見劣り姫は保管庫に潜入する1
「ヘラ、調べ物がしたいわ。事件の証拠品を保管する倉庫に忍び込むわよ」
「なっ! なぜ姫様が軍の保管庫に!? お考え直しください!」
突然ヘラが前のめりになって声を上げた。
驚いているような、焦っているような、あるいは困惑? そんな複雑な表情だ。
「犯人がランディ兄様に贈ったクッキーの実物が見たいの。作戦には絶対に必要だから」
「でしたら、きちんと許可をお取りになればよろしいではないですか」
ヘラの言葉は正論だ。だが、真っ向勝負は愚策すぎる。私はまだ十二の小娘なのだ。
ヘラだってわかっているでしょうに、なんとしても私を止めたいみたい。もっとも、諦める気などみじんもないけれど。
「私が申請して許可が下りると思う? 権力に頼ったとしても、間違いなく『我々に任せなさい』と言われて終わるわよ」
ウィル兄様はおろか、私に甘いお父様にお願いしたとしても結果は同じだろう。軽くあしらわれて終わる未来は想像に難くない。
「なら、陛下方にご一任なさればよろしいのです。必要でしたら我々が手となり動きますので」
「いやよ。これは私がやらなければだめ。引くつもりはないわ」
私の不手際でランディ兄様が倒れた。その償いは、自身の手でやると決めている。
もちろんすべては担えない。それでも、私ができることは率先してやるつもりだ。
そう告げると、ヘラが大きなため息をついた。
「では私がご一緒いたします。必ずお護りいたしますので、何かあったら迷わずお逃げください」
「だめよ。あなたは連れていかない。誰かが尋ねてきた時に筆頭侍女のあなたが対応するの。『姫様はお部屋でお休みなっておられます』、とね」
「……私が残って隠蔽したとしても、すぐに気づかれますよ」
「かまわないわ。実物が見られるのならお父様たちに知られてもいい。私は本気よ?」
お小言を言われようが謹慎されようが私は諦めない。
そんな私の覚悟が伝わったのか、たっぷり間を置いたあと、ヘラが「かしこまりました」とつぶやいた。
あまりにも小さなその声は、ヘラが本当に仕方なく承諾したのだとわかるものだった。
「私がここに残るのであれば、フィスをお連れください」
「そうね。フィスもいいけれど、レミにするわ。彼女の腕もすごいと思うの。レミ、レミ!」
レミは、複数いる私の侍女の一人だ。少し前に暗部の者だと判明している。
レミの名を呼ぶと、少ししてレミがやってきた。急いできたようで、少し髪が乱れている。
「姫様の前ですよ。身だしなみを整えなさい」
見かねたヘラに注意されて、レミがぺろりと舌を出す。言うまでもなく説教が延びた。
ヘラのお小言が下火になった頃合いを見て、レミに話しかける。
「レミ、これから軍の証拠品保管庫に入るわ。サポートをお願い」
「え? 殿下が行かれるのですか?」
「ええ。私が実物を見ないといけないの。ああ、別に盗もうとしているわけではないから安心して」
「承知いたしました。では以後、エーレとお呼びいたします」
とたんにレミが真顔になって綺麗な姿勢でお辞儀をする。
まるで別人だ。暗部の仕事の方が彼女の性に合っているのかもしれない。まあ、周囲が妥協を許さなかっただけかもしれないけれど。
「よろしくね。さて。そうと決まったらさっそく準備よ。ヘラ、服を持ってきて」
まさかドレスで忍び込むわけにもいかない。いつ機会が訪れてもいいように、暗部用の服を用意していた。
子供の私に合わせて作った服で、隠密に事が運べるように黒無地かつ簡素な作りとなっている。
ヘラが一礼して部屋を去ると、少しして衣装一式を持って戻ってきた。
ゆったりしたその服に袖を通し、投げナイフなどの武器を隠し持つ。
武器をすべて服に収めたら、ローブを羽織る。
ボタンを留めてフードを被り、最後に仮面を手に取った。少し前に注文した特製の仮面だ。
「ほんと、可愛くできたわよね。私にぴったりの仮面だわ!」
思い描いていたとおりの仮面に、にんまりとする。
このまま延々と眺めていたい気分だが、保管庫には明るいうちに忍び込まないと意味がない。
すぐに仮面をつけて、面脇にあるリボンでしっかりとフードに固定させる。これでフードが外れることも、仮面がずれることもない。
「エーレ、ハンカチは持ちましたか? おやつも大事ですよ」
最終確認する中、レミが私のローブのポケットに飴を突っ込んできた。
ヘラが何も言わないので戸惑いながら礼を言う。
「静かな場所ではお腹の音一つでも命取りになりますからね。ただし、甘い匂いを漂わせるのも考え物ですよ。食べる場所は考慮してくださいね」
「わかったわ。ヘラ、廊下で待機しているメイナードに説明してきてちょうだい。きっと反対するでしょうけれど、私は引かないわよ」
「かしこまりました。姫様のご意思も含めて説明してまいります。力不足の際はどうかご助力を賜りたく」
「いいわ。よろしくね」
一例をして部屋を出るヘラ見ながら、いったんソファーに腰を下ろす。
しばらくしてヘラがメイナードを伴って戻ってきた。
「姫様、やはり無理でした。どうかご説明をお願いいたします」
「姫様、私は反対です。一国の姫君がなぜそのような危険なまねをなさるのです」
部屋に入るやいなや、メイナードが眉間に深い皺を寄せて言う。
メイナードの性格上、こうなると思っていた。当然答えも考えている。
「私が実際に目にしなければならないからよ。別に物を盗もうとしているわけではないわ。ちゃんと『気配隠し』を使うから安心して」
「しかしあの技は完璧ではありません」
「知っているわ。私はフィスほど気配を隠せていないもの。影が消えるわけでもないしね」
「あの、エーレはすでにフィス並みですよ?」
「え?」
突然脇から口を挟まれ、驚いて顔を向ける。
声の主はレミだ。彼女は、不思議そうに私を見ている。
「ご自身では実感しにくいと思いますが、ここ最近のエーレはきちんと『消えて』いますよ」
「そうなの? 知らなかったわ……」
意外な事実を知らされて、少しだけ困惑する。
フィスが気づかないくらい綺麗に姿を隠すから、私はまだまだだと思っていた。でも違うのね……。ならメイナードの言葉はどうして? ちらっとメイナードを見る。
直後、私の視線にレミが気づいたらしく、口を開いた。
「マクシェーン殿はエーレを見続けているから、わからないのかもしれないですね」
「そこだけ聞くと、片想いの青年みたいね。で、説得力が減ったけれど、メイナードはどうする?」
メイナードの目を見てにっこりと微笑む。
メイナードは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「もちろん反対ですよ。今から陛下にご報告したいくらいには。ただ、その間に行かれてしまっては意味がないですからね。私も行きます」
「そう。あなたの意思はわかったわ。でも『気配隠し』ができなければ連れていかないわよ?」
場所が場所なだけに堂々と行くのは難しい。最低でも『気配隠し』の習得が必須だ。
そう告げれば、メイナードの顔がいっそう曇った。
「神経を使いすぎる自分が恨めしいです」
メイナードは『気配隠し』を習得していない。毎夜特訓しているみたいだが、進展はないようだ。護衛騎士という職業が足を引っ張るとは意外だったわ。
「決まりね。保管庫に忍び込むのは私とレミ。ヘラたちはここで待っていてちょうだい」




