005 マヨイビトさん、いらっしゃいませ
「……ま、なんつーか。だいたいわかった。お前、マヨイビトだな」
狼さんが吐き出した見知らぬ単語に、今度は悠馬がわずかに目を細めた。
次の瞬間、またしても脳の奥へ、その言葉の意味がデータのように直接流れ込んでくる。
(――『マヨイビト』。異なる世界から何らかの理由で迷い込み、あるいは導かれてこの世界に現れた者を指す――)
「っ……」
悠馬は頭にノイズが走るような痛みに露骨に眉を顰めた。
なんでもいいが、この外部から強制的に記憶を書き込まれるような感覚は、本当に嫌いだ。
どこか人間の尊厳を機械的に処理されているようで、猛烈に気分が悪くなる。
学生時代、試験の前に「脳に直接知識をインストールできればいいのに」と考えたこともあったが、実際に体験してみれば最悪だ。
こんなやり方で身についた知識は、決して自分のものにはならない。
経験してそう確信できた。
そんな悠馬の急な不愉快そうな表情を見て、狼さんは「やっぱりか」と、得心がいったように顎を撫でた。
「マヨイビトってやつは、総じて物事の理解が早い奴が多いらしい。
で、そういう奴らに『マヨイビトか?』って聞くと、否定も肯定もせず、お前みたいに不快そうに顔を顰めるんだとよ」
「……なるほど」
悠馬は合点と共に、痛みを小さく吐き捨てた。
つまり、そんな「あるある」が出回る程度には、この世界のシステムにとって、マヨイビトの処理というのは都合のいいルーティンとして確立されているらしい。
「で、兄ちゃん。あんた、頭はいいほうか?」
「……人並みに知性も状況把握能力もあると自負しているよ」
悠馬が眼鏡の位置を指で直しながら答えると、彼はニカッと犬歯を覗かせて笑った。
「結構だ。そんな小癪な受け答えができるくらいなら、自分の立場ってやつを弁えてると理解したいと思う」
そういって、彼は右手を差し出した。
多分、そういうことだろう。
悠馬も手を差し出し、彼の右手を握った。
この世界でも、友好のサインはシェイクハンドで通じそうだ。
「ガウルンだ。
この近くの街である【ノシール】の住人で、狩猟者をしている」
「静海悠馬。
さっきも言ったと思うが、日本人だ。元の場所では、医者をしていた」
手を取りながら互いに自己紹介する。
ガウルンは名前とニホンジンという言葉には少々首を傾げてはいたが、医者と聞いて「ほう?」と少し興味深そうにしている。
「わかった、シズミ……うん、多分こっちが部族か家族か?
すまんが発音が難しいんでユーマとよばせてもらう。
……とりあえず、ここで突っ立っててもイタチの声と匂いで別の魔獣が来る。
あんたを保護して街へ連れていこうと考えている。そっちの希望は?」
「……身元の安全が欲しい。喜んでその庇護に入らせてもらうよ」
悠馬が素直に喜びと歓迎を示すと、ガウルンは満足そうに大きく頷き、「よし、決まりだ」と移動の準備を始めた。
寄る辺を得られた安心からか。
悠馬は森の空気が、少しだけ柔らかくなったような気がした。




