017 世界のバグを便利にハックしましょう
手渡された紹介状を片手に、悠馬は街の公認薬師が営む店舗のドアを叩いた。
悠馬がここを訪れた目的。
それはこの世界の医学書と薬草学の書籍、そして各種薬草の仕入れルートの確保だ。
「はーい、いらっしゃい。
……あら、ギルドの紹介状。
ということは、貴方が噂のマヨイビトさんね?」
奥から現れたのは、金髪をゆるく結わえた、どこかおっとりとした雰囲気の美しい女性だった。
紹介状を手渡す悠馬をふーんと軽く観察しながら、人懐っこい笑顔を向け、右手を差し出す。
「私はドライアドのレナリー。よろしくねぇ」
口調もまたゆったりとしたイメージ通りのものだった。
森の枝のようにゆったりしている。
悠馬は彼女の右手を優しくとって頭を下げる。
「悠馬だ。よろしく頼む。
ここにくれば、各種医学書は手に入ると聞いているが、そういったのものがあるのだろうか?」
悠馬は挨拶もそこそこに、早速この世界の医学書の存在について尋ねた。
レナリーは「あら、せっかちね」と少し残念そうにつぶやいた後、言葉を繋げる。
「ええ。うちは主に植物関係の品を揃えているけど、薬師という仕事柄、医療関係の商品を揃えているわ。
ご覧になってみる?」
「是非お願いします」
レナリーは分かったわと言って奥に行き、直ぐに戻ってきた。
「はい。まずは解体解剖の医学書」
だが、差し出されたのは拍子抜けするほど分厚い書籍が一冊。
そう、たったの1冊のみだった。
多種多様な獣人や亜人が存在する世界だ。
さぞ、種族ごとに膨大な症例や解剖図が並んでいると期待していた悠馬は、思わず首を傾げた。
「あの、レナリーさん。これ一冊だけですか?
種族ごとの『身体の構造の違い』は……?」
「ん?見た目以外の違いなんて、そんなにないわよぉ〜」
レナリーはハーブを仕分けしながら、のんびりと答えた。
(なるほど……。
外見の差はあれど、基礎的な内臓や神経の構造は『同じ人間』の領分ってことか)
いささか釈然としないものを感じつつも、悠馬は思った。
(いつかこの世界の常識に当てはまらない例外が現れても、医師として狼狽えないようにしよう)
気を引き締めたところで、レナリーが次の書籍をどさりと積む。
「はい、こっちが『薬草学』の書籍ねー」
ようやく想像通りの量の本が出てきて、悠馬は思わず笑みを溢した。
異界の植物。
まさに未知の知識とのめぐり逢いを期待しつつ、「どれどれ」とパラリと最初のページを開いた。
――その瞬間、ずきりと、頭の奥を細い針で刺されたような頭痛が走った。
「っ……、またこれか……」
悠馬は苦い顔をしてこめかみを押さえた。
脳内へ、その本に書かれているであろう薬草の知識が、ページをめくるまでもなく情報の濁流となって悠馬へ叩きこまれていく。
機械的なデータとなって強制的に書き込まれていくこの感覚。
人の尊厳を無視したような世界によるインストール機能は、何度経験しても本当に気分が悪い。
悠馬が顔を顰めていると、レナリーはお茶を淹れたカップを差し出しながら、楽しそうに目を細めた。
「ふふ、みえた〜?」
「……意味深なことを言わないでほしいな」
悠馬は差し出されたお茶に視線を落とした。
すると、次の瞬間には、そのお茶に含まれる薬草の効能が「なんとなく」理解できてしまい、さらに気持ち悪さが増した。
「……これ、リラックス効果のあるハーブティーだね」
「あら、正解!口につけるまでもなく気づくのね。
やっぱりマヨイビトってずるいよねぇ〜。
本をちょっと見ただけで、世界に認められたみたいに知識が頭に入っちゃうんだもの」
可愛らしく頬を膨らませて拗ねてみせるレナリー。
どうやら彼女は、悠馬にこの『バグ』が発生することを最初から予測していたらしい。
「まあ貴方も多分分かっていると思うけど。
これらの書物はとっても高価で貴重よ。
普通ならこんな簡単に読ませたりしないの。
でも、マヨイビトさんにはさっさと見せることにしてるんだ〜。
その場で読むだけで十分だし、私の説明も省けるしね」
「なるほど。……でも、僕としては全く気分が良くないよ。
自分の頭で勉強した気がしない。
学びってものは、本来地道に積み重ねていくものだからね」
「あら、学者タイプ?
……そう。私はそういう、堅物で生真面目な男の子、好きよ?」
クスクスと笑いながら、レナリーはカウンターの上にいくつかの見慣れない薬草をポンポンと並べた。
「せっかくだし確認しましょうか。これは何か分かる?」
悠馬が視線を向けると、脳内のデータベースが即座に回答を出してくる。
「……これは酔い覚まし。
こっちは気付け薬に使える。
この青い葉は熱冷ましで、その隣の根っこは腹痛に効くみたいだね」
「うん、完璧。じゃあ、これは?」
最後にレナリーが差し出してきたのは、少し萎びた、見たこともない奇妙な斑点のある紫のハーブだった。
悠馬は意識を集中させ、その効能を読み取る。
「……これは、脳の過剰な興奮を抑える……精神を落ち着かせる強力な『鎮静作用』があるみたいだ。
過度なパニック状態の患者への処方に使えそうだね」
「あら、素敵!
新種のハーブまで調べずに一瞬で解明しちゃうなんて、本当に便利ね!」
レナリーはウキウキとした様子で、手元のレポート用紙らしき紙束に、悠馬の言葉をサラサラと書き込んでいく。
その目は、最高に便利な検体を見つけた技術者のそれだった。
悠馬はため息をつくと、ジト目で彼女を見つめた。
「……もしかして、僕のその『マヨイビトのバグ』。
新種の鑑定に利用されたかい?」
「ふふ、持ちつ持たれつ行きましょうねぇ〜、ユーマ先生?」
悪びれもせず、ウインクを投げかけてくる強かなドライアドのお姉さん。
悠馬は小さくため息をつきつつも、これから開く『こころみメンタルケア』のための、これ以上ないほど優秀で、ちょっと油断のならない薬草医との「業務提携」の縁を手に入れるのだった。




