーナの知らないところで。


母の死の真相までもが、動き始めていた。

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