014 マヨイビトたちの残滓
「――へえ、ここかい。随分と……いや、想像以上に綺麗だな」
ガウルンから手渡された古い鍵で扉を開け、一歩足を踏み入れた悠馬は感嘆の声を漏らした。
親切な街とはいえ、よそ者にあてがわれる空き家なんだ。
埃まみれで床の抜けたようなボロ家も覚悟していたつもりだった。
だが、目の前の物件は、日当たりの良い中央街道から少し外れた、広々としたオープンテラスのあるファンシーな居住空間付きの店舗だった。
床板はピカピカに磨き上げられ、窓ガラスの一枚に至るまで透き通るように掃除されている。
「ガウルン……。この街の不動産は、いつもこんなに衛生管理が完璧なのかい?」
「あぁ?衛生管理だぁ?
んなもん、ギルドの術師が『クリーニングの魔法』を床板に一発ぶっ放しただけだろ」
(あー、なるほど。魔法か)
現代地球の常識で「大掃除」の労力を計算していた悠馬は、その最高に好都合で楽ちんな環境に、心の中で深く感謝した。
もちろん、釈然としない気持ちはある。
が、その気持ちと戦って実際に労力を割かねばならないとなれば——比べるべくもない。
りがたくその主義に染まりたいというのが悠馬の正直な気持ちだ。
ふと視線を落とすと、リビングの床を、妙な円盤状の機械のようなものがシャーッと音を立てながら自動で徘徊し、小さなゴミを吸い取っている。
悠馬の思考が一瞬停止する。
ここにあってはならないものがあると。
胡乱げにそれをみつめながら、それを指さして確認する。
「……ガウルン、あの床を這っている円盤は何だい?」
「さあな。随分前にこの街にいたっていう、別のマヨイビトが残していった『自動掃除機』とかいうガラクタだ」
(ああもう。本当に現代のマヨイビトってやつは……)
悠馬は心の中でツッコミを入れる。
他所の世界観に便利だからって文明の利器まで持ち込むんじゃない。
ファンタジーな世界を日本の一室に変えてしまう存在に頭が痛くなった。
「ずっと勝手に動いて綺麗にしてくれるから便利だけどよ。
ゴミってどこに消えるんだろうな?」
(しかも自律型で、電気以外のエネルギーで半永久的に動くようにしたのか。
これが先人のマヨイビトの影響ってやつか。
どこに行っても考えることは同じだな)
これもまた、ご都合主義のひとつだろう。
ただ、こうやってこの世界に他のマヨイビトの形跡があると、もはや明晰夢という言い訳が通じなくなることにもなる。
(……これもまた、いまさらかな)
その事実に悠馬が苦笑していると、ガウルンは備え付けのソファにどっかりと腰掛け、ふと思い出したように尋ねてきた。
「そういや兄ちゃん。
お前、元の世界じゃ『医者』だったって言ってたよな。一体、何の医者なんだ?」
(そういえば、医者とはいってたけど、何の医者とは伝えてなかったな)
バタバタしてたし、悠馬は細かい説明はしてなかった。
当然ながら、医者と一口に言ってもいろいろある。
ガウルンがそれを理解しているなら、この世界にも専門医という概念があるのだろう。
悠馬は改めて自己紹介する。
「僕は呼吸器科。その中でも、睡眠に関する症例を重視した医者。――平たく言えば、眠りの医者だよ」




