番外編・第三王女殿下のお茶会2【イライアス】
王女殿下の復讐もこれで終わりかと思いきや、殿下は攻撃の手を緩めず、さらに令嬢に迫っている。
令嬢は隠すことなく、第二王子殿下に毒を盛った供述した。とたんに私の周囲がざわつきだす。
かく言う私も、動揺を禁じ得なかった。
なぜなら、王女殿下がお茶会を開いたのは復讐ではなく、自供させるためだと気づいたからだ。
王太子殿下も王女殿下の計画を知っていて、だから我々に警護の依頼をした。令嬢の自供を多くの者、それも立場がある者たちに聞かせるために。
それを証拠に、殿下方は、強い者たちで固めたいとは一言も口にしていなかった。隊長格が二人もいれば証人として十分だったのだろう。
私が選ばれたのは、騎士隊長の判断によるもの。王女殿下から指名されたわけではない。その事実が、胸に突き刺さる。
……ああそうか。騎士隊長と話していた時に感じた思いはこれか。
私は王女殿下に求められていない。頼られるほどの仲でもなければ、権限がある立場でもないのだ。
自分と王女殿下の距離の遠さを改めて実感し、項垂れる。だがすぐに、王女殿下の言葉で頭を上げた。
「ずいぶんと、潔いのね――」
確かにある意味で潔いかもしれないが……いや、違う。今は私のことではなくて、令嬢の自供の話だ。
脳内が忙しなくしている間にも、二人の話は進んでいる。ついには令嬢が深々と頭を下げた。
令嬢は罪を背負い続けることに耐えきれなかったらしい。その気持ちは心情的に理解できるが、それにしては少々あっさりしている気がする。嘘をついているふうには見えないものの、何かが釈然としない。
それは王女殿下も同じようで、微妙に表情に表れていた。
とはいえ、犯人が自供したのだ。これで捜査が進展するはずだ。
王女殿下の命令で、近くに隠れていた衛士が令嬢を立たせる。
直後、王女殿下が強い制止の言葉をかけた。
何か問題でも起きたのか、と疑問に思っていると、王女殿下の侍女が令嬢の体を検め始めた。
侍女は令嬢のポケットあたりから何かを取り出し、軽く掲げる。小さな包みのようだ。
侍女が王女殿下に包みを手渡すと、受け取った王女殿下が中から物を取り出して割る動きをした。
また何か入っているのかと不安になるが、中身が茶葉だと知りほっとする。危険だから、包みの中を検めるのは別の者にさせてほしい。あの中に皮膚から吸収される毒が入っていたらと考えると、体が震える。
複雑な感情で、王女殿下が近くの騎士に包みを渡す様子を眺める。
その矢先、王女殿下の背後から何かが飛んできた。
「殿下!!」
慌てて立ち上がり、王女殿下のもとに向かう。
……だめだ。間に合わない!!
腕を伸ばすがどこにも足りない。このままでは王女殿下が怪我をしてしまう。彼女を失いたくないのに。
焦燥と恐怖、諦めるものかという思い。いろいろな感情がない交ぜになる中、必死に手を伸ばす。すると意外なことが起こった。
「……え?」
目の前で王女殿下が体をよじり、テーブルをなぎ倒しながら地面を転がったのだ。
そして、わずかに遅れて飛んできたウィップらしきものが、地面を打ちつけて戻っていく。
想像もしていなかった光景に思わず足を止め、茫然とする。
それから少しして我に返り、改めて殿下を見た。よかった、王女殿下は無事だ。
無意識に止めていた息をゆっくりと吐き出し、殿下のすぐ側に行く。
あの時、王女殿下に向かうウィップは見えていた。だが、距離があったばかりに殿下のもとに行けなかった。それが悔やまれてならない。
もし、私が第三王女殿下の専属護衛騎士だったら、すぐに駆けつけることもできたはずだ。少なくとも、このような苦しい思いを抱かずに済んだはず。
先ほどの出来事を思い返し、自分でもわかるほど苦い顔をして軽く目を瞑る。
王女殿下を失うかもしれないと思ったら、怖くてならなかった。殿下がいないと、私は私として生きていけない。そのくらい、殿下が大切だった。
むろん、私の人生の大半を護衛騎士になるために費やしてきたから、という理由もある。だが、この気持ちはたぶん違う。
そこまで考えてゆるゆると首を振る。今は王女殿下をお護りすることだけ考えていればいい。
気持ちを切り替えて周囲に意識を向ける。
私たちが隠れていた場所よりもさらに離れた場所に、ウィップを持った者がいた。真っ黒いローブに覆われて顔がわからないが、おそらく男だろう。
王女殿下が襲われた時、隠れていた者たちはいっせいに殿下のもとに駆けていた。
その兵士の隙間を縫うようにして不審者はウィップを回収した。明らかに手練れの者だと思われる。
慎重に、だが逃してはならないと兵士たちが男ににじり寄る。
男は兵士たちの動きに気づいたのか、向きを変えて走り出した。
王女殿下の指示を受け、みな男に向かって走っていく。
私は王女殿下目がけて全力で走ったこともあり、男から離れていた。よって追跡は断念し、その場に留まる。騎士隊長と副騎士隊長も残った。不審者を追うのはもちろんだが、王女殿下をお護りする方が大事だ。
遠くにやっていた視線を戻して、王女殿下に向ける。王女殿下は、何かに気づいてきょろきょろしていた。もう危険はないはずだが、どうしたというのだろう。
メイナード殿もいるので大丈夫だとは思いつつ、王女殿下の周囲に目を光らせる。
すると、殿下の背後から護衛をたくさん連れた人物がやってきた。その人物は、殿下の側に来ると、口を開く。
「立て込んでいたようですね」
声をかけてきたのは黒髪の少年……いや、青年に差しかかった頃か。私とは違い、温和そうな顔の青年だ。彼は確か、隣国の王子だと聞いている。
「まあ、エーレンフルスの……」
隣国の王子と向かい合いながら、王女殿下が愛らしい笑みで挨拶をする。相手は殿下の姉君である第二王女殿下の婚約者だからか、当たり障りのない会話だ。
けれど私がそこに混ざることはできなかった。




