見劣り姫は騎士と話をする3
恐る恐るイライアスの様子を窺う。
「頼りになる部下……」
……あら? イライアスの様子が少し変?
イライアスがわずかに目を見開いたかと思えば、すぐに目線を下げて無言になった。彼の表情は、どこか苦しげだ。
「イライアス、どうかなさって? エーレがあなたに何かしたのなら、わたくしが謝罪するわ」
当てるつもりはなかったとはいえ、ナイフを投げるわ、飴を投げるわ、やらかした記憶はある。
それゆえ謝罪をすると言ったのだが、イライアスは緩く首を振るだけだった。
「いえ。グロリアーナ様が謝罪なさるようなことは、何もございませんでした。エーレを忍び込ませたのも、被疑者から自供を引きだすため、だったのでしょうから」
核心をついたイライアスの言葉に、思わず息を呑む。
……どうしてイライアスが知っているの? ……ううん、当たり前ね。
保管庫侵入時と、お茶会の時に居合わせたのなら。そして、私がどちらにも関わっていると知っているのなら、結びつけて考えることも可能だ。
とはいえ、この話は続けたくない。暗部の存在は隠したいから、何かほかの話題はないかと思考を巡らす。
「……そう、だわ。話がまた途中だったわよね。先ほど、挨拶回りと言っていたけれど、何かあるのかしら?」
我ながら、不自然な話題の逸らし方だ。だというのに、イライアスは一つも嫌な顔をせずにうなずいた。
「ええ。実は王都を離れることになりまして、方々に挨拶をしておりました。本当はもっと早くに離れる予定でしたが、第二王子殿下の件で人手が足りないと引き留められ、今になってしまったのです」
「……え?」
イライアスの話を聞いて、心臓が嫌な跳ね方をした。そうかと思えば、ドクン、ドクンと音が聞こえそうなくらい激しく脈動する。
心なしか胸のあたりが詰まったような感覚で、わずかに息が浅い。
……なぜイライアスが王都を離れなくてはならないの? そんな話は一度も聞いていないわ!
情報収集はこまめにしてきた。だが、イライアスが王都を離れる話は一度も耳にしたことがない。イライアスにちょっかいを出した衛士たちが移動した話は聞いていたのに。
忙しなく視線をさまよわせて記憶をたどる。でも、思い当たる節は一つもなかった。
「……王都を離れる? あなたが?」
わけがわからず困惑し、つぶやくように尋ねる。すると、イライアスが力強くうなずいた。
「はい。近々辺境に配属されることになっております」
辺境と聞いて、大きく目を見開く。
辺境はいくつかあるが、おそらくイライアスが行くのは、今も揉めている西だ。王都から西の辺境までは馬車で三週間ほどかかる。
おいそれとは行けない距離で、気持ちが沈む。
「それは……なぜ、と訊いてもよろしいかしら?」
イライアスが失敗した話は聞いていないから、理由はもっと別のことなのだろう。
尋ねることに迷いはあったけれど、思いきって聞いてみた。
「元々、陛下からお話を頂戴しておりました」
「お父様から?」
「ええ。御前試合の時にお目に留めていただきまして、私の希望をお汲み取りくださったのです」
「あなたの希望は、ウィル兄様の護衛騎士になることだったかしら?」
御前試合で話をした時のことを思い出し、確認するように尋ねる。
イライアスは意外にも頭を振った。
「いいえ。少し違います。確かに、王太子殿下よりありがたいお話をいただきました。ですが、そのお話はお断りしております」
「まあ、そうなの? わたくし、勘違いしていたのね」
思ってもいなかった返答に、目を数回ほど瞬かせる。
てっきりウィル兄様の護衛だと思っていたけれど違うらしい。いったい誰の護衛になりたいのか。疑問に思って首を傾げる。
「その場で訂正しなかった私にも落ち度があります。誤解を招いてしまい申し訳ございません」
「単なる言葉の行き違いですもの、謝らなくてもいいわ。それより、イライアスは誰の護衛を希望していたの?」
話しの流れで訊いてみる。そのとたん、イライアスが何かを訴えるような目で私を見てきた。
力強い視線に引きつけられて、目が離せない。気を許せば、イライアスに手を伸ばしてしまいそうだ。
「あ……。イライ、アス……」
ときめく心を抑えられない。もっと私を見て、私の名前を呼んで、と心が叫ぶ。
今の会話は情熱的な内容ではなかったのに、力強い目で見られたらたちまち思考が飛んだ。
だがすぐに我に返り、『浮かれてはだめよ』と、頭の中で何度も制止の言葉を繰り返す。
今日のイライアスは変だ。それほど多く接していないから一概には言えないけれど、いつもよりも動作が甘い気がする。
おかしな表現だが、甘いと感じるのだから仕方がない。言葉は、動作と違って特別な感情は乗っていないのに。
戸惑いながらイライアスを見つめる。すると、彼がゆっくりと口を開いた。
「あなたです、グロリアーナ様」
「え? わた、くし……?」
思考が追いつかない。先ほどから疑問や戸惑いばかりだ。特に今回は混乱している。
なにせ、御前試合で話をするまで一度もイライアスと話をしたことがないのだ。それにもかかわらず、あの時点で『自身の剣はたった一人のためと決めている』とイライアスは言いきっている。接点がないのに、剣を捧げる覚悟をするなど普通ではありえない。いったいどういうことか。
そんな私の疑問に気づいたのか。イライアスが答えを口にした。
「グロリアーナ様がお生まれになって少し経った頃に、お会いしたことがございます。その時に誓ったのです。将来護衛騎士になってあなた様をお護りするのだ、と」
さらっと告げられたために聞き逃しそうになったけれど、突拍子もない話だ。あまりに驚いて、一瞬反応が遅れる。
「……初めて聞いたわ。でもそれなら、なぜあなたはわたくしに会いに来てくださらなかったの? あなたとは接点がまったくなかったように思うのだけれど?」
「一秒でも早くグロリアーナ様の護衛になりたくて、時間が許す限り剣を振っておりました。……重い、でしょうか?」
重いなど、私がイライアスにそのような感情を抱くわけがない。静かに首を振る。
私もたいがいだ。自分がとった行動を思い返せば、彼の行動に非難の声を上げるはずもない。
「いいえ、まったく」
「よかった」
私の言葉で、強張っていたイライアスの顔が明らかに柔らかくなる。憂えはちゃんと晴れたみたいだ。
嬉しくなって口角が上がる。そんな中、ふとあることが頭を過った。
【お知らせ】
お気づきだとは思いますが、タイトルを変えました。
ただ、以前にもお知らせしましたが、変更後の状況次第では戻すかもしれません。
すでにお読みいただいている方々には混乱を招いてしまい申し訳ありません。
前タイトル『どうやら私は見劣っていないようです』
旧タイトル『恋に落ちた見劣り姫は秘された才能を開花させる』




