008 おおらかな街 ノシール
「おいガウルン、随分と早いお帰りじゃねえか。
それとも何か?忘れ物を取りに戻るついでに、簡単に仕留められる依頼に逃げるようになったか?」
大門に近づくと、槍を手にした門番――豚の頭部を持つ大柄な獣人の男が、からかうような声を上げてきた。
「拾得物の報告だよ。
拾ったものはちゃんとお巡りさんに届けろって、お袋さんに習わなかったのかい?」
「知らんかったな。特にお前にそんな『常識』があるなんてことはよ」
ガウルンと豚の兄さんの間で、親しげで小粋なやり取りが交わされる。
とはいえ、門番の兄さんから向けられるぎらついた視線は、間違いなくガウルンの後ろに立つ悠馬の白衣をチラチラと値踏みするように窺っていた。
「……マヨイビトか。力はどれほどだ?」
「イタチの群れを、1人でまとめて無力化させてた」
「そりゃまた、物騒な。……で、本人の自己評価は?」
ガウルンがこれ見よがしに肩をすくめ、やれやれといった口調で答える。
「身に余る。とさ」
そのとぼけた答えに、豚っぽいの門番は一瞬ぽかんと口をあけ放つ。
間々あった後、彼は自身の分厚い腹を抱えて大爆笑した。
「あははは! そりゃ傑作だ!」
うんうんと何度か頷いた後、彼は槍を置いて右手を悠馬に差し出した。
「よう、兄ちゃん。大いなる力を持ったマヨイビト様よぉ、俺のことが怖いか?」
後ろの槍をちらりと見せつけるようにして笑う門番。
悠馬は眼鏡の位置を直しながら右手をとった。
そして、握手の瞬間、手首の硬さと皮膚の張り具合を確かめる。
続いてその目の下の薄い隈の存在に注目した。
「……怖いというより、ちゃんと夜に眠れているかの方が心配になるよ」
「……あ?」
「目のピントに少しズレはない?
ご飯はちゃんと食べてる?
目にも隈があるし、少し充血が見られる。
多分、自律神経が少し興奮気味だ。
立ち仕事が長すぎるんじゃないか?」
握手をずらし、つい脈をとってしまう。
鼓動は力強く、不整はない。
軽度の寝不足だろうと悠馬は判断した。
「ガハハ! もしかして兄ちゃん、元の世界じゃ医者だったのか?」
バンバンと肩を叩きながら、楽しそうに笑う。
どうやら元気ではあるようだ。
力強さがそう示している。
「……あぁ。医療に携わっていたのは確かだ」
「よし、わかった! 今度調子が悪くなったら世話になるぜ、兄弟!」
ガハガハと笑いながら、門番の兄さんが重厚な鉄格子の門を開け放つ。
悠馬はその歓迎を受けながら、隣を歩くガウルンに声をかけた。
「ここの住人は、みんなあんな感じなのかい?」
「あぁ。油断すんなよ。放っておくと街中に『兄弟』ばっかり増えることになんぞ」
「いいね。気持ちのいい街だ」
「……まぁ、あれは特に物分かりがいい方だからな。他じゃ油断はするなよ」
ガウルンは釘を刺すように言う。
だが、大通りへ一歩足を踏み入れれば、なんとなくわかる。
ここは平和な街だ。
見知らぬ自分がいるのに、道行く人々は白衣姿の悠馬を少し物珍しそうに眺めるだけだった。
よそ者を警戒するような雰囲気ではない。
ふと、荷車の陰からこちらの様子を窺っていた、獣人の耳を持った小さな子供と目が合う。
悠馬がそっと手を振ってみると、子供は一瞬だけパッと手を振り返し、すぐに「きゃーっ!」と声を上げて嬉しそうに走り去っていった。
子供が元気だということも、悠馬にとっては好ましい。
「活気があって、街そのものが健康体のようだ」
「医者は身体以外も診断するもんなんか?」
呆れたようなガウルンの声に、悠馬は苦笑する。
どこか懐かしい、けれど確実にファンタジーな活気に溢れた『ノシール』の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、悠馬は思った。
(ここなら、のんびり暮らしていけそうだ)
見知らぬところに放り出されたストレスから解放され、湧き出た安心感に小さく微笑むのだった。




