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006 覚悟の重さ

「おっと、移動する前に一つ頼みがある」


 街へ向かう直前。

歩き出そうとした足を止め、ガウルンは足元で爆睡している森林イタチの一匹を指差した。


「こいつを貰いたい」


 手にした獲物は鋭利な斧。

そして、狩猟者という肩書。


彼が貰いたいといった意味とは、そういうことだ。


「意図は?」


 命である以上、悠馬は理由を問う。


「ギルドの討伐対象なんだ、こいつ。……あと、俺が食うため」


 ガウルンはそれに対して疑問を挟まず、理由を伝えるのは当然といった風にそう答えた。

悠馬は少しだけ間を置き、それから静かに頷いた。


「わかった。好きにしてくれていい」


 次の瞬間、ガウルンの大きな斧が容赦なく一閃し、イタチの首を落とした。


どっと溢れる鮮血。

森に満ちる鉄と泥が混ざる血臭。


しかし、それを見つめる悠馬の表情に一切の動揺はなかった。


「……狼狽(うろた)えねえんだな、兄ちゃん」


「生きるため、あるいは食べるためなら、そうなるのは必然だ」


 まっすぐ首のなくなったイタチの死骸を見つめ、心の中でのみ手を合わせる。


自分がいなかったらこうならなかった。

自分がいたからこうなった。


自分が抗わなければ、自分がこうなっていた。


それらの葛藤を全て飲み下し、命に向き合う。

医者として、その死に向き合う。


「そうかい」


 ガウルンは短く応じ、獲物を背負い直した。


 いい気分かどうかと言われたら、当然悪い。

他人の目を気にして取り繕うつもりはない。


だが、その嫌悪感のままに彼の行動を非難するほど、悠馬は愚かではない。

狩りの否定とは、彼の「生きること」そのものを否定する暴論だ。生を弄ぶための虐殺ではなく、生きるために食べる。


ガウルンはそう言った。

ならば、一人の医師として、他者の生存本能を咎める意味も権利も、悠馬にはない。


自分もまた、食べるために奪っている側のひとつなのだから。


「キモは座ってんな、ユーマ」


「……理解はしても、気分はすぐれないけどね」


「――それは正しい」


 少しだけ眉を下げる悠馬の表情を見て、ガウルンは、ニカッと牙を見せて笑った。


「獲物の生き血を見て気分が良くなるような狂った奴は、俺もごめんだ。

……よし、行くか」


 ガウルンは首を落とした大きな個体以外には目もくれず、背を向けた。

悠馬はその背中を追いながら、ふと周囲のイタチたちを見やる。


「狙いは、その一匹だけだったのか」


「あぁ。俺は最近でかい顔で街まで近づく奴がいるから、それを狩りに来たんだよ。

むやみやたらと無駄な命を狩るのは、俺の主義じゃねえ」


「……同感だ」


 必要以上に奪わない主義。

頼まれた仕事と、食べるために奪う最小限に収める。


彼の語る主義とは、自分と同じような葛藤の先にあるのだろうと悠馬は理解を示した。


「……なあ」


 ガウルンは歩きながら、ふと思い出したように、そこらであちこちで健やかに丸くなっているイタチの群れを顎で示した。


「あいつら、そのうち起きるのか?」


「数時間もすれば、自然と爽快な朝(快適な目覚め)を迎えるだろうね」


 といっても、よくわからない力をぶつけたんだ。

どちらかといえば、これは悠馬の願望でもあった。


「……なぁ、お前」


 ガウルンは足を止め、振り返って悠馬の目を真っ直ぐに見据えた。


「自分のその力、どう感じてる?」


 その言葉に含まれている意味を、かみしめる。

その言葉は、悠馬が自分自身に繰り返し向けている言葉でもあった。


だからこそ、正直に答える。


「……身に余る。危なすぎる力だと思っているよ」


 悠馬は眼鏡の位置を直しながら、やはり先ほどと同じ言葉を口にした。

その回答を聞いたガウルンは、そっと目を瞑り、フッと鼻で笑った。


そして、次第に笑い声を大きくしていく。

本当に嬉しそうに笑った。


「――そうかそうか、そりゃあよかった!

……ユーマ。お前とは、いい友達になれそうだな!」


 かくして、大いなる力を持ちながらも「臆病」な男のことをガウルンは友と呼んだ。

悠馬はその反応に強く励まされた。


 こうして誰よりも命の境界線を弁えた2人の男は、森の先に佇むノシールの街へと、並んで歩みを進めるのだった。

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