私と目醒めと
起きたら朝の3時だった。
タバコは空だった。
中途覚醒用の薬を飲んだ。
目が覚めたのは5時だった。
体にはずしりとした重たさ、胃もたれ、気持ち悪さ。
タバコを買いに行った。
吸った。
味がしなかった。
今から中途覚醒用の薬を飲んだとて、今度は起きなくてはいけない時間に起き上がれるとは限らない。
処方された薬は正しく飲まなければならないのなら、これ以上は過剰摂取になるだろう。
短い睡眠時間だった。
だけど今日はある意味で振り切れている。
開き直っているのだ、これもまたいいだろう。
朝といえば、中高と部活をしていた時に、試合で朝早くから最寄りの駅に行くまでの時間…6〜7時だったろうか。澄んだ空気に、オレンジ色に照らされる地、鳥の声、それを背景に自らの士気を上げる音楽を流す。
そんな時間がすごく好きだった。
川沿いの道を行き、川の反射を感じ、駅へと向かう。
朝早く、ほとんど誰もいない時間。
まるで物語の主人公かのような気分で歩くことができていた。
今、光に弱く、朝に馴染めない微ヴァンパイアの私としてはそんな朝早くから外に出て、歩くことはないから、そんな感覚は久しく味わうことができていない。
薄暗い部屋の中で、ポツポツと文字に起こしている。それが最近の朝だ。
最近は、馬鹿にされているようで朝が嫌いだ。
拒まれているようで夜が嫌いだ。
トラックが走り、建物が少し揺れる。
少し遠くで烏の鳴き声がする。
ベランダに出て───子供の頃のような澄んだ空気を吸える場所にはいないので、綺麗な空気ではないが───深く深呼吸をする。
生かされている私にとっては、贅沢そのものだ。
伸びをする、深呼吸する、コーヒーを飲む。
これができたら私にとっての朝は及第点だろう。これ以上上がることもなければ、下がることもない。
朝だ。夜明けを迎えるに当たって、BGMとして最高なのはなんだろうか。
透き通っていくような、あの曲だろうか。
今日も起き上がれたね、と褒めてくれるあの曲だろうか。
あれもこれも、とセットリストに入れていくとキリがない。
希死念慮に襲われないということではない。「ああ起きちゃった」という感覚はあるが、今では「絶対幸せになってやる」という覚悟がある。
そうすると、今度は「幸せ」ってなんだ、と考える。
「幸せ」と「不幸せ」はいつも手を繋いで同じタイミングやってくる仲良し兄弟であると思う。
本当の本当がみたい。
「幸せ」ってこれかあ、と感じたい。
朝早くに通ったあの道を歩めば、幸せを感じられるだろうか。
朝早くにコーヒーを淹れて、好きな音楽を聴けば、幸せなのだろうか。
頑張った1日に、友人とビールを飲むことが幸せなのだろうか。
何をやっても、幸せを受け止めるグラスがひび割れているから、どれだけ幸せを注いでも溢れ出てしまう。
本当に、贅沢な悩みで、贅沢な体だ。
休め、とよく言われる。
ただ、休み方がわからない。
自分でも休みたい、と思っても暴発してしまう。休みにならない。
自分をもっと大切にすることができたらな、と思う。
今日はどうだろう。
幸せな一日にすることができるだろうか。
幸せの定義とか、悲しみの置き場とか。




