023 あなたのための処方箋は
「マルナットさん。
あなたの症状は、簡単に言えば誰かの体温や鼓動がそばにないと、安心して眠れないという状態です」
「にゃー?」
マルナットが耳をぺたんと伏せた。
あまりピンときていないらしかった。
なので、ユーマはもう少しかみ砕く。
「あなたは長い間、妹さんたちと一緒に眠っていた。
その習慣が当たり前だと身体の奥に根付いてしまっているんだ。
だから急に一人で寝ようとすると、脳が不安を感じて眠れなくなる。
……まるで、ぬいぐるみと一緒じゃないと寝られない子供のようにね」
ここまで言うと、流石にマルナットも理解した。
「……にゃ、つまり。わたくしは……」
「寝るときに自分以外の存在を感じていないと不安で眠れなくなったのでしょう。
これを分離不安といいます。
あなたの場合、その離れたものがぬいぐるみではなく妹さん達の存在だったわけだ」
「にゃーっ!?恥ずかしいですしーっ!」
マルナットは顔を真っ赤にしてユーマの膝の上でじたばたする。
マーウは口元を押さえて笑いをこらえていた。
唯一真顔のままで揶揄いの雰囲気もなくユーマは向き合っていた。
「恥ずかしくありませんよ。
これは立派な「入眠障害」の一種です。
そして、治療すれば必ず治る症例でもあります」
「……治療、ですの?」
「そう。まずは自分ひとりで安心して眠れる環境に向き合うこと。
そのために少しずつひとりで眠る練習をしていく必要があります。
そのためにも、これを使おう」
そういってユーマは眼鏡を光らせ、何かを取り出した。
「「……くま?」」
ユーマがとりだしたものに、マルナットとマーウは声を揃えた。
それは、大きなくまのぬいぐるみだった。
大きなといっても、等身大ではない。
通常のぬいぐるみサイズより少しだけ大きく、ちょっとだけスリムだ。
「はい、マルナットさん。これを軽く抱きしめてみて」
「にゃー?
……あ、ふっかふか……。肌触りもたまりませんわぁ~」
マルナットさんが持つと本当に幼い子供のように見えるな。
ユーマはその感想を必死に飲み込みながら、淡々と解説した。
「これは、医療用に作成した抱き枕です。
小さなお子……通常の種族より小さな患者様を見据えてサイズダウンした、れっきとした医療器具となります」
「……にゃー、凄く嫌な予感してるんですけど」
マルナットは目を細めてマーウに確認と助けを求めるような視線を送るが、残念ながらマーウはユーマの味方だった。
静かに首をふるマーウに、マルナットは愕然とした。
そして、ユーマが容赦なく止めを刺す。
「本日からこちらを抱いて寝てみましょう。
疑似的に接触による安心感を得ることで、改善できるかもしれません。
本日は質感の調整のために入院なさっても結構ですし、お持ち帰りいただいても構いません」
「にゃーっ!?わ、私はお姉さんですのよ!?
ぬ、ぬいぐるみを抱いて寝るなんて、そんな子供っぽいことはできませんわ!」
「ぬいぐるみではありません。医療抱き枕です」
苦しすぎる言い訳で、マルナットに押し付けようとするユーマ。
「も、もっと違う方法があるんじゃないですの!?
せめてこのくまさんデザインはどうにかできませんこと!?」
「他にも抱き枕のご用意はありますが……。
これ以外は大きすぎてマルナットさんの体格にフィットしないでしょう。
ですので、こちらで」
ユーマはくまの抱き枕をぽんぽんと叩いた。
マルナットは絶望したようにぬいぐるみを見つめ、ため息をついた。
「どうしてもですの?」
「どうしてもです」
「他の人に言いふらしたりしないと誓えますの?」
「医師の生命をかけて、患者様の秘密はお守りします」
マルナットはじっとユーマの瞳を覗き込んだ。
その瞳の底にある心の音を浚うように。馬鹿にしていないか、揶揄っていないか。
確かめるように。
小さな彼女は、そういう視線にとても敏感だった。
だからこそ、ユーマの目に他意がないことをすぐに理解した。
彼は本当に心配しているだけ。
そして、このくまの抱き枕が彼女の体格に一番合うからという理由以外に何もない。
実際その通りだった。
ユーマがこのサイズの抱き枕をくまの形にしたのも、本来の想定患者が子供だったからだ。
だからこそ、ユーマ自身も心の中で決めていた。
(……次はもっとシンプルなデザインを用意しよう)
その申し訳なさが、真剣な表情に滲んでいた。
だからこそ、マルナットはそのぬいぐるみをそっと抱きしめていった。
「……他所の方に移動中見られたくありませんわ。
入院させてもらってもよろしくて?」
「もちろんです。ありがとうございます」
「……これで寝られなかったらどうしますの?」
「違う方法を探しましょう」
必ず治ると伝えた。
その言葉を嘘にしないために。ユーマはごく当たり前といった風にそういって笑った。
「……ちゃんと、責任もってなおしてくださいまし!」
その真剣な顔に免じて、信じてあげる。
マルナットは心の中だけでそういって、この真面目すぎる医師に、自分の眠りの問題を委ねることに決めたのだった。




