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婚約破棄されたので、愛されるだけの令嬢をやめました。  作者: ももにく


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第四章 本物の聖女



「聖女エミリア様に、奇妙な現象が起きています」


王宮の大聖堂。


大神官の言葉に、貴族たちがざわめいた。


「奇妙な現象?」


「はい」


大神官は、祭壇の前に置かれた聖石を見つめる。


「聖女が触れても、聖石が一切反応しないのです」


「そんな……!」


エミリアの顔が青ざめた。


「昨日までは光っていたではありませんか!」


「昨日まで?」


大神官が眉をひそめる。


「昨日も、光ってはいません」


「……え?」


「聖女様が触れた際に光ったように見えたのは――」


大神官が一枚の紙を取り出した。


「魔術による偽装でした」


大聖堂が騒然となる。


「嘘よ!」


エミリアが叫んだ。


「私は聖女よ! 異世界から召喚されたのよ!」


「異世界人であることと、聖女であることは別です」


「そんな……」


エミリアが震える。


そして。


彼女の視線が、ゆっくりとリリアーナへ向いた。


「……まさか」


「?」


「お姉様……」


エミリアが呟いた。


「あなたなの……?」


リリアーナは眉を寄せた。


「何の話かしら?」


大神官が、リリアーナに近づいた。


「リリアーナ嬢」


「はい」


「一つ、お願いがあります」


祭壇の中央に置かれた聖石。


「こちらに触れていただけませんか?」


「私が?」


「はい」


リリアーナは困惑した。


「ですが、私は聖女では――」


「いいから触れてみろ」


アレクシスが言った。


リリアーナは彼を見る。


「……殿下がそう仰るなら」


ゆっくりと手を伸ばす。


指先が聖石に触れた瞬間。


――カッ。


眩い光が大聖堂を包んだ。


「……!」


全員が息を呑む。


聖石から溢れた光は天井まで届き、ステンドグラスを白く染めた。


大神官が震える声で呟く。


「……間違いありません」


「何が……?」


「この光は、聖女の中でも最高位の者にしか出せない――」


大神官は、その場で膝をついた。


「真聖女の光です」


静寂。


誰も声を発しない。


リリアーナだけが、呆然と自分の手を見ていた。


「私が……?」


「はい」


大神官は深く頭を下げる。


「リリアーナ・フォン・アストレア様」


「あなたこそ――」


「この国に現れた、本当の聖女です」


⸻


「違う!」


エミリアが叫んだ。


「違う違う違う!」


彼女はリリアーナに駆け寄ろうとした。


だが。


カイルが一歩前に出る。


「それ以上近づくな」


「どいて!」


「お断りします」


エミリアはアレクシスを見る。


「殿下!」


助けを求めるような声。


「私は聖女ですよね?」


アレクシスは答えられなかった。


目の前には。


本物の聖女として光を放つリリアーナ。


そして。


自分が選んだエミリア。


頭の中で、三ヶ月前の光景が蘇る。


『私はやっていません』


泣きながら訴えていたリリアーナ。


『殿下、どうして私を信じてくれないの?』


自分は。


彼女を切り捨てた。


「……リリアーナ」


彼女がこちらを見る。


「何でしょう?」


「僕は……」


言葉が出てこない。


謝りたい。


違う。


謝って済む問題ではない。


彼女を疑った。


婚約を破棄した。


そして。


別の女を選んだ。


「……ごめん」


ようやく出た言葉。


リリアーナは少しだけ目を伏せた。


「謝らなくて結構です」


「でも……」


「殿下」


彼女は穏やかに笑った。


「あなたが私を信じなかったことは、もう終わったことです」


「……」


「私は前に進みます」


その言葉が。


何より苦しかった。


「僕は、君を――」


「言わないでください」


「……リリアーナ」


「昔の私は、殿下から愛されることが幸せだと思っていました」


彼女はまっすぐ彼を見る。


「でも今は違います」


その隣に。


ルシアンが立った。


「彼女はもう、一人で立てる」


レオンも続く。


「むしろ俺たちが追いつけないくらいになった」


ノアが笑う。


「だから殿下。諦めたほうがいいですよ」


カイルも静かに頭を下げた。


「お嬢様の未来に、あなたが必要かどうかは――お嬢様ご自身がお決めになります」


アレクシスは何も言えなかった。


⸻


その夜。


王宮の庭園。


リリアーナは一人で月を見上げていた。


「……聖女、か」


自分でも信じられない。


そのとき。


「リリアーナ」


振り返る。


アレクシスだった。


「何か御用ですか?」


「少しだけ、話をしたい」


「……どうぞ」


二人の間に沈黙が落ちる。


「僕は、君をずっと守っているつもりだった」


「はい」


「君が家族に虐げられるたび、僕が助ければいいと思っていた」


「……」


「でも」


アレクシスは苦しそうに笑う。


「結局、僕は君を一番傷つけた」


リリアーナは何も言わない。


「君が僕を好きだと思っていた」


「……はい」


「だから、何をしても君は僕のところに戻ってくると思っていた」


彼は拳を握った。


「馬鹿だった」


リリアーナは静かに答えた。


「ええ」


「……否定してくれないんだな」


「事実ですもの」


アレクシスは苦笑した。


そして。


「もう一度、僕にチャンスをくれないか?」


リリアーナの瞳が揺れる。


「僕は君を愛している」


初めて。


アレクシスは自分の気持ちを認めた。


エミリアではない。


聖女だからでもない。


王太子として必要だからでもない。


ただ。


「君が好きなんだ」


リリアーナはしばらく彼を見つめた。


そして。


「……殿下」


「何だ?」


「私、今とても幸せなんです」


「……」


「あなたに捨てられたからこそ、私は自分自身を見つけることができました」


「だから――」


彼女は微笑んだ。


「昔の私を愛していた殿下に、今の私を愛する資格があるのかしら?」


アレクシスは答えられなかった。


その夜。


王太子は初めて理解した。


愛しているからこそ、手放してはいけなかった。


そして。


手放した女を取り戻すことは――


思っていたより、ずっと難しい。

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