番外編・謎の少年1【イライアス】
ep.18 『葛藤』のあとの話です。
王太子殿下に指摘されたあの日から、ひどく悩み続けた。それはもう、食事が手につかないほど……ではないが、とにかく悩んだ。
倫理的な問題についての悩みはもちろん、一番の悩みは自身の気持ちについてだった。
“遠からず王女殿下を想っている”といっても、想いの種類はたくさんある。本当に恋愛的な意味合いなのか、親愛なのか。
寝ても覚めても悩み続け、結論が出ないまま月日が過ぎていった。
そうして悶々としていたある日、第二王子殿下が倒れたとの一報が入った。
私も捜査に加わるよう言われ、以降は目まぐるしい日が続いた。王女殿下のことを考える暇もないくらいの忙しさだ。
それも影響して、私の辺境行きの日程は大幅にずれ込むことになった。この件が片づかないうちはまず無理だろう。
早く王女殿下の護衛になりたくて焦る気持ちと、まだ殿下を見守っていられる嬉しい気持ちが半々だった。
しかし、嬉しい気持ちは最初だけで、次第に焦りが増していった。捜査が進まなくなったからだ。
それでも、少しずつ赴任の準備を進めていく。
そんな毎日を送る中、たまたま通りかかった部屋の前から人の声が聞こえてきた。
ここは、犯罪の証拠品を保管する部屋だ。軍本部の三階にあり、人気はあまりない。きっと、誰かが上に命じられて入ったのだろう。
そう思っていたが、ふと中から聞こえる声が高いことに気づいた。
不思議に思って扉に耳を寄せる。聞こえてきたのは子供のような声。くぐもっていてはっきりとしないものの、兵士たちの中に該当する声の者はいないはずだ。
どこか引っかかりを覚えて、扉の取っ手にそっと手を添える。
音がしないように気をつけて、ゆっくりと取っ手を回すと、すんなりと回った。
そのまま、扉を少し押す。先ほどよりも声が鮮明に聞こえ、その声で侵入者だと気づいた。
すぐさま扉を開けて中に入る。
「誰かいるのか?」
声をかけてみるが、人の姿はない。なぜか気配すらも感じられなかった。
不思議に思いつつ、部屋の中を検める。人が隠れられる棚と棚の間は、特に念入りに。
そうして最後の棚にさしかかった時、突然何かが飛んできた。
「なっ!?」
対処しようと慌てて身構える。
だが、様子がおかしい。向かってくる物の位置を把握するに、どう考えても私を狙うような軌道ではないのだ。
その読めない攻撃のせいで、反応が一瞬遅れた。
急に人が現れて、私の脇をすり抜けていく。
あ、と思って振り返ると、真っ黒で小柄な人物が窓辺に駆け寄っていた。私も急いであとを追う。
侵入者は勢いよくカーテンを開けて窓を開ける。その隙に剣を取り出して、侵入者の喉元に刃を添えた。
「っ!?」
侵入者が降参を示すように、両手を自身の顔の脇まで上げた。私にとっては、胸元ほどの高さだ。小さいとは思っていたが、これはまるで……。
「子供? ……だとしても容赦しない。顔を見せろ」
たとえ子供でも、保管庫に侵入できるだけの腕があるのだ。油断はできない。子供の一挙手一投足に注意しながら指示を出す。
すると、警戒心のない動きで子供がこちらを向いた。
子供は一風変わった仮面をつけており顔が見えない。しかも、ゆったりとしたローブにフードを被っているせいで、姿形も定かではない。
思わず眉間に皺が寄る。
「豚の仮面? ふざけているのか?」
子供がつけている仮面は、抽象的で可愛い豚がモチーフだ。この仮面なら少女でも喜んでつけるだろう。
とはいえ、身のこなしや口調を考えると、この子は少年の可能性が大きい。
「ふざけている? 全然」
相変わらずくぐもった声で少年が断片的に答える。言葉に抑揚はなく、さながら精巧な人形のようだ。
けれど少年は間違いなく人間で、そのうえ大人顔負けの動きを見せている。私との会話も冷静であり、剣を向けられても動じる様子がない。きっと、幼い頃から並々ならぬ訓練を受けたのではないだろうか。もしくは天才肌か。
「……どうやってここに入ってきた」
「普通に正面から」
嘘をつくな。正面から入ったら誰かに見咎められるはずだ。そう言いたいが、相手のペースに呑まれるのは得策とは言い難い。
少年の嘘を暴くように、一つ一つ矛盾点を挙げる。
「この部屋には鍵がかかっていたはずだ。そもそも、正面から入ったら衛士に止められるはずだが?」
「……」
とたんに少年が黙る。そのまま自供してくれたら追及が楽だが、少年に口を割る素振りは見られない。
待っていてもたぶん何も言わないだろう。ならば、と別の角度から切り込む。
「なら話を変える。誰に頼まれてきた。依頼人がいるはずだ」
「依頼人はいない」
またも淡々と少年が言う。
これも嘘だと思ったが、たいていの者は言いたくない場合『知らない』と言ってくる。しかし、少年の答えは違った。どういうことか。
「いない? ならなぜここにいる? お前は誰だ?」
保管庫に来た目的が必ずあるはずだ。誰かに指示されていないのなら、少年の意思で来たことになる。
彼は、誰だ? 訊いたところでどうせ答えてくれないだろうと思いつつ、尋ねる。
すると、少し間を置いて少年が声を発した。
「エーレ」
期待していなかった答えが、わりとすんなり返ってきた。エーレと名乗っても問題がないようなので、十中八九偽名だろう。
だが、いくら偽名でもその名はどうなのか。
「エーレ? 女性の名……いや、男性でもなくはない、か?」
エーレという名は女性に多い。知っていて名乗っているのだとしたら、この子は少年ではなくて少女ということになるが……。
いずれにしても仮面が邪魔だな。
「では、エーレ。その仮面を取ってもらおうか」
そう言ったとたん、エーレが身じろぎをした。本人でさえ自覚していないような、ごくわずかな動きだ。だが、動揺しているとわかれば十分だ。
まったく動く気配がなくなったエーレに、さらなる追い打ちをかける。
「外す気がないなら、仮面の紐を切るが?」
剣の切っ先をつっと上にずらし、こめかみのあたりでぴたりと止める。仮面とフードを繋ぐリボンがある場所だ。
エーレの動向に注意しながらリボンを切ろうと手首を返す。
その瞬間、部屋の端の方からカツン、と音がした。思わず手を止める。
「っ! もう一人いたのか!」
協力者がいるとは思わなかった。慌てて音がした辺りを見る。だが、誰もいない。
……? おかしい。なぜ誰もいない? 人の気配すらないが……。
状況を理解できず、そのまま深く考え込みそうになる。
その隙を狙うかのように、何かがこちらに飛んできた。
そう何度も同じ手は食わない。
飛んできた物をさっとかわしてエーレを見る。エーレは窓枠に上がって外に飛び出さんばかりの状態だった。
「それ、あげる。食べて笑顔になって」
「待て!」
「……ごめんね」
エーレの言葉で何をするのか気づいた。彼は逃げる気だ。
せっかくここまで追い詰めたのに、逃してたまるか。絶対に捕まえてやるという思いで、エーレに手を伸ばす。
だが、そんな私を嘲笑うかのように、エーレが窓枠を蹴って外に飛び出した。……は? ここは三階だが!?
外に足場はなく、飛び移れるようなものもない。
慌てて窓から顔を出すと、エーレと目が合ったような気がした。
こちら本編ep27『見劣り姫は保管庫に潜入する2』とリンクするお話です。
グロリアーナ視点とイライアス視点では、少々感じ方が違います。
扉の開け方とかがそうですね。
そのあたりを比べてみるのも楽しいかもしれません。
※少し修正しました




