番外編・謎の少年2【イライアス】
エーレは、落下しながら縄を取り出し、それを器用に使って近くの木の枝に降り立った。大惨事にならずに済んで胸を撫で下ろす。
「よかった……ん?」
木に立ったまま、エーレがこちらを向いたような気がした。とたんに今の状況を思い出す。
……そうだ。ほっとしている場合じゃない!
自分のやるべきことを思い出し、床に落ちていたものを拾って、保管庫をあとにする。
規則は無視だ。全力で走り、階段を下りる。
途中、同僚たちとすれ違った。みな一様に驚いた様子を見せている。
そんな彼らに保管庫の施錠を頼めば、彼らは不思議そうにしながらも承諾してくれた。
同僚たちに礼を告げる暇もなく、転がるように外に飛び出す。
必死に走って建物の裏に回れば、先ほどいた木の側にエーレはいた。
エーレはすでに木から降りており、近づく私に気づいて走り出す。逃がすか!
ここまでずっと走り続けたので軽い疲弊はある。しかし、騎士の体力を舐めないでもらいたい。
すばしこく足が速いといっても、所詮は子供。次第に距離を縮めて追い詰めていく。
……それにしても、エーレはどこに向かっている?
エーレは迷う素振りも見せず、まっすぐどこかに向かっている。
先にはいくつか建物があるため、現時点でエーレの目的地はわからない。
このままエーレを泳がせてあとをつければ、何かわかるだろうか。そう考えた矢先、エーレが建物の角を曲がった。
そこで己の失敗に気づく。この先にあるのは王女宮のみだ。
……しまった、殿下が危険だ! 早くエーレを!!
殿下を危険に曝すわけにはいかない。焦燥感に駆られながら建物の角を曲がる。だが。
「……は!?」
角を曲がった先に、エーレの姿がなかった。
いったいエーレはどこにいった? 息を整えながら辺りを見回す。
建物に侵入した形跡はなく、ほかに隠れられる場所もない。距離だってだいぶ詰めていたのに、その状況で見失うなどありえるか?
とはいえ、エーレがいなくなったのは事実。ならば私は、やれることをするだけだ。
……とにかく王女宮に向かおう。
考えていても何も始まらない。こうしている間に、殿下の身に危険が及ぶかもしれないのだ。
どこかにエーレが潜んでいるかもしれないから慎重に、けれどできるだけ急いで王女宮に向かった。
王女宮の見張りに、極秘事項として話を通し、中に入る。
エーレが通った道や、王女宮の大まかな造りを踏まえて、宮殿には入らずに庭に足を向けた。
王女宮は、三人の王女の部屋がある。詳しい構造の情報がないため、私の今いる場所が、どの王女殿下の区画かも不明だ。
……衛兵の位置も、態度も問題ない。エーレが来たようにも見えない。こちらではないのか。
衛兵たちに不審に思われないよう堂々と歩きながら、エーレを探す。
そのままどんどん奥に進んでいくと、ある辺りを境に人の姿がまったく見当たらなくなった。
本来なら見張りを置いておかなければならない場所に衛兵がいない。意図して人を遠ざけているように思える。
ここにはいったい何があるのか。疑問を抱きながらも、細心の注意を払って歩を進める。すると少しも行かないうちに、エーレを見つけた。
とっさに駆けだし、エーレのもとに向かう。だがかなり距離があるため、なかなかたどりつけない。
一瞬、声をかけようかとも思った。けれど、ある意味で私も侵入者だ。査定に響くと困るため、事を荒立てたくはない。ましてや先ほど規則を破ったばかりだ。ぐっとこらえてひたすら走る。
しかし私の努力は徒労に終わり、エーレは縄を伝って二階の部屋に入ってしまった。姿を見せずに縄が引き上げられていく。遅かったか。
エーレが中に入ってからだいぶ遅れて窓の下に着き、乱れた息を整える。直後、エーレがいる部屋から声が聞こえてきた。
「ただいま、みんな……」
エーレの声だ。まだ仮面をつけているようで、声が聞き取りにくい。
「おかえりなさいませ、エーレ様。今のところ何も異常はございません」
この声は女性か。話しぶりからすると、エーレはここで雇われているらしいが、部屋の主は誰だ? なんの目的でエーレを? さらに情報を得たくて聞き耳を立てる。
だが、エーレは窓から離れてしまったようで、声があまり聞こえなくなってしまった。
「よかった……いる?」
「……一緒……ですか?」
「ただいま戻りました! いやあ、……エーレってば意外な行動……心臓がいくつあっても……」
断片的すぎてわけがわからない。とはいえ、エーレがここの主の配下だとわかった。
あとは、どういう理由でエーレを保管庫に侵入させたのか、それが知りたい。
「……レミ、おかえりなさい! ……だった?」
……ん? この声は、グロリアーナ王女殿下? あの部屋は殿下の私室なのか?
嫌な意味で鼓動が速くなる。殿下はなぜこのようなまねをなさったのか。
いや、そんなことより、エーレは殿下の配下だったのか。あの口調からして仲が良さそうだ。そう思ったら、無性にイラっとした。
「……?」
わけがわからず首を傾げる。すると再び部屋の中から声がした。すぐに耳を傾ける。
「……エーレが飛び出した……から……出てきました。それより……」
「そう! そうなの! 本当に素敵! かっこいいわ。いつまでも見ていたい……」
「!?」
殿下は誰に対してそのようなことを言われたのか。……もしかして、エーレに?
なんだか、もやもやする。この気持ちはなんだろう。殿下の部屋をじっと見ながら考える。けれど、答えは一向に見つからなかった。
先ほどの会話が最後だったようで、殿下たちの声が聞こえなくなった。仕方なく軍の本部に戻る。
行きとは違い、足取りは重い。頭の中で殿下の言葉が何度も繰り返される。
「よ、イライアス。さっきはあんなに元気だったのに、どうした? 干からびた花のようだぞ?」
とぼとぼと歩く私の肩をポンと叩いてきたのは、私が施錠をお願いした仲間の一人だ。
「お前か。さっきはすまなかったな」
「気にするな。それより、なんかあったんだろ? 保管庫の鍵はちゃんとかけておいたから、そんな顔するなって」
「ああ、実は……」
そこまで言いかけて、ふと先ほど拾った物のことを思い出す。とたんに靄が晴れた気がした。
「え? あ、おいっ!」
「すまない! 思い出したことがあるんだ。話はまたあとで!!」
言うやいなや、今来た道を戻り、別の場所に向かう。
目的地に近づくにつれて、不思議な匂いが漂ってきた。
追いかけっこのイライアス視点です。
獲物を狙う肉食動物と狙われた子ブタ(の仮面)の図。
本人は鬼の形相をしていると気づいていない……。




