016 無茶苦茶できてしまう奴のためのセーフティ
「仕入れ、ねぇ……」
数日後。
カフェのオープンに向けて必要な物資をリストアップし、ガウルンに相談を持ちかけたところ、自称アウトローの狼男は露骨に渋い顔をして大きな頭を掻いた。
「悪りぃな兄ちゃん。
俺は森で魔獣を狩るのが専門だ。
他所の商会との細かい取引だの、家具の仕入れだのって話になると、流石に専門外で力になれねえわ」
(まぁ、そりゃそうだよね……)
悠馬はあっさりと納得した。
いくら頼れる男とはいえ、彼はこの街の商人ではない。
「じゃあどうしようかな。自分で街の商会を軒並みぶらついて交渉するしかないか」
悠馬が腕を組んで悩んでいると、ガウルンはフンスと偉そうに鼻を鳴らし、ドヤ顔で講釈を垂れ始めた。
「おいおい、忘れたのか?困った時は『ヤクショ』へ行けって。
ギルドを頼るんだよ、ギルドを」
(……結局、人任せじゃないか)
心の中でそう思いつつも、確かにそれが一番手っ取り早いのも事実だ。
悠馬はガウルンと別れ、再び1人で街のギルドへと足を運んだ。
「いらっしゃ――ちょっと、あんた。保護者はどうしたのよ?」
ギルドのロビーに無防備に現れた悠馬を見つけるなり、受付のハスキー犬タイプのお姉さんが呆れたように声をかけてきた。
というか、警備員じゃなかったんだなと悠馬は思った。
「ガウルンなら、生活の相談は自分の専門外だからギルドを頼れって。
今日はついてきてないよ」
「あんにゃろう……。
マヨイビトを1人でうろつかせるなって言ったでしょうに」
お姉さんは盛大に溜息をつき、テーブルの上の書類をトントンと整えた。
「で、今日は何のご用?まさかもう揉め事じゃないでしょうね」
「いや。家をあてがってもらったから、本格的に店を開きたいんだ。
そのための物資や食材の仕入れルートを紹介してほしくてね」
「あぁ、そういうことなら『新規開業の融資相談窓口』ね。
あっちの一番奥のカウンターへ行きなさい」
異世界らしからぬワードがとびだし、悠馬は目をしばたたかせた。
「え?ここ、そんな手厚い融資制度まであるのかい?」
悠馬が驚きの声をあげると、ハスキーのお姉さんは苦笑混じりに肩をすくめた。
「そりゃそうよ。マヨイビトってやつは、上手く使えば街に莫大な富と技術をもたらしてくれるからね。
国としてもギルドとしても、手厚く囲い込みたいのよ」
「つまり、マヨイビトに対してのみそんなに特別扱いを?」
「まぁね。よその土地から来た獣人なら、最悪、その辺の依頼を腕っぷしでこなして日銭を稼げるでしょ?
でも、マヨイビトに自助努力なんて言って放置すると、生活に困って自分の持つ『やばい力』を使って街を滅ぼしかねない無茶苦茶を始めるからさ。
……だったら、最初に生活費をポイと渡して恩を売って、街に貢献してもらった方がよっぽど安上がりで安全じゃない?」
(あー、なるほどな……。
野生の不発弾みたいな存在を野放しにするくらいなら、手厚い福祉で管理下に置いた方が合理的というわけか。
非常にリアリスティックな生存戦略だ)
悠馬はその高度な行政のロジックに深く納得し、ハスキー姉さんにお礼を言って別れた。
そして、そのまま指定された一番奥の窓口へと向かった。
そこは人気がなく、明らかに普段使っていないのが丸わかりだった。
マヨイビト専用の窓口なんて、実質悠馬のために用意された窓口のようなものなんだろう。
「あーい、マヨイビトさんいらっしゃーい。御用はなにかねー?」
そこに座っていたのは、見るからにのんびりとした、カピバラっぽい雰囲気の垂れ目のお姉さんだった。
悠馬は手早く開業のための資金や商人との連絡について尋ねた。
「最初の1ヶ月は『生活保護』の扱いだから、返済義務のない融資が出るよー。
その後は、お兄さんの商売の生計規模に合わせて、超低金利の融資が受けられるからねー」
「至れり尽くせりだね。
なんか、僕たちマヨイビトにとって都合が良すぎる仕組みに出来ていて、逆に怖いよ」
「まぁ、マヨイビトさんがちゃんとこの街で働いてくれたら、後から得られる税収と利益は半端ないしねー。
最終的にギルドとしては大黒字になるだろうから、気にしなくていいよー」
カピバラお姉さんは、軽い調子でペンを回しながらニコニコと笑う。
「んで、お兄さんは何が欲しいのー?」
悠馬は白衣のポケットから、あらかじめ用意しておいたメモを取り出し、淡々と読み上げた。
「この世界の医学書と薬草の専門書。
それから、カフェで出すための基本的な食材と食器。
……あとは、『丈夫な紐』と『大量の綿』、それから『清潔な布』を」
「ふーん……? 後半のそれ、何に使うのー?」
お姉さんが不思議そうに首を傾げる。
悠馬は眼鏡をクイと指で押し上げ、ニヤリと不敵に微笑んだ。
「――『こころみメンタルケア』。
お洒落な【昼寝のできる喫茶店】型のクリニックを開くための、一番重要な医療器具を作りたいんだ」




