見劣り姫は保管庫で騎士に遭遇する1
「子供? ……だとしても容赦しない。顔を見せろ」
……え? うそ……。
驚いて顔を向ける。そこには、私が会いたいと願ってやまない、険しい表情の男性がいた。
……イライアス! あああああ、会いたかった!! 今日もとっても素敵!
普段はお目にかかれない険しい表情が魅力的だ。新たな一面を見られた奇跡に感謝しかない。興奮しすぎて今夜は眠れないかも。
「豚の仮面? ふざけているのか?」
イライアスは私の首に刃を添えたまま、眉間に皺を寄せている。
警戒しているのか声には凄みがある。その低い声もまたいい。
できればいつもの穏やかな声も聴きたいけれど、首元の剣がわずかに動いたことで、無理矢理現実に引き戻された。
危ない。お花畑に迷い込んでいる場合ではなかった。なんとかしてイライアスに剣をしまってもらわなくては。
そう思って気を引き締めようとするけれど、鼓動が高まってなかなか治まってくれない。
きっと私の顔は真っ赤になっているだろう。仮面のおかげで表情と顔の色を隠せているのが幸いだ。
あとは動揺を隠すだけだけれど……やはり無理そうね。
とりあえず返事をして、心が落ち着くまで時間を稼ぐしかなさそうだ。
「ふざけている? 全然」
上ずりそうな声をなんとか制御して、短く答える。
これは暗部のみんなと考えた最高の仮面『子ブタちゃん』だ。至って大真面目だし、ただ可愛さを追求しただけで深い意味合いはない。
「……どうやってここに入ってきた」
「普通に正面から」
「この部屋には鍵がかかっていたはずだ。そもそも、正面から入ったら衛士に止められるはずだが?」
「……」
さて、どう説明しよう。
断片的に答えているから貴族らしい言葉遣いを排除できている。だが、長い説明となれば話は別。貴族女性特有の口調が顕著に出てしまう。
それに、仮面をつけているから私の声だと気づかれていない状態だ。長い説明ではどうなるかわからない。無難に短く答えるのが一番だろう。
ただそうすると、イライアスを馬鹿にするような口調になりそうで嫌だわ。
「なら話を変える。誰に頼まれてきた。依頼人がいるはずだ」
無言なのを拒否と捉えたのか、イライアスは質問を変えた。彼は私の背後を明らかにするつもりらしい。
でも、その質問は無駄だ。だって私は、自分の意思でここに来ているのだから。
「依頼人はいない」
「いない? ならなぜここにいる? お前は誰だ?」
……誰、って言っていいのかしら。
伺いを立てるためにレミがいる辺りをちらっと見る。
一瞬だが、何かが一回、きらりと輝いた。『問題ない』という暗部の合図だ。
それを見て、仮面の下でにっこりと微笑む。
『エーレ』は暗部から贈られた大切な名だ。私の正体は教えられないけれど、この名をイライアスに知ってもらえるのは、正直嬉しい。
ぴょんぴょんと跳ねたくなる気持ちを我慢して、イライアスに告げる。私の暗部の名は――。
「エーレ」
「エーレ? 女性の名……いや、男性でもなくはない、か?」
剣はそのままに、イライアスが考えるような素振りを見せる。
驚いた。イライアスは私を少年だと思っているらしい。
確かに今の私は、女性らしい体型からはほど遠い。自覚もしているけれど、よりにもよってイライアスに間違えられるなんて、ちょっとショックだ。
とはいえ、少年と思われている方が動きやすいかもしれない。私だと知られる危険性が少なくなるしね。
瞬時に利点と欠点を考え、今後の方針を決定する。
直後、無言だったイライアスが口を開いた。
「では、エーレ。その仮面を取ってもらおうか」
あ、それはだめ。顔を見られたら、即グロリアーナだと気づかれてしまう。
何かよい返しとか、方法とかないものか。懸命に頭を働かせて、回避できそうなことはないかと思案する。
両手はいまだに上げたままで、武器はおろか道具も取り出せない。
かといって、イライアスの気を引けるような話題も思いつかない。……どうしよう。
「外す気がないなら、仮面の紐を切るが?」
イライアスが剣の切っ先をつっと上にずらす。そして、こめかみのあたりでぴたりと止めた。
そこには、仮面とフードを繋ぐリボンがある。このリボンを切られたらおしまいだ。
……ああ、神様!
普段はそこまで信仰していないくせに、こういう時だけは頼りたくなるのよね。と、どうでもいいことを考えながら、イライアスを見つめる。次の瞬間。
「っ! もう一人いたのか!」
レミからだいぶ離れたところで音がした。硬くて小さい石が、床に落ちたような音だ。
イライアスがはっとした様子で顔を向ける。それにより彼の意識が私から逸れた。今だ!
上げていた手を下ろし、ローブから物を取り出す。そのまま勢いよくイライアス目がけて投げつけた。
同時に、窓の枠に足をかけて乗り上がる。
イライアスが、投げられたものをかわしてこちらに向き直った時には、私はすでに外に飛び出せる状態になっていた。
「それ、あげる。食べて笑顔になって」
私がイライアスに投げつけたのは、出かけにレミがポケットに入れてくれた飴だ。イライアスを傷つけたくなかったからちょうどいいと思って投げた。
ただ、残念なことに避けられて割れてしまったかもしれないけれど。
「待て!」
「……ごめんね」
イライアスがこちらに向かって手を伸ばす。
それを避けつつ、窓枠を蹴って外に飛び出した。
イライアスが慌てた様子で窓から顔を出す。
かなり焦っているように見えるが、当然だろう。ここは三階で、落ちたら大惨事は免れないのだから。
かたや私は冷静だった。片側に錘がついたロープを取り出すなり、少し離れた木の枝に向かって思いきり投げる。
錘がついたロープは寸分違わず狙った場所に絡みついた。成功だ。
即座にロープを手繰り寄せるようにして木に接近する。
でもそれだけでは木に激突してしまう。急いで体勢を立て直し、ぶつかる直前に幹と枝を順番に蹴って上に跳ね上がる。
続けてロープを引っ張り、軌道を微調整する。
一連の動作により落下の勢いが相殺され、ロープがある枝に難なく降り立てた。かなり太い枝を狙ったので、私が乗っても問題なさそうだ。
「ああ、練習していてよかった! 無事成功ね」
途中、胃が底なし沼に沈んでいく感覚がしたけれど、今はないし、終わりよければすべてよし!
ほっと胸を撫で下ろし、先ほどまでいた部屋を見る。
イライアスはまだそこにいた。距離があるから表情はわからない。けれど、先ほどの慌てた様子を見るに、私を心配してくれたのだと思う。なんて優しい人。ますます好きになってしまう。
「あ……」
このままイライアスを見ていたい。そう願った矢先、イライアスは向きを変えて窓から離れてしまった。
残念だが仕方がない。側のロープを解いて回収すると、枝を利用して木から降りた。
……さて、王女宮に戻りましょうか。
気持ちを切り替え、向きを変える。
その途中で視線を感じ、反射的に振り返った。
「え? えっ!? 大変!」




