010 残念ですがオヤクソクです
「お前!ガウルンのなんなんだよォ!」
――知らないよ。
辟易しつつ、勘弁してくれという気持ちを吐露しそうになる。
だが、これ以上騒ぎを大きくしたくない気持ちで言葉を飲み込む。
そう、悠馬は大人だった。
善良な民間人として、できるだけ相手を刺激しないような愛想笑いで落ち着かせようと試みた。
だが心遣いも空しく、ギルドの受付ロビーに、ヒステリックな甲高い悲鳴が響き渡る。
ガウルンがあれほど綺麗にフラグを立ててくれたせいか、オヤクソクは起こるべくして起こってしまうのだった。
ただ、少し予想外だったのは、最初はマヨイビトである自分に対して親切だったということだ。
悠馬が扉を開けば、「いらっしゃいませ」の挨拶。
どうすればいいか迷っていれば、こちらへどうぞと案内がつく。
最終的にこの可愛らしいどこか柴犬っぽい雰囲気の受付嬢のお姉さんに頼めばいい。
と、ここまでは完璧だった。
そう、本当にここまでは。
悠馬がガウルンの署名入りの身元引受書類を渡した瞬間からがおかしくなった。
目の前のお姉さんが急に怒りを露わにし始めたのだ。
そこから転げ落ちるように話が劇的にこじれ始めた。
「あの、何度も説明していますようにですね?」
「うるさい!」
「ですが、事情を冷静に聞いていただかないと、ガウルンさんにもご迷惑が――」
「ガウルンの名を出すなァ!」
(あっ。だーめだこれ……)
悠馬は心の中で深い溜息をついた。
そういえば、元の世界の大きい病院じゃ、こういう風に最初から聞く耳を持たずに医者の言葉を拒絶する患者さんが一定数いたなーなんて遠い目になる。
こういう取りつく島もない「感情の暴走」に付き合うのは当時から嫌いだった。
一回そんな患者さんに当たったなぁと思い出す。
確かあの時も、少々肥満気味のおばさん……もとい、妙齢の女性に睡眠時無呼吸症候群のリスクを冷静に説明していた。
そしたら、なぜか「私をデブって言いたいんか!」と激昂されたっけ。
そういうわけではなく、症状的にそういった可能性があるというお話なんですよって説明をしたつもりだった。
でも、もう止まらずにこんな失礼な医者に頼まんって出て行かれたなぁと思いだしていた。
信頼関係の構築というのは、いつの時代も、どの世界でも本当に難しい。
「あのガウルンが他人に親切にするなんて、絶対に何か怪しい術をかけたんだ!」
「ガウルンさん、変な方向で絶大な信頼をされてるんですねー」
「気安く名を呼ぶな!」
「ええ……?」
なんかもう、無茶苦茶である。
どうやらガウルンに対して並々ならぬ執着があるご様子。
完全に恋の病か、あるいは行き過ぎた狂信の類だ。
他人の恋路に首を突っ込む気はないし、横恋慕もするつもりもない。
悠馬は、誰か助けてくれないかなー?と周りに助けを求める視線を送る。
「マヨイビト!ガウルンを今すぐ解放しろ!さもないと……っ!」
まずい。
ヒートアップした受付のお姉さんが腰の得物に手をかけていた。
武器に手をかけたことで、周囲から「きゃあ!」と悲鳴があがる。
その緊迫した状況を、少し遠巻きにしていた周囲のギルド職員たちであったが、武器を取り出すとまでは予想外だったのか。
ドタバタと慌ただしい足音が響き、血相を変えて別の警備員らしき女性職員たちが、慌てて柴犬のお姉さんを左右から力尽くで抑え込もうとしてくれる。
(あ、僕の方を守ってくれるんだ……)
悠馬は少し感心した。
確かにガウルンが言っていた通り、この街の法はしっかり機能しており、無体な真似は働かないらしい。
……こういう特殊な暴走ケースを除けば。
「離せ!こいつ、多分めちゃくちゃ危険だ!私がガウルンを守る!」
危険は否定しない。
なんて、呑気に悠馬はもめ事の推移を見守る姿勢に移った。
「マーウ、落ち着きなさい!
相手はマヨイビトなのよ!?
何されるかわかったものじゃないわ!
それに、書類みたんでしょ!?
ガウルンが築いたマヨイビトととの信頼関係を勝手に崩したら、本当に嫌われるわよ!?」
(あ、どっちかっていうと、僕を庇ってるんじゃなくて、僕を『危険物』扱いして触らせないようにしてるだけですね)
案の定な扱いに、もはやあきらめの境地であった。
悠馬はズレた眼鏡の位置を直す。
マーウと呼ばれた柴犬のお姉さんは「ガウルンに嫌われる」というワードに一瞬だけ「きゅ~ん……」と情けない声を漏らした。
だが、すぐにキッとこちらを鋭く睨みつけ、凄まじい執念で持ち直してくる。
ああもう、仕方がない。
これ以上ここで騒ぎを大きくされても、手続きが進まなくて困るだけだ。
「……職員さん、すみません。安全なレベルで、私の力を使います」
悠馬はそういって、あまり使いたくないはずの力をもう一度引き出す覚悟を決めた。




