022 あなたのための病気のお名前
「にゃーはマルナットと申しますの」
眠たげに目をこすりながら、少女は自己紹介した。
彼女がユーマの膝を占領してから、ざっと2時間弱。
ようやく目を覚ました彼女は、のんびりと事情を語り始めた。
ちなみに店はすでに閉店している。
何組かのお客様は訪れてくれたが、膝の上で丸まる猫妖精と、困ったように微笑むユーマを見ると、「あらあらまあまあ……かわいいわねぇ……」なんて言って寝顔を堪能してから満足そうに帰って行ったためだ。
「妖精族は珍しいですし、幸福の象徴ですから」
マーウさんがそう解説してくれた。
正直、営業どころではなくなったので、それで満足していただいたのはありがたかった。
マルナットはこことは違う区界という幻獣種が住む場所から来たという。
出てきた理由は家族が増えて家が手狭になったため。
そして、最年長のマルナットが独り立ちするという話になったということらしい。
「こう見えても大人なんですの」
マルナットはそういって胸を張った。
ただ、ユーマの膝の上から動かず丸まる姿は子供同然である。
そんなこんなで、ユーマはとりあえず今日はもう店じまいをして、このマルナットという自称大人のレディの診断をしようと決めた。
マーウさんにお礼をいい、一通り片付けをしてカフェの扉を閉じる。
そして、改めてマルナットの問診を再開することにした。
当の彼女はといえば、我が物顔で膝の上に座り、引き続きまどろんでいた。
ユーマはふにゃふにゃと気持ちよさそうなところ申し訳ないがと断りつつ、そっと彼女を起こした。
「じゃあ、改めて聞くよ。
マルナットさん。眠れなくなったのは、いつ頃から?」
「えーと、家を出てきた頃からですの。
ひとり暮らしを始めてから、なんとなく……寝られなくなったんですの」
ふわっとあくびをしながらマルナットはそう答えた。
寝られない相談をしている態度には見えないが、久しぶりの良い睡眠の余韻に浸っていると思えば間違いでもない。
「家にいた頃は、ちゃんと眠れていた?」
「もちろんですの!毎晩ぐっすりでしたの!」
彼女はそういって胸を張る。
ただ、その声はどこか寂しげだった。
「家族は多いんだよね?」
「はいですの。妹が5人と弟が2人。
みんな元気で、にゃーは一番お姉さんですの」
「じゃあ、寝る時はどうしていた?」
「妹たちみんなで一緒に寝てましたの。
にゃーはいつも真ん中で、妹たちを寝かしつける係でしたの」
「寝かしつける係?」
「そうですの。妹たちは夜になると、お姉ちゃんにくっついて寝るんですの。
にゃーは、頭を撫でたり、背中をとんとんしたりして……」
彼女はふんすと自慢げに胸を張る。
「にゃーがやると、すぐ寝るんですの!
寝かしつけには自信ありますの!」
ユーマは家族構成や、寝るときの環境や状況をカルテに書き込んでいく。
紙にリズムよく筆が走る音に、マルナットはご機嫌になる。
「なるほど。じゃあ、寝かしつけた後は?」
「そのまま朝まで一緒に寝てましたの」
「一緒に?」
ユーマの筆が一瞬止まった。
「はいですの。妹たちの寝息と鼓動を感じてると、安心して眠れるんですの。
ちゃんと寝てるかどうか、にゃーには分かりますのよ?
狸寝入りは絶対に通じませんの!」
マルナットは実に得意げに妹たちの様子を観察できているかを語っている。
しかしユーマは、別の事実の方が気がかりだった。
「じゃあ、ひとりで寝るようになってからは?」
そう聞くと、マルナットはしゅんとしながらこう言った。
「……にゃー……静かすぎて、耳がキーンとするですの。
誰の寝息も聞こえないし、鼓動も感じないし……
布団に入っても、自分の呼吸の音がうるさく感じて眠れないんですの」
マルナットは耳を伏せ、ユーマの白衣をぎゅっと掴んだ。
その言葉に、ユーマは優しく微笑んだ。
「ありがとう。よく話してくれたね。」
これまでの寝るときの習慣。大家族。役割が与えられていたこと。
それを誇らしげに語ること。
そして、睡眠時の環境の激変。
点と点は線となり、ユーマの膝でならぐっすり寝られたことまで繋がる。
(それらすべて踏まえて、彼女に病名をつけるなら……これだ)
ユーマはカルテにさらさらっと病名を書き込んだ。
それは、この世界のために専門性を極力そぎ落とした、彼女のための病名だった。
「じゃあ、診断を伝えるよ」
ユーマは眼鏡を押し上げ、穏やかに告げた。
「あなたの病名は、習慣性ぬいぐるみ依存症候群です」
「しゅうかんせい……」
「ぬいぐるみ依存症候群?」
聞いたことのない病名に、マーウさんとマルナットの頭にはてなマークが浮かんでいた。




