見劣り姫はお茶会の準備をする
「ふぅん、なるほどね。よく考えたね、リア。なかなかよい作戦だと思うよ」
「本当ですか!? 嬉し……」
ひとしきり説明を終えたあと、ウィル兄様が感心したような顔で褒めてくれた。
思わず喜びの声を上げかける。しかしそれは、ウィル兄様の「だが」という強い否定の言葉で上書きされた。
「それはリアがやらなくてもいいことだよね。一国の王女がするにしては、危険すぎる。だいたいリアは……」
「……っ!」
ついにウィル兄様の説教が始まった。こうなったら兄様は止まらない。ただ諾々と兄様の話に返事をし、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
それからしばらくして、ウィル兄様の説教が下火になってきた。
ヘラが気を利かせて淹れてくれたお茶は、長い説教を経てすっかり冷めてしまっている。
「……リアはまだ子供なんだよ。危険なことも難しいことも、全部我々大人に任せなさい。今回の件も手を引くこと」
「でも、私のせいでランディ兄様が……」
今まですべてはいはいと受け入れていた私が、初めて反論の言葉を口にする。どうしても譲れなかった。
「……話はランドルフから聞いているし、リアの行動も知っている。だからこそ言うけれど、リアは何も悪くない」
「え? でも……私が、監視を続けさせていれば……」
ウィル兄様の口調は先ほどよりだいぶ穏やかになっていた。説教ではなく、諭そうとしているからだとわかる。
「あれは完全にランドルフの落ち度だ。あいつは慢心によって調査を打ち切った。その結果、今回の事件が引き起こされた。それだけだ。リアが負い目に感じる必要はないよ」
「私のせいじゃ、ない?」
「もちろん。ランドルフには、うんざりするくらい説教しておいたから、これに懲りて中途半端に打ち切るまねはしなくなるはずさ」
本当にそうだろうか? 考えることが苦手なランディ兄様なのに?
どこか釈然としなくて顔をしかめる。その顔が面白かったのか、ウィル兄様が笑った。
「まあ、私もできるだけサポートしておくよ。リアもおとなしく自分のやるべきことをしなさい」
「いいえ、兄様。それならなおさら私にやらせてください。これは私が始めた策です。中途半端で手放したくありません」
「しかし、相手は殺人未遂の容疑者だよ。ランドルフの二の舞になるかもしれない。リアの護衛たちだけでは人手が足りなくて危険だ。ここは無難に代役を立てて……」
ウィル兄様が妥協策を提案してくる。だがそれでは私の身にならない。
私は思うのだ。ランディ兄様への罪滅ぼしだったこの策は、きっと将来、私の自信につながる、と。
「代役などいりません。そのまま私がやります。どうしても危険だとおっしゃるなら、周囲にこっそり兵士を配置してください」
「兵士を? なんと言って説明すればいい。『妹の我儘に付き合ってくれ』? 一国を守る兵士たちにそんなことを? 言えるわけがないよね」
「元々なかった人望です。今さらどん底まで評価を下げても、『またか』としか思われません」
城の使用人たちは何も言わない。けれど、私の噂は貴族の間で根強く残っている。
どれも事実ばかりで反論のしようもない。今さら悪評が一つ増えたところで、どうということはないのだ。
「リア……」
「だから、ね。お願い、兄様」
ウィル兄様の罪悪感を利用して、私が有利になるよう仕向ける。
少々姑息な手で、ウィル兄様も私の思わくに気づいているはずだ。だのに、困ったと言わんばかりの表情で大きなため息をつくだけだった。
「……仕方ないね。私は妹たちにめっぽう弱いんだ。兄馬鹿を発揮したことにして協力を要請してみよう」
「ウィル兄様、ありがとうございます!」
「はあ。父上を馬鹿にできないなぁ」
ウィル兄様が苦笑しながら立ち上がる。
新しいお茶を用意すると言ったが、ウィル兄様は執務があるからと私の申し出を固辞して帰っていった。
とたんに部屋が静かになる。
「つ、疲れたわ……」
緊張状態から解放されたせいか、どっと疲れが押し寄せてきた。お行儀が悪いのは重々承知のうえで、ソファーにもたれかかる。当然ヘラに注意された。
「姫様、お行儀が悪いですよ」
「少しくらい大目に見てくれないかしら。ああ、でも、ウィル兄様から許可をいただけたのだもの。次の準備に取りかからなくてはね」
ソファーに沈めていた体を起こして、ゆっくりと立ち上がる。そのまま壁際まで行き、机に向かって座った。
引きだしからレターセットと、インクとペンを取り出して手紙を書く。
挨拶や本題を簡潔に書くと、折りたたんで封筒に入れた。
続けて、封をするために引きだしから蝋を取り出し、焦げないように温めて溶かす。たちまち部屋中に顔をしかめるような臭いが広がった。
もう少しよい匂いにならないものかと思いつつ、溶けた蝋を封筒に垂らす。
蝋が固まらないうちに用意していたスタンプを押し当てて、待つことしばし。蝋が冷めた頃合いでそっとスタンプを持ち上げれば、私の印が入った手紙が完成した。
「さて、と。引きこもったカイリー・トムリンソンを外に出すために、二人だけのお茶会を開くわ。ヘラ。この手紙をカイリーに届けるよう手配してちょうだい。それが終わったら、すぐにここに戻ってきて」
「かしこまりました。私がいない間レミを置いていきます。何かあればレミにお申し付けください」
レミはちょっとだけ抜けている部分があるものの、ヘラが戻ってくるまでの間だけなら問題はない。
承諾の返事をすると、ヘラが部屋を出ていった。入れ違うようにレミが部屋に入ってくる。
レミは、ソファーに座り直した私に新しくお茶を淹れてくれた。
手つきが少々怪しかったが、なみなみに注がれたお茶を一滴もこぼさずに持ってきた芸当は称賛に値する。
「ただいま戻りました」
なみなみと注がれたお茶をどうやって飲もうかと思案する中、ヘラが戻ってきた。
ヘラは私の前に置かれたお茶に気づいたようで、無言で下げる。やはり一滴もこぼれなかった。
「ご苦労様。戻ってきたところで申し訳ないのだけれど、さっそくお茶会の準備を進めたいわ。まずは場所ね。訓練場のすぐ側にあるガゼボでお願い。絶対にそこにして」
カイリーを追い詰める策は場所が重要になる。なんとしても訓練場の側にあるガゼボを確保しておきたい。
その思いが伝わったのか、ヘラは「必ずや」と力強くうなずいた。
「あと、料理長にお菓子の相談をしたいと告げてちょうだい。了承を得られればすぐに向かうわ。それから、当日の警護について軍に要請を。もうすでにお兄様が話を通してくれたでしょうけれど、できるだけ立場がある者たちを配置するよう告げてちょうだい」
「かしこまりました。すぐ行ってまいります」
「戻ってきて早々に悪いわね。頼んだわ」
再びヘラが部屋を出ていく。
そのあとすぐにレミが戻ってきたけれど、ヘラに何かを言われたようで、もうお茶を淹れることはなかった。




