見劣り姫は騎士と話をする4
……私が危険に陥ったあと、イライアスがすごくつらそうな顔をしていたけれど、彼の願いが私の護衛なら、あの表情はもしかして……。
イライアスがお茶会で浮かべた表情の意味がわかった気がして、思いきって訊いてみる。
するとイライアスは少しだけ眉尻を下げて、恥ずかしそうな顔をした。
「お気づきだったのですね。お恥ずかしながら、殿下をお護りできなかった自身の不甲斐なさを悔いておりました。なぜ、自分はまだ殿下の護衛でないのだろうと悔しくて……」
「まあ。そのようなことを? わたくしは幸せ者ね」
イライアスは本気で私の護衛を目指しているようだ。
いくら私でも本人の胸の内は聞けないから、彼の気持ちを知れて本当に嬉しい。
だがその反面、今すぐ護衛に就いてくれてもいいのに、と不満も抱く。
「でも、なぜ移動なのかしら? 護衛になるだけなら辺境に行く必要はないと思うのだけれど……」
「理由はまだ申せません。ただ、私には武勲が必要なのです」
私の筆頭護衛騎士メイナードは、御前試合で優勝してそのまま私の護衛に抜擢されている。だから私の護衛になることに武勲は必要ないはずだ。
だが、イライアスには必要だと言う。どうしてなのか考えてみるけれど、理由は何も思い浮かばない。
「なぜ、と聞きたいけれど、だめなのね?」
「申し訳ございません。時がきたらお話いたします」
「そう。無理に尋ねてごめんなさい」
「とんでもないことでございます。……グロリアーナ様」
イライアスがゆるゆると首を振る。そうかと思えば、席を立ち、私の側で片膝をついた。
いった何をするのだろう。側にいるメイナードが反応していないので、彼に疚しい気持ちがみじんもないのはわかるけれど……。
怖さ半分、期待半分でイライアスの次の行動を見守る。
イライアスは断りを入れてから、私の手をさっとすくってきた。そして、流れるような動きで自身の額に私の手の甲を当てる。
とたんに胸の鼓動が激しくなった。
……なななななな、何!? どういうこと?
混乱も混乱、大混乱だ。心の中で慌てふためきながら、触れられた手を見る。
「あの、イライアス……?」
何がイライアスを突き動かしているのか、彼の気持ちはわからない。
でも動作の意味はわかる。これは許しを請う行為だ。確か手順は……、と必死に記憶をたどる。今にもはちきれそうな心臓をなだめるための、現実逃避とも言う。
「……グロリアーナ様。私はあなたの護衛になるために辺境に赴き、武勲を立ててまいります。あらゆるものから、あなた様をお護りする力を身に付け、必ずや戻ってまいりましょう。ですから、どうか私のことをお忘れにならないでいただきたいのです」
切羽詰まるような、懇願するような声。すでにイライアスに落ちている私には、心のより深いところに突き刺さった。
「惚れた弱みは実際にあるのよね」とエッタ姉様が言っていたけれど、それがたぶんこれだ。
今すぐ膝をついてイライアスの手を両手で握り返したい。そんな欲望にまみれた衝動を懸命にこらえる。今はまだ猫を被っておきたい。
「あなたを忘れるなど、ありえないこと。わたくしの護衛になりたいのなら、無事に戻っていらして。わたくしはこの地で待っているわ」
私ができる精いっぱいの言葉をかける。
直後、ゆるゆるとイライアスが頭を上げた。
「はい。必ず。一日でも早く戻ってこられるよう、粉骨砕身してまいります」
「あまり無理はしないようにね。それで出立はいつなの?」
「一週間後です」
「そう。なら、餞別をもって会いに行くわ」
これで最後なんて絶対にイヤ。しばらく会えなくなるのだから、最後にもう一度話がしたい。単なる私の我儘だ。
イライアスも薄々察しているだろうに、私の言葉に嬉しそうに笑った。
「グロリアーナ様にお会いできるのを楽しみにしております」
……だからその顔! 大好物なのよ!
素の表情の時は冷たくすら感じるのに、笑うと破壊力がすさまじい。
今は下から見上げられていて、破壊力がさらに増している気がする。
私はこの笑顔で落ちたと言っても過言ではない。間近で見せられると胸の鼓動がおかしくなって困る。
顔つきも王女らしからぬものになりそうで、慌てて扇子で口元を隠した。
「わ、わたくしも楽しみにしているわ」
なんとかそれだけを伝える。
やがて気持ちが落ち着くと、再びイライアスのエスコートで庭園をあとにした。
イライアスと自室近くの廊下で別れ、始終置物に徹してくれたメイナードとともに部屋に戻る。
出迎えてくれたのは、お茶の準備をしていたヘラだ。
「姫様、おかえりなさ……って、どうかなさったのですか!?」
取り繕っていたけれど、自室に戻ったら気が抜けてしまったようだ。ひどい顔になっていたらしく、ヘラが心配そうにこちらを見てくる。
その優しさがあと押しとなり、抑えていた感情があふれだした。
「ヘラ……。彼が、イライアスが、辺境に行ってしまうの……」
「え? 辺境? いえ、それよりもまずは座りましょう。ただいまお茶をお淹れいたします。マクシェーン卿、姫様を」
「ええ。姫様、あちらにどうぞ」
メイナードに促され、緩慢な足取りでソファーの前に行く。そして、糸が切れたかのようにソファーに倒れ込んだ。少しだけ体が跳ね返る。
すかさずメイナードが私を支えてくれた。おかげで、ソファーからずり落ちるという無様な結果は免れた。
「熱いので気をつけてくださいね」
ソファーにもたれながらボーっとしていると、目の前にお茶が置かれた。
少しして、爽やかな匂いが漂ってくる。
どこかに行っていた意識をお茶に向け、ゆるゆると手を伸ばしてカップとソーサーをとる。一口飲めば、ベリーと思われる酸味が口の中いっぱいに広がった。
「どうして情報が入ってこなかったのかしら……。ほかにも辺境に行く人がいるのに」
「上の方で情報が止められていたんでしょうね」
私の独り言に、メイナードが答えてくれた。軍ではよくあるらしい。
「西は今重要な局面を迎えていたわね。そのせいかしら?」
「おそらくそうかと」
「ねえ、メイナード。専属護衛騎士になるのに武勲は必要かしら?」
「少しは必要です。専属護衛騎士になるために御前試合の優勝は必須とされていますので。ただ、辺境に行く必要はないと思います。少なくとも私の時はそんな話はありませんでした」
メイナードが静かに首を振って言う。やはり普通は辺境赴任がないようだ。
「なぜ大手柄を立てる必要があるのかしらね。すぐに私の護衛になってくれていいのに……」
「姫様の護衛、ですか?」
ヘラが不思議そうに尋ねてきたため、先ほどの話をする。ヘラはかなり驚いた様子だった。
「王太子殿下ではなかったのですね。王太子殿下の護衛なら、武勲もなんとなくわからなくもないですが……」
「でもイライアスは、私の護衛に就きたいと言ってくれたのよ?」
「あ……」
ヘラと話をしていると、側にいたメイナードが何かに気づいたような声を発した。ヘラと二人、メイナードを見る。
「どうしたの、メイナード。何か知っているの?」
「いえ、知っているわけではないですが、その……」
「まあ、マクシェーン卿。お話を濁すなんていけませんね。自発的に言いたくなるよう、おまじないをして差し上げましょうか?」
「暗部仕込みの取り調べをするのはやめてください」
首を回して準備運動を始めたヘラに、メイナードが顔を引きつらせる。暗部の取り調べはかなりひどいから、そのような顔になるのも仕方がない。
とはいえ、このままでは埒が明かない。二人の会話に割って入る。
「ヘラ、そのくらいにして。それで、メイナード。あなたはいったい何を知っているの?」
「おそらくそうだろうという理由は思い当たりますが、それを私が言うのは憚られます。彼も言っていたでしょう。時がきたら話す、と」
「ええ、そうね。言っていたわ。あなたも言えないのね?」
「私が言ってはいけないことだと思いますので」
メイナードの真剣な顔を見るに、たとえ命令したとしても絶対に口を割らないだろう。
それに、話をしているうちにイライアスから聞きたいな、と思ってしまった。だから、これ以上メイナードを問い詰めるのはやめる。
「わかったわ。訊かない。でも…………今日だけは落ち込ませて~!」
言いながらソファーに突っ伏し、側にあったクッションをぎゅっと抱きしめる。
それでも気持ちが収まらなくて、クッションに顔を埋めてちょっとだけ泣いたのだった。
エッタ姉様→長姉ヘンリエッタ
少しだけタイトルをいじりました。




