見劣り姫は保管庫に潜入する2
こうして、私は無理やりメイナードを納得させた。
メイナードは始終反対の姿勢を見せていたものの、ほかに私を説得する材料がなかったらしい。ヘラともども渋々といった顔でうなずいた。
現在、私はレミとともに城の敷地内にある軍の本部に潜入している。
もちろん『気配隠し』は使用中だ。
『気配隠し』は完璧ではないけれど、ここは軍の本部。護衛任務とは無縁の場所にいるので、メイナードのように周りに気を張っている人はそういない。
人にぶつからないようにだけ気をつけて、保管庫がある三階に向かう。
「あった。この部屋ね、レミ」
事前に調べておいた道を行き、やがて保管庫に着いた。念のため、レミに小声で確認する。
レミは無言でうなずくと、かぎ針のような細い鉄の棒を取り出して、鍵穴に差し込んだ。
手持無沙汰の私は、軽く辺りを見回して人が来ないかを見張る。
左右を見終えて顔を戻す頃には解錠されていた。さすがレミ。
ゆっくりと取っ手を回し、極力音が出ないよう注意しながら手前に引く。
人が通れるくらいまで開けると、さっと体を滑り込ませるようにして部屋の中に入った。
部屋の中は薄暗かった。
カーテンは閉まっており、扉脇の棚に置かれたろうそくは、火がともされていない。
これでは実物の色が曖昧になってしまう。
扉を閉めてまっすぐ窓辺に行くと一部のカーテンを開ける。とたんに眩しいほどの光が射し込んできて、思わず目を瞑った。
目が順応するのを待ってからそっと開ける。
目を瞑る前とは違い、物の色がわかるくらいには部屋が明るくなっていた。
「ここまでは順調ね。レミ。ランディ兄様に贈られた例のクッキーを、この倉庫の中から一緒に探し出してちょうだい」
声を抑えてレミに指示をする。
レミはすぐに返事をして、奥の棚からクッキーを探し始めた。
私もすぐに作業を始める。まずは手前の棚からだ。
棚には、過去から今までの事件で押収された証拠品がずらりと並んでいる。なんでもかんでも保管するわけではなく、一定期間が過ぎれば適切に処理されるらしい。
兄様の事件はまだ解決に至っていないし、最近起きたばかりだ。絶対にこの中に保管されている。日付で保管されているようなので、目的の棚さえ見つかれば、すぐに実物を確認できるだろう。
「ここは五年前の日付ね。隣の棚は……」
小さな声でつぶやきながら、一つ一つ棚を見ていく。
そして、ようやく最近の証拠品を扱う棚を見つけた。
達成感から大きな声を上げそうになるが、なんとかこらえてレミを呼ぶ。
すぐに来てくれたレミと手分けして、クッキーを探す。
証拠品は無造作に木箱に詰められていて、埃を被っているのもある。
まさかクッキーもそのまま木箱に入れられているのでは? と不安になった矢先に、レミに声をかけられた。
「ありました。これですよね?」
作業の手を止めて、レミが手にするガラスケースをまじまじと見る。間違いない。探していたクッキーだ。
「でかしたわ、レミ。ちょっとそれをこちらに」
レミからガラスケースを受け取ると、先ほど開けたカーテンの側に行く。それから日に当ててじっくりとクッキーを観察する。
一見すると、普通のクッキーだ。だが。
「わかっていても気持ち悪いわね……。クッキーに髪の毛を入れるって何? 食べ物を冒涜しているの?」
シンプルなクッキーの中に、ふんわりとカーブを描く焦げ茶色の髪が入っている。
さらによく見ると、白い三日月型の固形物が入っていた。おそらくこれが爪だ。
忘れてしまわないように徹底的に形や色を頭に叩き込む。クッキーを作った本人が騙されるくらい精巧なものがいい。
「? 色にむらがある? 左側がちょっと濃い気がす……っ!?」
顔を近づけてクッキーを見ていると、扉からかすかに音がした。
慌てて『気配隠し』をして、クッキーを近くの棚に戻す。
そのままレミとともに奥にある棚の裏に隠れると、扉がバン! と音を立てて勢いよく開かれた。危なかったわ。
「誰かいるのか?」
若い男性の声がする。十中八九兵士だろう。人があまりいない場所なのに見つかるなんて、運が悪いにもほどがある。
……それにしても、この声。まさか、ね。
必死に息を殺しながら、レミとともに兵士が去るのを待つ。
このまま何もなければいい。そう願うのに、兵士は念入りに棚と棚の間を見ながら近づいてくる。
いよいよ困った。ここまで警戒されると『気配隠し』が看破される恐れがある。ましてや、先ほどカーテンを開けており、影ができてしまっている。
何か打開策を考えなければ。と、焦りを覚えながらレミを見ると、彼女はナイフを取り出して一戦交えようとしていた。
……ええっ!? それはだめでしょう?
慌てて手を添えて、レミを制止させる。
戦闘は絶対にだめ。誰かが傷つくのは避けなければ。
……あら? でも、物の使用法は一つではないわよね。ならナイフを戦いの道具にしなければよいのではないかしら?
切羽詰まった頭に、突如としてそんな考えが浮かんだ。
一瞬、焦りすぎて頭がおかしくなったと思った。
だが、心配とは裏腹に私の思考は至って冷静で、どんどんと先の戦略を立てていく。
その間も兵士の歩みは止まらない。もうすでに目の前まで来ていた。
……っ! 迷っている暇はないわ。ままよ!
猫のように身をかがめ、兵士との距離が縮まるのを待つ。
視界に兵士の足が見えたと思うが早いか、袖口に隠していたナイフを取り出して放った。もちろん、兵士に当たらないように完璧な調整をして。
「なっ!?」
突然ナイフが飛んできて驚いたのだろう。兵士が声を上げた。
その脇を、身をかがめながら走り抜けて、少し離れた窓辺に向かう。
勢いよくカーテンを開けて、ガラッと窓を開けると、ほぼ同時に、首元に剣が添えられた。
こうなっては『気配隠し』の意味がない。慌てて両手を上げる。




