睡眠薬と私と
私の孤独を、誰か受け止めてみてほしい。
自室にいるのに、疎外感に苛まれ、この世に私一人しかいないかのような感覚。
こんな生活は味わうべきではない。
眠れないだけでしょ、というが、眠れないし、希死念慮には襲われる。とてもではないが、常人であるならばこんな孤独は耐えることができないだろう。
孤独を誤魔化すように、大声で歌ってみたり(隣の部屋に人はいないので)、本を読んだり、映画を観たり。
これも体力がある時にしかできない。
まるで孤独なミュージカルかのようにヘッドホンをして、大声で歌う。
鉄骨のアパートでよかった。
この下手くそな歌は、誰にも聞かせることができない。
カラオケで、私が歌ったのをイジられてから、カラオケが怖くて行けなくなった。
自分はヘタなんだ、と認識してしまって以降、マイクは持てなくなった。
歌うと、嘲笑が起きる。なかなか辛い。
思えば、そんなことばかりだった。
何か一つできるようになると、また何か一つどデカい壁にぶつかり、挫けてしまう。
部活をしていた、1秒間を刻む世界にいた。
自分よりも速い人をみて、選手生命を終わらせた。
どうしても小柄な体では限界がある競技だった。
小さい頃サッカーをやっていた際はリフティングが10回できたと思えば、友人は30回できてきた。
大学も中堅校に入学したが、友人たちは有名名門ばかりに受かっていった。
コンプレックスの塊のような生き物に、ならざるを得なかった。
避けようがなかった。
そうして、どんどんと孤独に苛まれていった。周囲と馴染めない。大学での学友は二人しかできなかった。それでも贅沢なほど優しい友人たちだった。
それでも、孤独はかき消せなかった。
そこから、夜は眠れなくなった。
孤独と、絶望と、希死念慮に酷く襲われた。
暗い部屋の中で、陰鬱と過ごすことしかできなかった。
当然なのだが20歳まで酒を口にしなかった。
最愛の祖父が「もう飲んでも大丈夫だよ」とビールを差し出してくれたことがあった。
私はそんじょそこらの大学生と違うのだ。
簡単に酒は口にしない。そう誓っていた。
そうすると、祖父が亡くなった。
彼と酒を酌み交わしていれば、と、何度も自己嫌悪に陥った。
きっと、笑い上戸の祖父だったのだから、大きな声をあげて笑ってくれていただろう。
自分からお酒を飲むことはほとんどないが、飲みの席では誰よりも飲む。
周囲に人がいる充足感から、ただひたすらに浴びるように酒を飲む。
心配されるほどに。
ある意味では自傷行為なのかもしれない。
自傷行為は経験がある。
今でも、ハッキリわかるくらい左の手首には引っ掻いた痕がある。
また、タバコをひたすらに吸う。
これも自傷行為と言っていいだろう。
また、同じ病に苛まれる上長がいる。
その上長は、すっかり精神を病み、目からは光が消え、以前のように笑わなくなった、
彼女は、とても絵を上手に描くことができる。
それを活かして、自身の左足首からふくらはぎにかけて、花を彫った。
それはそれは、とても歪な形で、セルフでやったとは思えないほどの完成度で、美しく、禍々しく脚に咲いていた。
病んだ人の芸術というのはとても美しいものがある。
それは、何においてもそうだ。
絵画にせよ、音楽にせよ、ダンスにせよ、だ。
心を病んだ人の芸術は、どこか美しい。
ただ、私は違う。
自分の孤独を体現することができない。
つらつらと、愚痴愚痴と呟くことしかできない。
ただこれも最近ではしないようにしている。
あまりに暗すぎると、友人たちに嫌われてしまう。
だから、ひょうきん者の自分でいる。
そんな病気には見えないですね、と言われるほどにひょうきんに演じる。
どの自分が素の自分なのか、わからなくなる。
徒然なるままに、書いたが、やはりまとめることができない。
私の孤独を誰か受け止めてみてほしい。
この暗い部屋の中で、悶々とする自分の、この孤独を。




