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015 常識から診断していこう

「……眠りの医者ぁ?」


 ガウルンは訝し気な声をあげる。どうやら彼には睡眠と医者が結びつかないようだった。

耳をパタパタと動かし、困惑の表情を浮かべた。


「寝るのに、わざわざ医者がいるのか?みんな眠くなりゃ勝手に寝るだろ」


 その素朴な疑問に対し、悠馬は白衣の襟を正し、静かにガウルンの目を見つめた。


「ガウルン。例えば、変なものを食べてお腹が痛くなったらどうする?」


「そりゃ、出すもん全部出しちまえば大抵は治るだろ」


「じゃあ、それでも治らなくて、何日も激痛が続いたら?」


「……そりゃ、大人しく医者か薬師のところへ行って薬を貰うな」


 当たり前のようにそう答えるガウルンに、悠馬はうんうんと頷く。


「だろう?じゃあ、もう一つ質問だ。

――寝不足はどうすりゃ治る?」


「そんなもん、寝りゃ治るだろ。……あ」


 ガウルンはそこまで言って、ハッと何かに気づいたように言葉を詰まらせた。

悠馬はその反応で理解した。


やはり、こいつは頭が悪いわけじゃない。

たとえ話ひとつですぐ気づけるなら、話は早い。

悠馬は眼鏡を直しながら続けた。


「そう。寝れば治る。

だけど世の中にはね。

『寝たくても、どうしても寝られない理由』を抱えた人がたくさんいるんだよ」


「寝られない理由……ねえ?」


「身体の病気、心の不安、環境の悪さ、ストレス。

それからこの世界なら、それこそ呪いの類みたいなもんがあるんじゃない?

お腹の激痛と同じで、寝ようとしても自力じゃどうにも治せない、複雑な理由が眠りの裏にはあるんだ。

だから、僕みたいな専門医が必要とされる」


 ガウルンはしばらくぽかんとした後、なるほどな、と深く納得したように大きく頷いた。

だが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて腕を組む。


「理屈はわかった。

……だけどよ、その睡眠のお医者さんはどうやって食っていくんだ?

みんな『眠いなら寝りゃいい』としか思ってねえ街だぞ。

そんな怪しい医者、誰も自分から金払ってかかりに来ねえよ」


 もっともだ。


寝ると言うのは食べるのと同じだ。

当たり前にできることなんだ。


当たり前を当たり前にできるようにする。

そのために医者がいるなんていっても、

そんなことに医者なんか必要あるのか?

そう思われるのは必然だ。


それこそ現代ですら偏見があるのに、異世界でいきなり受け入れられるはずがない。


 じゃあ、どうするか?


悠馬はその答えをひとつ持っていた。

人は、当たり前ができないことを隠したがる。


だから、他の理由で覆い隠せばいい。

そう、覆い隠している理由こそ来訪の目的だという建前さえあれば、最初の一歩は踏み出せるものだ。


後はそこに隠れた本音を引き出せば、それでいい。

いまある常識を書き換えるために、まずは本当の目的は副次的なサービスにするんだ。


すなわち。


「だからこそ、その前に医師としての『お膳立て(広報活動)』が必要になるんだよ」


 悠馬はテラス席の広々としたウッドデッキを振り返りながら、ニヤリと不敵に笑った。


「店の名前は『こころみメンタルケア』にする。

だが、表向きは『薬草茶・軽食あります』という、お洒落な【昼寝のできる喫茶店】としてスタートする」


「ああ?昼寝ぇ?」


「ああ、そうさ。

テラス席で心地よい風を浴びて、外気浴をして。

そんで、15分の昼寝(パワーナップ)を経験してもらうんだ。

気持ちいい睡眠を演出できれば、睡眠についての本音が漏れる。

『最近寝つきが悪いんだよな』なんて愚痴がこぼれたらこっちのもんだ。

僕の本当の診察は、そこから始まるんだよ」


「……くくっ、ガハハハハ!」


 ガウルンは腹を抱えて豪快に笑い声をあげた。


「お前、本当にただの大人しい医者じゃねえな!

無法にやべえ力をぶつけるより、よっぽどタチが悪いぜ!

どうやって金をとるか考える、商売人だ!

最高じゃねえか、兄弟!」


「人聞きの悪いこと言うなよ。これはまっとうな垣根をとるための医療行為だよ」


 後日ノシールに、新しいお店がオープンする。


世界を救わない凡人お医者さんの、ちょっと変わった「昼寝ができるカフェ」。


まずはこの世界の常識という思い込みが生む偏見を治すための医療の門が開いた。

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