009 ギルドといえば冒険者というのは思い込み
「あれがこの街のギルドだ」
「へえ」
ガウルンが顎で示した先――街の大通りの一等地らしき場所に、一際大きく重厚な石造りの建物がそびえ立っていた。
森の木々を背に、どっしりと構えるその姿は、まるで街の心臓のように立派だった。
「あそこに連れて行きたいんだが……流石にこれを担いだまま持ち込むと、中で何を言われるかわかったもんじゃねえんだよな」
ガウルンは背負った森林イタチの巨体を見上げて苦笑する。
「……なるほど。
やっぱり狩猟者のギルドといえど、ロビーへナマモノを持ち込むのは非難の対象になるんだね?」
悠馬が納得したように頷くと、ガウルンは「狩猟者のギルド?」と不思議そうに少し首を傾げた。
その後、あっと気づいたように説明する。
「……あー、いや、すまん。
あれはただの『街のギルド』だ。
えーっと、マヨイビトの言葉を借りるなら……『ヤクショ』?
うん、たしかそんな名前んところだ」
「……あ、なるほど」
悠馬は自身の思い込みによる勘違いに気づいた。
つまり、この世界における「ギルド」とは、冒険者が集う酒場みたいな治安の悪いところではないのだろう。
ギルドとは即ち、行政手続きを行う市役所のような公共機関を指すものと理解したほうが正しそうだ。
言葉の定義のズレを、悠馬は即座に脳内のカルテに書き加えた。
その上で、そういった思い込みを前提に会話しないように気をつけなければとひとつ戒めを追加した。
「つーわけで、これ預けるから1人で中に入って手続きしてきてくれや」
ガウルンは門をくぐる際に門番の兄さんから受け取っていた、何やら文字が書き殴られた紙を悠馬に手渡してきた。
「これ、お前の身元請負人がこの俺になってるっていう証明の書類な」
「ありがとう。……でも、1人で入って大丈夫かな?
一応、見知らぬマヨイビトなんだけど」
オヤクソクというものがある。
市役所のようなところと思っていたら、ごろつきたむろする殺伐とした世界でしたなんてことがあっては困る。
「この街で、ギルドの中で新顔を襲うような救えねえアホはいないと思うが……」
ガウルンはふむ、と一つ考えると、何かいいことを思いついたようにパチンと大きく手を打った。
「いっそ、絡まれたらまとめて眠らせてやれ」
「ええ……?」
解決策としては下の下となる選択肢をまるでグッドアイデアといわんばかりに提案するガウルンに、悠馬は胡乱げな目を向ける。
「やべーやつには遠慮すんな。無法には魔法をぶつけんだよ」
「……それは『無法には無法を』という意味かい?」
「そうとも言うな!」
ガウルンはガハハと豪快に笑いながら、イタチを担ぎ直して背を向けた。
どうやら本気のアドバイスだったらしい。
「1時間もしたらそこで合流するからよ。
いいか兄ちゃん、この街にだってちゃんと『法』はある。
目には目を、歯には歯をってな!
もしやり返しちまったら、ガウルンにそうしろって言われたって弁明も忘れんじゃねえぞ!」
ひらひらと手を振りながら、人混みの中へと消えていくガウルン。
大通りの真ん中で、ぽつんと1人取り残された悠馬は、手元の書類を見つめながら深くため息をついた。
「……バビロニアじゃないんだからさぁ」
あまりに紀元前かつ過激な異世界ハンムラビ法典の存在に、こめかみのあたりが痛くなってくる。
まあ、ルールが全く存在しない本当の「無法地帯」よりは幾分マシだろうか。
悠馬は眼鏡の位置を直すと、覚悟を決めて、賑やかなノシール市役所――
もとい、ギルドの重い扉を押し開くのであった。




