番外編・第三王女殿下のお茶会1【イライアス】
第三王女殿下グロリアーナ様が、知人を呼んでお茶会を開くらしい。
はじめて主催するお茶会だそうで、王太子殿下が兄馬鹿を発揮した。その結果、私はお茶会の立ち合いの任務を言い渡された。
任務なので文句はないし、むしろ久々に王女殿下に会えるという喜びはある。
だが、どこか気分が晴れないまま、お茶会の日を迎えた。
今日は朝から天気がいい。
早めに庭園に行き、仲間内で最終確認をする。すると、予定時間よりもだいぶ早くに第三王女殿下がやってきた。
あれからも考えてはいるものの、王女殿下に対する結論は出ていない。殿下を見たら何かわかるかもと思っていたが、今日もごきげん麗しいようでなにより、という感情しか湧いてこなかった。
いったい私は、グロリアーナ王女殿下をどう思っているのだろう。自分の気持ちがさっぱりわからない。
打ち合わせをしながら時折王女殿下を見る。王女殿下は騎士隊長と話し込んでおり、私には気づいていない。
所詮は騎士と姫、距離が空いて当然か。そう思って打ち合わせに集中する。
やがて話が一段落し、なんの気なしに遠くを見る。直後、王女殿下と目が合った。
だが、王女殿下は騎士隊長に話しかけられ、すぐに視線を外されてしまった。それが残念に思えてならない。
……ん? 残念? どうして残念に思った?
わけもわからず首を傾げる。
けれど、答えが出る前に仲間に心配されて、うやむやに終わった。
自分の気持ちに翻弄される中、騎士隊長の指示で兵士たちが所定の場所につく。私も離れた場所にある低木の裏に向かった。
所定の場所につき、護衛対象者である殿下の位置を確認する。すると殿下もこちらを見てくれていたようで、再度目が合った。そうかと思えば、殿下が愛らしいお顔でにこっと微笑む。
ああ、そうだ。私が子供の頃からずっと護りたかったのはこの笑みだ。
殿下の笑みを見られて心の底から嬉しくなり、同時に照れくささでいっぱいになる。けれど次の瞬間、王太子殿下の言葉を思い出してしまい、視線をさまよわせた。
『そこまで一途なの、もう恋でしょ?』
違う。自分は少女好きではない。必死に自分に言い聞かせて否定する。
とはいえ、王女殿下に会えて嬉しいのは確かだ。それに見方を変えれば、これは王女殿下に近づくための絶好のチャンスでもある。
意を決して王女殿下に視点を定め、見つめ返す。笑みを向けられて嬉しかったので、私も王女殿下に笑い返した。
殿下はそっと胸元に手を添えていたが、その様子をみなまで見ることなく低木に身を隠す。そして、葉と葉の隙間からテーブル付近の様子を窺った。
私たちが身を隠すと少しして、一人の令嬢が使用人の案内でやってきた。焦げ茶色の巻き毛の令嬢だ。若草色のドレスで、王女殿下より少し年上に見える。
初めてお茶会を開くと聞いていたので、勝手に同い年の令嬢だと思っていた。
いったい二人はどのような関係なのか。湧き上がる私の疑問をよそに、令嬢が王女殿下に挨拶をする。その顔がなんとなく強張っているように見えた。緊張でもしているのだろうか? やはり謎だ。
そうこうしているうちに二人は席に着いた。
すぐに二人の前にお茶がサーブされ、王女殿下が閉じた扇子でテーブルの中央にある皿を指し示す。あの皿には確かクッキーが入っていたのだったか。
令嬢は笑顔で皿に手を伸ばし、次の瞬間大きく目を見開いた。
……なんだ? 何か様子がおかしい。
令嬢は目を見開いたまま動かない。王女殿下も不思議に思ったのか、心配そうな顔で令嬢に話しかけている。
令嬢はなんでもないと身振りを添えて答えたが、王女殿下が再度お菓子を勧めても、まったく手を伸ばす気配がない。そればかりか、令嬢の顔が青くなった。今までのやりとりに何もおかしな点はなかったと思うが……。
首を傾げていると、王女殿下が令嬢の顔色を見て、しょげた反応をとった。どうやら自分が失敗してしまったと思ったらしい。
今すぐ王女殿下のもとに行き、励ましたい衝動に駆られた。だが、隠れている自分が出ていくわけにはいかない。ぐっと我慢をする。
令嬢は罪悪感を覚えたのか、なぜか声を上ずらせながらクッキーに手を伸ばした。そのまま令嬢は、クッキーを食べやすい大きさに割る。
そして突然、持っていたクッキーを手放し、勢いよく席を立った。
本当に疑問が尽きないお茶会だ。けれど、その言葉で終わらせてはいけない。令嬢に何があったのかと考える。
……あの状況からだと、クッキーに何か入っていたと考えるのが妥当だが……いや、待て。クッキー?
最近、似た事件が起きたばかりだ。現在我々が捜査している事件でもある。
ただ、決定的な証拠がなく、犯人検挙には至っていない。それを知って、被害者の妹である王女殿下が事件をまねている? だとしたら、あの令嬢がカイリー・トムリンソンか?
私は辺境に行くため、人手として駆り出されてはいるが、あまり深く第二王子殿下の件に関わっていない。男爵令嬢は被疑者とみなされているものの、私は顔を見たことがなかった。
今日のお茶会も、殿下から令嬢の名前は聞いていない。殿下が伏せていたからだ。
……もしや殿下は、あの令嬢に復讐をしようとしているのか?
復讐目的であの令嬢をお茶会に誘ったと言えば、絶対に周囲から反対される。だから令嬢について黙っていた。
エーレが保管庫にいた理由も、復讐に必要だったと考えれば辻褄が合う。
仮に復讐だとすれば、あのクッキーに入っているのは十中八九髪と爪だ。令嬢が不可解な行動をとっていたのもうなずける。
しかしだからといって、勧められた菓子を捨て、席を立っていいわけではない。令嬢は礼儀を欠いた。
「まあ! わたくしのお茶会はお気に召さなかったのね」
王女殿下の口元がわずかにすぼめられる。実に子供らしくて可愛い反応だが、おそらくこれも計算されたものだ。王女殿下が大人びた考えの持ち主だと私は知っている。
けれど令嬢は知らないようで、青ざめたまま弁解しようとしてどもっている。
令嬢の反応に、王女殿下は冷静になるように、とお茶を勧めた。
だが、お茶が熱いと気づいた王女殿下は、水は用意していなかったとおろおろしだす。
もちろんこれも演技だと、今ならよくわかる。
王女殿下の侍女も話を知っているようで、ここぞとばかりに「訓練場から水差しを調達した」と殿下に申し出た。侍女が手にした水差しには、たっぷりの水が入っている。
訓練場の水差しはたくさんあるものの、すぐに空っぽになり、よく見習いが水を汲みに走っている。
よく借りられたものだと思っていたら、侍女がとんでもないことを言いだした。
「訓練場を訪ねましたら、折よく第二王子殿下の事件で押収された水差しが返却されたところでして。その水差しなら余っているからと、貸していただきました」
正気か? あれは証拠品だ。軍がそう簡単に貸しだすはずがない。ましてや水を入れて人に飲ませるなど、到底ありえない。あれはたぶん、別のものだ。
私があれこれ考えている間も、王女殿下と侍女は毒について話をしている。
ただし、二人は毒と明言していない。それなのに、令嬢は異様なほど怯えて逃げだそうとした。
だが腰を抜かしたのか、令嬢はその場に座り込んでしまった。それでも逃げだそうと必死に足掻いている。
やがて令嬢は逃げだせないと悟ったらしく、ガタガタと震えながらも深く頭を下げた。そして許しを請うて頭を上げると、縋るように王女殿下を見る。
かたや王女殿下は、何も知らない態のまま、令嬢に決定的な一言を浴びせた。
「あなたは、他人にお菓子を贈っているではないの。だったら、わたくしが用意したこのお菓子も受け取らなくては筋が通らないわよね?」
令嬢がはっとしたような顔をする。
それからゆっくりと頭を下げ、消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にした。




