004 完全で完璧な答え
「おい、兄ちゃん。……お前、何者だ?」
狼っぽい獣人の男は、低く、警戒を孕んだ声で問いかけてきた。
悠馬はその言葉を受け止め、眼鏡のブリッジを押し上げながら、内心で深く困惑していた。
(何者だ、か。……そこに含まれている情報要求のレイヤーが多すぎるな)
明らかに目の前の狼男は警戒している。
となれば、その「何者だ?」には、複数のニュアンスが同時に内包されていると解釈するのが論理的だ。
すなわち――
どこの所属か。
なぜこんな危険な森の境界にいるのか。
目的は。
敵意の有無は。
そして、周囲に転がっている森林イタチの凄惨な山は誰の仕業か。
やったのがお前だとしたら、どうやってやったのか。
悠馬は数秒だけ脳内でカルテを整理するように考え、そして、相手のすべての疑問に『完全な正解』を叩きつけるべく、馬鹿正直に一息で答えた。
「僕は静海悠馬。
日本人。28歳。気づいたらここにいた。
目的はない。強いていうなら元いた場所へ帰ること。
あなたと敵対するつもりはない。この魔獣たちに襲われそうになったから眠らせた。方法は自分でもよくわからない力だ。一応は制御しているが全容は把握していない。
こちらに抵抗の意思はないが、一方的に害されるなら反抗しないわけじゃない。
言葉は通じるので、非暴力的な話し合いを希望する」
完璧――まさに完璧だ。
模範的な解答を導きだせたことに、内心誇らしくなる。
あの短い質問からそこに含まれる意図を網羅し、こちらは一切の嘘偽りなく開示した。これで、相手はこちらに敵対の意志がないことは伝わっただろう。
だが、返ってきたのはしばしの沈黙。
回答を受け取った男は、顔中の筋肉を複雑に引き攣らせた後、盛大に頭を抱えた。
「……おい。一を聞いて十答えるんじゃねえよ」
「えぇ……?」
悠馬は今度こそ心底ガッカリした顔をした。
おかしい。
医療の世界において、問診には正直に、かつ詳細に答えるのが一番治療が早い。
これは一般常識なはずだ。
なぜこの男は、こんなにも呆れ果てた顔をしているのだろうか。
異世界のコミュニケーション、難易度が高すぎる。
悠馬は早くも、このリアルな明晰夢でのコミュニケーションの難易度に内心でため息をつくのだった。




