024 入院のおもてなし
「マルナットさん、夕食の時間です」
ピンと尻尾をたてて、駆け寄るマルナットはウキウキの様子で食卓を眺め——すぐに眉をハの字にした。
「にゃ~……。 お肉がありませんわ」
食卓に並んでいるのは、温かな麦粥と、ふんわりと焼き上げられたオムレツ。
そしてほくほくと湯気を立てる芋料理だ。
食事のメニューで食べられないものを尋ねていたユーマに対し、マルナットは
「にゃーは肉食ですわ!」
とアピールしていたのに、どうしてこうなったのだろうかと理解に苦しんだ。
「本日はこれから眠ることに集中していただきますからね。
胃に負担がかかる重いお肉は控え、消化が良くお腹に溜まりやすいメニューにしています」
そういって、マルナットの野望を見抜いたユーマが微笑む。
ちなみにこれも世界から授けられた知識で、幻獣族も人間と変わらない食事ができると知ったからこその暴挙だった。
つまり、マルナットの肉食ですという答えをただの偏食と見破ったのである。
「むぅ……こう見えて、にゃーたち猫妖精は肉食傾向の強い獣人ですのよ?
こんな草や芋ばかりで満足できるはずが——」
「まあまあ、そういわずに。
こう見えて料理に自信はあるんです。
一口食べてどうしても気に入らなければ、お肉を焼きましょう」
「にゅふん。そういうことでしたら仕方ありませんね。
一口召し上がってあげますわ。その後、お肉を焼いてくださいまし」
交換条件に気をよくしたマルナットがあーんと口を開く。
ユーマは食べさせるのかと少々呆れつつも、一口分のオムレツを運んだ。
「……ん!? 美味しい……!」
次の瞬間、彼女の目が輝いた。
ふわふわにした卵がぷるんと口の中でほどけ、バターと香草が絶妙の塩味と共に鼻をぬけ、後味に甘みが一杯に広がる。
マルナットはぱっとユーマのスプーンを奪い、次の一口をパクリ。
「にゅ、にゅふん!?なんですのこれは?」
「刻んだ野菜と塩漬けされたお肉を炒めて、ミルクとバター、そして甘いお酒から酒精を抜いたシロップを入れた卵液で包んだオムレツです。
なので、中心に少しだけお肉がありますよ。
ポリッジと相性がいいはずです」
「にゅ、にゅぅ~!手がとまりませんの~!」
元の世界では独り暮らしをしていたユーマの自炊力は伊達ではない。
むしろ、凝り性な彼にとって料理はひとつの息抜きだった。
長年磨いた調理技術と睡眠医学の知識が合わさった料理は、素材の旨味が最大限に引き出され、健康的な味付けに抑えられていた。
あっという間に粥も芋も平らげ、マルナットは満たされた吐息を漏らす。
「ふはぁ……美味でしたわ。
こうしていただけば、お野菜も美味しく食べられますのね」
オムレツの中のちょっとだけ入ったお肉より、卵そのものと、緑の謎の野菜に心を奪われたマルナットは、今までこんなに美味しく野菜は食べられたことはないと満足そうだった。
それを聞いたユーマのメガネがキラリと光った。
「お口に合って何よりです。
……ちなみにそのオムレツと麦粥には、昼間マルナットさんが『苦い』とお残しになった鎮静・リラックス効果のある薬草を細かく刻んで練り込んでおきました」
「……にゃっ!?」
さらりと明かされた衝撃の事実。
マルナットはスプーンを握ったまま愕然と固まった。
「そんな……!?騙しましたわねユーマさん!?」
「騙してはいません、工夫と言ってください。何より、美味しく召し上がることができたのですから、感謝していただきたいものです」
しれっというユーマに、マルナットはなんだか釈然としない気持ちになった。
あんな不味いものを食事に混ぜ込まれた恨み。
美味しく食べられるように加工できたこの医者の腕前。
どちらを優先すべきか彼女はしばらく考えた後、また食べたいという気持ちが勝ち、後者の賞賛を選ぶことにした。
***
「さて、お腹が満たされたらお風呂の時間です」
「にゃぁ~……。お風呂、入らないとだめですの?」
「ええ。今日は入院ですので、医師の指示にしたがっていただきます」
猫妖精であるマルナットはお湯に入るのがあまり得意ではないらしく、これまた嫌そうにする。
だが、ユーマが治療のためですからというのであれば今日くらいはいう事を聞こうと渋々あきらめた。
と、同時にこのユーマという医師が良かれと思って出すものにはずれがないことに対して少し期待もしていた。
もしかしたら、入浴もまたちょっとしたサプライズがあるのかもしれない。
「にゃっ!?にゃにゃにゃ!」
その期待に応えてこそユーマである。
広めの浴室に、甘く落ち着く香油を使った浅めの湯舟。
「うにゃぁ~。これは王様の気分ですにゃ~」
ぬるめのお湯とリラックス効果のある香草の束が入っており、溶けるほど心地よい。
なんなら、途中でユーマが湯あたりしてないか声をかけにくるまで、すっかり楽しんでいたくらいだ。
***
「こうやって顔の筋肉に沿って軽くで結構です。
撫でるようにマッサージしてくださいね」
「あ˝あ˝~……。たまらないですわぁ~」
風呂上がりには、ユーマの手によって安眠のツボを刺激する丁寧なマッサージまで施される。
思わず乙女らしからぬ声を漏らしてしまう彼女に、ユーマは苦笑する。
全身の力が抜け、すっかりフワフワとご機嫌になったマルナット。
最後に甘ずっぱく味を調えたユーマ特製の安眠ドリンクを楽しんだ後、くまの抱き枕をぎゅっと抱きしめ、仁王立ちする。
「ふふん、これだけ万全なら、一人でだって余裕で眠れますわ!」
絶妙な疲労感と満足感。
そして何よりもう眠たいと身体が叫んでいるようなほわんとした感覚。
マルナットの確信に満ちた宣言だった。
「それは頼もしい。では、おやすみなさい」
「おやすみなさいですの!明日は元気になってますわよ!」
そうして、マルナットは用意された病室に意気揚々と入っていった。
見届けたユーマは、これならいけるか?と思いつつ、少々テンションが上がりすぎたようにも見えたことに若干の不安を感じた。
とはいえ、やることはやった。
後は患者が自分自身と向き合えるかどうかだ。




