番外編・第三王女殿下のお茶会3【イライアス】
私と殿下の距離の遠さを改めて実感し、力強く両手を握りしめる。
気づかないようにしていたが、もはやこの気持ちに嘘はつけない。
王女殿下を失うかもしれないと思ったら、私の悩みなど、どうでもよくなった。吹っ切れたとも言う。
そうして悩みが吹き飛んだあとに残った気持ちは、殿下への想いだけ。
これからも王女殿下をお護りしたい。何よりも殿下が大事で、ずっとお側にいたい。
一見護衛対象に抱く思いと同じだが、まったく違う。
殿下が微笑めば私の心は浮き立つし、頼られたら嬉しくなる。側にいるのは自分だけがいいと心の底から思う。
つまり私は、疾うに王女殿下に魅せられていたのだ。
相手がグロリアーナ王女殿下だからこそ抱けた想い。
やはり私も、何か一つに一途になるレイリー公爵家の者なのだと、つくづく思った。
この気質はなかなか厄介なもので、自分の意思で選ぶことは難しい。
私が一途になるのは、第三王女殿下をお護りすることに対して。長い間疑いもせず、そう思っていた。周囲も同じ認識だったに違いない。
だが、実際には王女殿下に対してだった。母を着飾らせたり、プレゼントしたりして喜ばせる父のひたむきさとは違うものの、ほぼ似たものだ。少しでも王女殿下が笑っていられるように、憂えとなるものはすべて取り除きたい。そう思っているのだから。
とはいえ、私と王女殿下は十歳差。倫理的にいろいろな問題がある。
貴族の結婚ならよくある年齢差だが、王女殿下はまだ十二歳になったばかり。年齢的に言えば、今話をしているエーレンフルスの王子の方がお似合いだろう。
しかし、それがなんだと言うのか。殿下を失うことに比べたら、些末な問題にすぎない。
それに、あと五年もすれば物を言う者もいなくなる。それまでに絶対に功績を挙げ、王女殿下の隣の座を手に入れてみせる。そのためのお膳立てはすでにされているのだから。
だがその前に、王女殿下との距離を縮める方が先だろう。こまめに話しかけて王女殿下と仲良くなり、私の存在を意識してもらう。
もちろん、最後は王女殿下の意思に委ねる。王女殿下がほかの人を選ぶのなら、私は心を押し殺して殿下の護衛として生涯を終えよう。今回のような事態は避けたいから、護衛として側に控えることだけは許してもらいたい。もう、あんな歯がゆい思いはたくさんだから。
多少感傷的な気分になりながら、王女殿下を見る。
すでに王子との話は終わっており、王女殿下は王女宮に戻るようだ。殿下が向きを変えたところで目が合った。
今日は本当によく目が合う。軽く首を傾げる姿も可愛らしい。
……願わくは、その青い瞳に、ほかの特別な人が映らぬように。
王女殿下が帰っていく姿を見ながら切に願った。
それからしばらくして。王女殿下が戻られてだいぶ冷静になった私は、殿下がウィップをかわした時のことを考えていた。
あの身のこなしはとても素晴らしいもので、武芸に身を置く者の動きかと思うほどだった。
危険を瞬時に察知する能力に、動きを正確に捉えて避ける技術。体勢が崩れても即座に立て直せる受け身の取り方。
やりようによっては、倒したテーブルを盾に使うこともできただろう。
すべてが最適のタイミングだった。それはもう、エーレを彷彿とさせるくらいの動きで……。いや、まさかな。
一人の少年の姿が脳裏に浮かぶ。背格好は王女殿下と同じくらいだが、あのくらいの年齢なら、男女の背格好が同じでもおかしくはない。
そもそも、エーレは少年で、口調も独特だった。おまけにあの武術。エーレほどの技術を習得するには、ぼう大な時間が必要なはず。それこそ、幼い頃から訓練しなければまず無理だろう。
けれど、王女殿下が武術を嗜んでいる話はとんと聞いたことがない。だから、王女殿下とエーレは別人だと考えるのが普通だ。
だというのに、王女殿下の身のこなしがどうしても気になった。
だが、それは所詮私たち武人から見れば、の話でしかない。そこまで完璧であっても、ただ偶然が重なっただけと言われればそれまでだ。
面と向かって確認しても、話を逸らされて終わるだけだろう。
……王女殿下、あなたはいったい……。
一介の騎士である私は、王女殿下について何も知らない。秘密はおろか、嗜好や特技も。
しかし、専属筆頭護衛のメイナード殿なら知っているはずだ。
近くにいるメイナード殿をちらっと見ながら、最後に会った時のことを思い返す。
あの日私は、メイナード殿に頼み込んで手合わせをしてもらった。彼の技術を少しでも吸収して早く王女殿下の護衛騎士になりたいと、彼の剣に必死に食らいついた。たくさんだめ出しをされ、心得を説かれて有意義な時間だったと思っている。
最後にもう一度手合わせを、と願う私に、メイナード殿は「まさか本当になりたいのか……?」とつぶやいていた。
おそらく、私が王女殿下の護衛騎士を目指していると気づいたのだろう。
物知り顔で何度もうなずかれ、「まあ、頑張れよ」と言われた時は激しく戸惑った。
いったいメイナード殿は何を知っているのか。もしや、お転婆すぎて王女殿下の護衛が大変だと? それとも、王女殿下には本当に秘密の能力ある? もしくは、危機察知能力が高すぎて護衛のかいがないとか?
眉間に皺が寄せながら考えるも、机上の空論では正しい答えなど出るわけがない。
こうして、長らくの悩みを解消した私は、またすぐに新たな悩みを抱えるハメになったのだった。




