番外編・惜別【イライアス】
ep.40『見劣り姫は一時の別れを惜しむ』のイライアス視点です。
グロリアーナ様との距離が縮まらないまま、出立の日がきた。
本当はもっと距離を縮める予定だったが、とある理由で無理だった。自ら望んだこととはいえ、実に残念でならない。
小さなため息を一つ吐くと、ベッドから起き上がる。
私の気持ちとは裏腹に今日の天気は快晴で、さらに恨めしい。しかし、心残りがあったとしても、今日という日はきてしまった。呑み込むしかない。
気持ちに区切りをつけて身支度を整えると、集合場所に行く。
集合場所には、ともに辺境に向かう仲間の姿がちらほらと見受けられた。その近くには騎士隊長の姿もあり、挨拶に向かう。
「隊長、おはようございます」
「ああ、イライアスか。いよいよだな。御前試合の褒賞が辺境に行くことと聞いた時は驚いたが、その様子だと何か目的があるのだろう。まあ言う必要はないと思うが、向こうでも頑張るように」
隠し事をしていることが少し後ろめたくて、騎士隊長の言葉に小さくうなずく。
私が御前試合の褒章に望んだのは、第三王女殿下専属の筆頭護衛騎士の座だ。けして辺境行きを望んだわけではない。
だが“筆頭”になるためには、辺境行きは避けて通れなかった。だから辺境行きを諾々と受け入れたのだ。
ではなぜ正しく公表しなかったのかと言えば、婚約の話が秘匿されているから、という一言に尽きる。
正直に公表すると、ならなぜ辺境に行くのか、という疑問が生じる。
周囲はそれを徹底的に探り、やがて私とグロリアーナ様の婚約にたどりつくだろう。それを防ぐために、御前試合の褒賞を辺境行きとしたのだ。
よって、負い目など感じる必要はないのだが、何分直属の上司だからどうしても申し訳なく思ってしまう。
幸い、騎士隊長に訝しがる様子は見られない。適当に話を切り上げてその場を離れた。
一人になり、周囲を見回す。グロリアーナ様の姿はない。まだいらしていないのか、それとも……。不安な気持ちが水滴のように滴り落ちて、私の中に広がっていく。
グロリアーナ様とはただの口約束でしかない。でもあの方の人柄を考えれば、約束を破るなんてありえない。そうわかっているのに、どうしても不安な気持ちになってしまう。そんな自分が嫌になる。
「イライアス!」
自己嫌悪に陥る中、名を呼ばれた。男の声なので期待しないで振り返ると、同期の騎士たちがそこにいた。
彼らがこちらにやってきて、私を取り囲む。
「みんな来ていたのか」
「なんだよ。俺たちをそんなふうに見ていたのか? 仲間を見送らないほど薄情になったつもりはないんだがな」
「気をつけて行けよ……ってか、なんで御前試合の褒賞に辺境行きを望んだんだ?」
仲間の問いに笑顔で返す。すると、「うわ、出たよ。この秘密主義者が」と軽く背中を小突かれた。
少しよろけた拍子に、仲間に向けていた視線が逸れる。直後、ほかの兵士たちと話をしているグロリアーナ様の姿が目に入った。
……グロリアーナ様! いらしていたのか!
私との約束を守ってくれたのかと嬉しくなる。だが、それは一瞬だけだった。
よく見れば、グロリアーナ様が辺境に行く兵士たちに何かを配っている。
気づいたとたんに、私の中にもやっとした感情が湧き上がった。
なぜ先に私のところに来てくれなかったのかとか、餞別は私だけにしてほしいだとか。見苦しい感情が次から次に湧いてくる。
先に出会ったのは私だ。その時から護ると決めている。ほかの者にその座を渡したくない。
それは紛れもなく嫉妬と、独占欲。非常に重たい感情だが、それも悪くないと思う自分がいる。
とはいえ、この感情は褒められたものではない。表に出ないよう気をつけなければ。
仲間たちの会話を早々に終わらせて、グロリアーナ様のもとに向かう。
グロリアーナ様は騎士隊長と話をしていた。だが、途中で騎士隊長を呼ぶ声がして二人が振り返る。
直後、グロリアーナ様が笑い出した。グロリアーナ様が笑っていると私も嬉しい。
「グロリアーナ様!」
一人になったグロリアーナ様に声をかけると、彼女がこちらを向いた。
「まあ、イライアス、おはよう。……あら、あなた、誰かに何かを言われたの?」
表に出ないよう隠していたつもりだったが、この感情が顔に出ていただろうか。
グロリアーナ様に尋ねてみると、彼女が青く輝く目を軽くさまよわせた。そして、静かに首を振る。
「いいえ。気のせいだったわ。それよりイライアス。わたくし、約束を守ったわ。受け取ってくれる?」
グロリアーナ様が持っていた物をこちらに差し出してきた。ハンカチだ。これを私に?
「よろしいのですか?」
「もちろんよ! 逆に受け取ってもらえないと困るわ。あ、でも、ほかの人には内緒よ? イライアスの分しか用意していないから」
私の分しか用意されていないなんて嬉しすぎる。今まで抱いていた負の感情が一気に吹き飛んだ。我ながら現金なものだ。
お礼を言いながら急いでハンカチを受け取り、じっくりと見る。ハンカチには青い花の刺繍が施されていた。思わず指で刺繍をなぞる。
「これは……グロリアーナ様が刺繍してくださったのですか?」
尋ねれば、グロリアーナ様がこくりとうなずいた。
「ええ。あなたの無事を祈る、ラクサの花にしたのよ」
「とても、嬉しいです」
思わず頬が緩んでしまう。本当に嬉しい。
今なら私も渡せそうだ。意を決してグロリアーナ様に話しかける。
「グロリアーナ様。私も、あなた様にお渡ししたいものがあるのです。どうか、これを受け取っていただけないでしょうか」
言いながら、コートのポケットから木製の小箱を取り出す。私の手に収まってしまうほどには小さい箱だ。
その小箱をグロリアーナ様の前に差し出すと、彼女の目がきらりと輝いたように見えた。
「まあ、素敵……受け取ってもよろしいの?」
「もちろんです。グロリアーナ様のために作りましたから」
そのためにこの一週間部屋に引きこもったのだ。
本来は短期間で一気に仕上げるつもりだった。だが、話があるとやってきた王太子殿下が製作途中の箱を見て、ぎょっとしたような顔をしたのだ。
王太子殿下は、個性あふれる作品だと口にしたあと、「まさか女性にあげたりはしないだろうね?」と尋ねてきた。素直にグロリアーナ様に渡すと返したら、王太子殿下が真顔になった。
あの時は疑問だったが、今思えば贈り物には向かないデザインだったのだと思う。
その後、王太子殿下に引きずられるようにして第一王女殿下のところに行った。
第一王女殿下は私のデザインを見て悲鳴を上げられていたが、自分ではどのくらいひどかったのか、今もわからない。
それはともかく、第一王女殿下が図案集を見せてくださった。その中で、グロリアーナ様のイメージにそっくりな図案を見つけて、掘り続けた次第だ。
グロリアーナ様に尋ねられて答えると、彼女は最初のデザインも見てみたいと言ってくれた。しかし、あれは早々に処分してしまっている。
正直に告げると、グロリアーナ様はとても残念そうな表情だった。
ちょうど話が途切れたところで、遠くの方から声がかかった。そろそろ出立するようだ。
グロリアーナ様も気づいたようでこちらを見つめてくる。正直離れたくないが、側にいるために辺境行きは必要だ。
自分に言い聞かせるようにグロリアーナ様に告げる。
「これ以上は無理のようですね。グロリアーナ様。私は必ずあなた様のもとに戻ってまいります。ですから、どうか……どうか、待っていてください」
「ええ、待っているわ。道中気をつけてね。わたくしの護衛になるのなら怪我をしてはだめよ? 無理も厳禁ですからね? ……いってらっしゃい、イライアス」
きっと、私の言葉の意味を深く考えていないのだろう。私がグロリアーナ様の護衛になりたいのだと思っているに違いない。
だが、今はそれでいい。戻ってきたら遠慮はしない。
決意を込めてグロリアーナ様に礼をとる。
グロリアーナ様は一瞬だけ寂しそうな表情をしたが、すぐに笑顔になった。
そのどちらの表情も、旅立つ私の心に残り続けたのだった。
以上で1章のイライアスサイドも終了です。
今話でイライアスが「グロリアーナ様」呼びをしているのは、直前の話『見劣り姫は騎士と話をする2』(本編)で、名前呼びを許可されたためです。
第一王女殿下→美しいものが大好きエッタ姉様。個性的な作品に卒倒しなかったのは称賛に値する。




