018 医者の矜持
「……そもそもね、レナリーさん。
僕はこの『勝手に効能が頭に流れ込んでくる仕組み』自体が、酷く不快なんだよ」
悠馬はお茶のカップを見つめたまま、苦り切った声で吐き捨てた。
「あら、どうして?調べる手間が省けて最高じゃない」
レナリーはせっかく便利なのにといった風に、そう聞いた。
悠馬は自分の掌を見ながら、この学習の気持ち悪さを語った。
「順番が逆だからさ。
本来、薬の効能ってものはね。
地道な治験を通じて、人体がどう反応するか、どんな副作用が出るかを何年もかけて観察するんだ。
症状に対して有効性があるかとか、身体に悪影響がないかとか。
その安全性の積み重ねの果てにようやく発見されるものなんだ。」
言葉を選びながら、悠馬は続ける。
「それを、プロセスをすべてすっ飛ばして『初めからこれが正解です』とシステムに提示されるのは……。
研究や医療の歴史に対して冒涜を働いているようで、どうにも寝覚めが悪い」
悠馬が本気で眉を顰めて熱弁すると、レナリーは少しだけ意外そうに目を見張り、それからふっと穏やかな笑みを浮かべた。
「――ふふ、なるほど。私もそう思うわよ、ユーマ先生」
レナリーはさっきまでのおどけた雰囲気を引っ込め、真面目なトーンで同意を返す。
医療と、研究という行為の重要性を彼女が正しく理解してくれていることが分かり、悠馬の胸の奥に、少しだけ嬉しいという感情が芽生える。
ただ、レナリーはこうも続けた。
「でもね、医療に携わるものとして、別の見方もできないかしら?
その『バグ』とやらのおかげで、未知の薬草を試して命を落としたり、重い後遺症に苦しんだりするような、治験による人体への悪影響を直接見ずに済むのよ。
人道という面では、これ以上なく有効な奇跡だと思わない?」
「……それは。人道面から言えば、確かにそうですが」
レナリーのいうことの正しさも、悠馬は理解できる。
治験はすなわち実験と同じだ。
効くか効かないかもわからない。
身体によいものかどうかですら不明。
その積み重ねの裏で失われた命の量を考えれば、このシステムの人道性は計り知れない。
それでも、悠馬は冒涜であるという感覚も否定できそうもなかった。
それは、悠馬もまた必死に学んできた医療というものの大変さと尊さに対して誇りをもっているからだ。
「真面目ねぇ。学者としては本当にそういうところ、好きよ?」
そんな悠馬を、レナリーは母親のように優しく励ます。
彼女はいたずらっぽく笑うと、カウンター越しに手を伸ばし、わしわしと悠馬の頭を子供のように乱暴に撫で回した。
「ちょ、やめてください。
……僕、こうみえて元の世界じゃ28歳なんだけど」
「あら、そうなの?
じゃあ、私から見れば500歳近く年の離れた、ただのお子ちゃまよぉ〜、ふふ」
長寿にも程があるだろうと悠馬は心の中でツッコんだ。
年上の女性に子供扱いされたことについて、不貞腐れたように顔を背けた。
彼女の言わんとしていることは、医者として痛いほどよく分かる。
このマヨイビトに知識を与える世界の仕組みが、もしも「新しい医学の発展の裏で、誰かが苦しむこと」を世界に強いないために用意された優しさなのだとしたら。
……少なくとも、患者の苦しみを減らすことを目的とする医療従事者としては、確かに喜ぶべき奇跡なのかもしれない。
「だが、都合が良すぎて、人々が『薬草そのものの価値や生態』を蔑ろにしているとは思わないかい?
ただの道具として扱われているようで、どうにもね」
それでも抵抗はやめない。
悠馬は、今度は薬草の立場になっておかしさを主張した。
彼らもまた、誰かに利用されるために生まれたはずではないのに。
システムは効能という植物に対する、生きているものとして扱ってないのではという別の怒りに変わった。
「あらあら、博愛主義ねぇ〜。本当に優しいお医者さんだこと」
切り口を変えておかしさを主張する悠馬に、クスクスと笑うレナリー。
しばらく2人はこの世界における医療と、悠馬の価値観とレナリーの価値観を討論しあった。
どちらかといえばおかしさを主張する悠馬に対して、こういう考え方があるんじゃない?と諭すレナリーという構図になってしまったことは否めないが。
それでもこの街で、初めて自分と同じ領域の医療知識を持つ者と交わした会話は、悠馬にとって極めて有意義なものであった。
見知らぬ地で医療の門を開くという心の重荷を少しだけ軽くしてくれた。
悠馬にとって、この世界のシステムにはまだ多くの不満や違和感がある。
けれど、彼女のような強かで、それでいて命に優しい人がこの世界の医療の道にいてくれることは。
「あら、見つめちゃって。お姉さんに惚れちゃう?」
「流石にいきなり見染めるほど若くないですよ」
「まあ、失礼。目の前のレディはあなたの人生の何週分も生きてるのよ?」
「ええ。ですからからかわれてることを理解できているという意味で言いました」
――きっと、悪いことじゃないのだろう。
「よし、仕入れの契約はこれでバッチリね。
……さあ、お子ちゃま先生。可愛い患者さんたちが待つ、あなたのお店へ。
私の選んだとっておきの薬草を持っていきなさいな」
「……ありがとう、レナリーさん。お店がオープンしたら遊びにきてほしい」
悠馬は背負ったカバンの中のハーブの香りと、確かな業務提携の手応えを感じながら、夕焼けに染まり始めたノシールの街へと、爽快な足取りで戻っていくのだった。




