見劣り姫は被疑者に近づく2
「ゆったりとして素敵な個室ね。どれも一流の品だわ。オーナーは確かな目をお持ちなのね」
「恐縮でございます」
支配人のエスコートで椅子に座る。カイリーは私の向かいの席に着いた。
「わたくし、フリュヒテクーヘンをいただきたいわ。それとコクのあるこちらのお茶をお願い。あなたは何になさるの?」
「わ、私は、フリュヒテクーヘンとあっさりしたこちらのハーブティーで」
「かしこまりました」
支配人は一礼すると部屋を出ていった。
部屋に残ったのはヘラとメイナード、あとは私とカイリーだ。
カイリーの護衛は外で待機してもらった。
知り合いがいない空間に一人だけ、という状況はさぞかし居心地が悪いのだろう。カイリーが不安そうに目をさまよわせている。
刺激するのはよくないので、カイリーを落ち着かせる意味も込めて、穏やかな声色で話しかける。
「自己紹介がまだだったわね。知っているでしょうけれど、わたくしはグロリアーナ・サンメドゥ。十二歳よ」
「わ、私は、トムリンソン男爵が一女、カイリー・トムリンソンと申します。十七でございます」
椅子に座ったまま、カイリーが深々と頭を下げる。とても謙虚な言動だ。
先日フィスが『カイリーは控えめな性格だ』と言っていた。
報告を受けた時はそんなまさかと一笑に付したけれど、今のカイリーの言動を見るとわからなくもない。本当に彼女があの過激な手紙を書いたのかと疑いたくなるほどだ。
カイリーの言動を注視しながら、会話を続ける。
「十七? ランディ兄様と同い年なのね」
「はい。恐れ多くも……」
今気づいたふりをして言うと、カイリーがふんわりとした笑みを浮かべた。
怯える様子も、警戒する様子もまったく見られない。
もしこれが演技だとしたら、大女優と言ってもいいくらいの演技力だ。
だが、演技なら私も今やっている。
……先に相手を欺くのはどちらかしらね。
何をやっても平均的な私だが、負けるつもりはみじんもない。
絶対に悟られないようにしなければと満面に笑みを湛え、精いっぱい演技をした。
翌日。午前中に用事を済ませ、午後から馬車で城下に行く。
カイリーはお茶会にお呼ばれしたと聞いている。
本人に聞いたわけではないけれど、暗部の者が調べてきてくれたので間違いない。
本音を言えば、直接お茶会に参加できればよかった。
だが、主催者と私には接点がない。そんな中で参加するのはあまりにも不自然だ。だから今日は違う方向から攻めることにする。
「今日はこのお店ね? ここは何が有名なの?」
「王都近郊で作られたバターをふんだんに使用した、バターケーキが有名です。このお店のものは中に木苺のジャムが入っていて、酸味がいいアクセントになっているようです」
「まあ! おいしそうね。ぜひそれを食べたいわ」
このサンメドゥ国は緑あふれる大地で、農畜産業が主産業となっている。ゆえに、他国の庶民ではそうそうお目にかかれないようなバターなども容易に買えるのだ。
バターがたっぷりのバターケーキに、木苺のジャム。想像するだけでうっとりしてしまう。
どんな味なのかと想像しながら、馬車を降りてお店に入る。
昨日とは違い、今日は権力を使わずに普通に入った。
店員に案内されて座った席は、窓際だった。
これならカイリーの姿がよく見える。安心してバターケーキを食べることに専念した。
ケーキが食べ終わる頃、お店の前に馬車が停まるのが目に入った。
スッと目を細めて馬車にある家紋を見る。トムリンソン男爵家のものだ。
見苦しくない程度に急いでケーキを食べると、ゆっくり立ち上がって出入り口に向かう。
出入り口に行くと、折よくお店の扉が開かれた。
入ってきたのは従者や侍女ではなく、男爵令嬢カイリー本人だった。
カイリーは目の前にいる私に気づいたようで、こちらを見て目を見開く。
「ごきげんよう。トムリンソン男爵令嬢。今日も会えるなんて奇遇ね」
「でっ……」
カイリーが私を『殿下』と呼びそうだったので、手のひらを彼女に向け、制止させる。
カイリーは私の反応に気づいたようで、そのまま口を閉ざしてぺこりとお辞儀をしてきた。
「ごきげん麗しゅうございます。昨日はスイーツをご馳走になりまして、誠にありがとうございました」
私の行動の意味をきちんと理解したらしく、カイリーが私の敬称や名前を呼ばずに返答してきた。こういった配慮はできるのね。
「あら、わたくしがお誘いしたのですもの当然のことですわ。ところで、今日はバターケーキをお召し上がりに?」
「はい。今日は母にお土産を買おうかと思いまして」
知っている。カイリーがお茶会の日は、必ず母親にスイーツを買って帰るとフィスの情報にあった。
買うお店はまちまちだが、前回と前々回のお店を参考に、このお店だと目星をつけていた。当たってよかったわ。
「まあ。お母様思いなのね。なら、こうして引き留めるのはよくないわね。ごめんなさい。では、これで失礼するわ」
軽く世間話をしてカイリーと別れる。今日の目標は達成だ。
それから二週間、カイリーの外出に合わせて私も外出し、彼女と顔を合わせ続けた。
場所は教会だったり、孤児院だったり、いろいろだ。
ある時は偶然を装って男爵夫人に会い、娘であるカイリーの話をした。
やがてカイリーは、私を見ると笑みが引きつるようになった。
でも私は手を緩めず、彼女を追い詰める。
そんな私の地道な活動が実を結び、とうとうカイリーは家に引きこもるようになった。
「予定どおりだわ」
カイリーが邸に引きこもったので城下に行く必要がなくなった。
自室で手慰みに刺繍をしながら、次はどうしようかと考える。まあ、だいたいの方針は決まっているのだけれども。
「やりすぎではありませんか? 見ているこちらも顔が引きつりそうでしたよ」
淹れたばかりのお茶をテーブルに置きながら、ヘラが言う。
手を止めてヘラの顔を見ると、彼女の眉根が少し寄っており、不満さが如実に表れていた。
「ヘラ、忘れたの? カイリー・トムリンソンはランディ兄様に恐ろしい内容の手紙を毎日送っていたのよ? 少しは自分の行ないに気づけたのではなくて?」
「ですが、姫様が同じ舞台に上がられる必要はなかったはずです」
「あら。私は彼女と違って犯罪に手を染めたりしていないわ。一緒にしないで? まあ、彼女は偶然がこんなに重なるものかと考えるでしょうけれど、私がいるお店に彼女が入ってきたこともあるし、男爵夫人に会ったのは人が多い劇場。『偶然』で片づけるしかないでしょうね」
私がそう言うと、ヘラが嘘をつくなと言わんばかりの目を向けてきた。
確かに、私はカイリーの予定を調べて偶然を装った。けれど、いくつか偶然に頼ったところもある。あながち嘘でもないのだ。
それに、私の行動には一応なりとも意味がある。
再び手元に目を落とし、止めていた手を動かしながら、口を開く。
「私は別に、自身の行動をわからせるためだけに、あのような行為をしたわけではないのよ? 次の布石に繋がるよう手を打っていたのもあるわ」
「次、ですか?」
「ええ、そう。でもその前にやらなくてはならないことがあるわね。ヘラ、調べ物がしたいわ。事件の証拠品を保管する倉庫に忍び込むわよ」




