013 当たり前のように家が用意されましたけど
マーウさんはあの後、ガウルンが合流して普段通りに怒鳴り合いを始めたおかげで、「あ、本当に操られてないんだ」と理解し、すっかり元通りになったそうだ。
その後、顔を真っ赤にしながら、悠馬に何度も深々と頭を下げて謝罪してくれた。
「一応、ギルドの法に従えば、仕返しに彼女を怒鳴り散らしても良い権利はあるんだけど。……お兄さん、する?」
ハスキーのお姉さんが意地悪そうに微笑んだが、悠馬は即座に権利を放棄した。
「いえ、結構です。罵倒には罵倒を、というルールがあるのは理解したけれど、僕には女性を罵倒する趣味はないので」
(何より、現代人の基準がバビロニアまで後退しちゃ不味いだろ)
心で付け加えながらそういうと、ハスキーのお姉さんはふーん?と少し笑いながらも納得してくれた。
「つーわけでギルド長。新しい友人ユーマに家をあてがってくれないか?」
ガウルンがさも当然のように要求する。
おいおい、そんな簡単に不動産が用意されるわけがない。
突然の暴挙に悠馬は身構えたが。
「あいよ。兄ちゃん、希望の条件は?」
いともあっさり了承され、茫然とする。
(……あるんだ、家)
異世界の行政、フットワークが軽すぎる。
しかもこちらから希望を伝えられると。
悠馬はこれからを想像しながら物件の希望を考える。
生活基盤をこの街で整えるとしたら、やはり自分にできることはひとつだ。
悠馬はそう結論づけ、理想の家について伝える。
「……仕事をしながら、奥で暮らせる職住一体の物件がいいな」
「こいつ、元の世界じゃ医者だからよ」
職住一体と聞いてふむ、と考えるギルド長にガウルンが補足する。
「ほう、医者か。
じゃあ薬師のアトリエっぽい造りがいいな。日当たりは気にするか?」
悠馬は少し考え、睡眠医としてのこだわりを口にした。
「できれば日当たりが良くて、体内時計を整えやすい環境がいい。
小さくてもいいから、オープンテラスがあれば最高だな。
それと、薬草の保管や調香のために、温度変化が少なくて遮光ができる暗室、または離れのようなものがあると助かるな」
ギルド長はふむふむと言いながらさっと机に地図を開く。
そしてしばらくうーんと唸りながら指を宙に浮かせる。
……まさか、空き家状況を全部記憶しているとかないよな?と悠馬は疑う。
流石にとは思ったが、ギルド長はある一点を示した。
「んじゃ、中央街道から少し外れたここの物件がぴったりだな。
ガウルン、お前が案内するかい?」
(マジですか)
どうやら本気で覚えているらしい。
この街は森の中にあるのでこじんまりとしてはいるが、決して狭いわけではない。
区画の数を見ても記憶しておくなんて正気の沙汰には感じなかった。
「あぁ。ユーマにゃ仕事を代わりに片付けてもらったようなもんだしな。
その分の礼はしないとな。」
(お前も当然のように受け入れるなよ、友よ……)
披露された超人的な記憶術に対して何ら敬意をもたず、掌をギルド長に向けるガウルン。
そんな彼にギルド長は驚いたように目を丸くした。
「マジかよ。お前が礼とはいえ他人のため動くなんて、本当に気に入ってんだな」
そういって、ギルド長はガウルンに鍵を手渡した。
多分あれが家の鍵なんだろう。
その後もとんとん拍子に話が決まっていく。
初めて訪れた見知らぬ街で、家をあてがわれる。
突っ込みどころは満載だが、都合が良い方へ転がるならそれでいい。
他所者だからって爪弾きにされるよりずっとマシだ。
何より、自分は医者だ。
物語の主人公たちのように世界を救う大それた目的はない。
それでも、これから出会うこの街の人々を、自分の手の届く範囲で。
そして、一人でも多く『健やかな眠り』で救えるようになりたい。
「よう、兄弟。いい家だといいな」
手渡された古い鍵の重みを感じながら、悠馬は短く「ああ」と答える。
そして、これから自分の城となる物件へと、期待を胸に歩き出すのだった。




