番外編・謎の少年3【イライアス】
「ショーン、入るぞ」
とある部屋の前で足を止めると、声をかけて中に入る。
どうせ気づいていないだろうから、承諾はいらない。彼は側で話しかけないと、自分の世界から出てこられない男だ。長年の付き合いでわかっている。
「ちょっと調べてもらいたいものがあるんだが」
机に向かって本を読んでいる男に近寄ると、普段よりも声を上げて話しかける。
すると、肩を激しく震わせて、男――ショーンが顔を上げた。清潔感は辛うじてあるものの、目の下に大きな隈ができている。
「……びっくりした。イライアスか」
「また新しい薬草を手に入れて喜んでいたのか?」
「それは昨日で終わった。次は遠く離れた南の島の薬草を狙っているんだが、軍からの依頼で手間取ってしまってね」
「……まあ、ほどほどにな」
無駄だろうと思いつつも、注意をしておく。
ショーンは珍しく素直にうなずいていた。
「で、今日は何を調べてもらいたいって?」
「これなんだが……」
制服のポケットに入れていた物を取り出し、ショーンに見せる。保管庫でエーレが投げてきた物だ。
あの時エーレは『食べて』と言っていた。丸い形状で紙に包れていることから、たぶん飴だと思う。
とはいえ、本当に飴か疑わしい部分もあるので、薬師であるショーンに調べてもらおうと考えたのだ。
ショーンは、私の手のひらの上にある飴をつまみ、ゆっくり一回転させる。
それからいろんな角度で飴を眺め、包み紙を開けると、中のものをぱくりと食べた。それはもう、なんのためらいもなく。
「……は? おい、ちょっとそれをペッとしなさい、ペッと!!」
驚いて一瞬固まったが、すぐにショーンの口をこじ開けようと手を伸ばす。
しかしショーンが遮った。そこから熱い攻防が始まる。
「いて、いてて! お、落ちっ、落ち着け、イライアス、大丈夫だからっ」
「大丈夫なものか! 解毒剤はないのか?」
「本当に大丈夫なんだって! 僕は死なないよ。これ、毒じゃないんだから」
ショーンの言葉でぴたりと動きを止める。
「毒じゃ、ない?」
「そうだよ。だから落ち着けと言っただろう? これは、正真正銘の飴」
断言されて、ほーっと息を吐く。よかった。私のせいでショーンに何かあったら悔やんでも悔やみきれなかった。
「なぜ飴だとわかった?」
「紙に包まれた状態でくまなく見たけど、どこにも注射針の跡はなかった。で、次に包み紙は特殊な糊で接着されていて……」
ショーンの話は止まらない。
要約すると、この包み紙は、とろみのある植物の成分で糊付けされている。糊は世に知られていない特殊なもので、製法を知るものはごくわずか。この糊を使用した包み紙は、開けると一目でわかる。だからショーンは、この飴が開けられていないと一発でわかった、ということだった。
「……そして最後に、この飴はうちの実家で作られている」
「ん?」
「実家から、脅されているとか、被害が上がっているとか、そういった類の連絡はいっさいない。よって、これはなんの変哲もない飴、というわけ。わかった?」
そうだった。この男の実家は商家だった。
特殊な植物というのもショーンの案だろう。
飴と判明したとたん、どこかに吹き飛んでいた疲労が再び戻ってきた。
がくりと項垂れ、あとに残ったものを見る。包み紙が一枚。なんだか空しい。
「まあ、においがしなかった時点で、うすうす気づいていたけどね。それで、なんだって飴を調べたかったんだい?」
「……聞いてくれるな」
「ま、いいけど、その腰ベルトに、むき出しで留められているナイフと関係があるの?」
「え? ……あ。そうか」
ショーンに言われて、ナイフの存在を思い出す。これは邂逅直後にエーレが投げてきたものだ。
部屋を出る時によく見もせず拾ったのだが、なんだか見覚えがあるような……。
ナイフはかなり短く、刀身がやや細めで両刃だ。切るよりも、投げつけるのに適したデザインになっている。
持ち手の部分とされる柄は至って簡素で、握りやすいようにゆるく湾曲している。
「かなり軽量化されたナイフだね」
ショーンの指摘に黙ってうなずく。
エーレのナイフは独特だ。おそらく彼の負担にならないようにかなり軽くしているのだと思う。
持ち手がないのは、ナイフで打ち合うつもりがないからか。おまけに殺傷能力がない。完全に威嚇用だ。そして、今はっきりと思い出した。
「このナイフはあの時の……」
御前試合の直前に行なわれた手合いにて、私の不戦敗を企む同僚から護るように投げられたナイフ。あれとまったく同じだ。
あの時も、近くにグロリアーナ王女がいらした。おそらくエーレも殿下の側にいて、私を助けてくれたのだろう。
しかしだからといって、保管庫への侵入がなかったことにはならないが。
「その様子だと道は拓けたみたいだね。なら、もうここには用がないってことでいいかな。お帰りはあちらで」
ショーンの中ではすっかりと話が終わっていたようで、すでに手元の本に目を落としていた。
彼はこちらを見ずに手だけで扉を示している。相変わらず、薬草に関する情熱が凄まじい。
私への興味を失った友人に苦笑しながら、部屋を出た。
それから数日後。いつものように捜査に当たっていると、上司に当たる騎士隊長から別の任務を言い渡された。
「……第三王女殿下のお茶会に立ち会え、ですか?」
聞き間違いかと思って尋ねてみる。だが、騎士隊長からは肯定の言葉しか返ってこなかった。
「ああ、パーティーの警備はよくあるだろう。第三王女殿下が今回初めて知人を招待するらしい。それで王太子殿下がたいそう心配されてなぁ。見覚えのある私や副騎士隊長たちを指名されたのだ。あとの人選は我々に任せると仰せだ」
「なぜ私が選ばれたのですか?」
「本気で言っているのか? 君は御前試合の優勝者だろう。強さで言えば護衛騎士にも劣らない」
御前試合の勝利はただの通過地点にすぎない。自身が優勝したことも、ここ最近の悩みですっかりと忘れていた。
忘れていた事実をごまかすように、小さくうなずく。
「ですが、それだけの実力者たちを集めても、身辺警護ではないのですよね?」
「そうだ。あと、物々しいと相手が委縮するから、我々は隠れていてほしいそうだ」
「それは王太子殿下が、ですか?」
「いや、王女殿下からだな」
ますます意味がわからない。我々が目立つところにいた方が抑止力になるはずだ。
令嬢が委縮するというのは理解できる。だが、強い人を集めておいて、隠れていろとはどういうことか。殿下はいったい何をされたいのか。
「上の考えは我々にはわからん。いつもの警備に可愛らしい我儘が追加されたと思えばいい」
「可愛らしい我儘で、そうそうたる者たちを自由に差配できるのも不思議なものですね」
別に嫌みではない。王女殿下の我儘はいくらでも叶えてやりたいとも思う。
一方で、なんとなく気分が晴れない。
「どうした、イライアス。なんか不満そうだな」
「いえ、そんなことはありません。以上でしょうか?」
「ああ。打ち合わせは明日小会議室で行なう。参加するように」
騎士隊長の話に短く返事をする。この日の話はこれで終わった。
ショーンにのみ、おかん属性のイライアス。




