見劣り姫は被疑者に近づく1
三日後。おでかけ用のデイドレスに身を包み、王都サン・ディ・ルーンの街に来ていた。
今日はあちこち歩きまわる予定だから、派手なドレスは避けている。
瞳よりも薄い青色のドレスは、胸元の大きなリボンが可愛らしい。
髪はいつものようにツインテールにし、服と同色のリボンで統一感も出した。お母様譲りのふわふわとした髪がお気に入りで、大満足の仕上がりだ。
一緒にいるのはヘラとメイナード。
ヘラは、柔らかい栗色の髪をローテールにしており、瞳もこげ茶色で街を歩く庶民に見事溶け込んでいる。
服装もお仕着せではなくて簡素なワンピースだ。目立つ要素はどこにもない。
一方メイナードは、騎士だけあって体格がいい。それなのに、顔の造りは美しい。
癖が強いために短くしている金茶色の髪は真ん中で分けており、周囲を警戒する瞳は金色。
さらに右目の下、目じりのすぐ側に泣き黒子があり、いかにも貴族の子息と言わんばかりの風貌だ。
ヘラ曰く『甘いマスク』だそうで、そんな人物が街を歩いていれば目立つどころの騒ぎではない。
今も街の女性たちの視線がメイナードに向けられている。
護衛騎士の制服ではないものの、それに近い服装だからよけいに人目を引くのではないだろうか。
私よりも目立っている気がしないでもないけれど、彼は彼で私は私。私なりの良さが出ていれば問題はない。
「色が少し違うけれど、金が混ざっているし、頑張れば私とメイナード、親子設定でいけそうよね?」
「冗談はよしてください。私はまだそのような歳では……」
「でも二十九よね?」
「うぐっ……」
メイナードがとたんに胸を押さえる。
図星を指されて心にダメージを受けたようだ。
「まあ、それは必要な場面になったら考えましょう。それより、カイリー・トムリンソンが今日街に来るのは間違いないわね?」
ヘラに尋ねると、彼女が真顔で答えた。
「はい。街の何か所かに暗部の者も配置しております。ターゲットがやってきたらすぐに知らせが届くかと」
「用意周到ね。私たちもあちこち動き回って彼女を探すわよ」
言いながら、歩みを進める。
今日は男爵令嬢のカイリーに会うことが目的だ。行きたいお店のピックアップはしてきていない。
狭い道に入らないようにだけ気をつけて、通りをてくてくと歩いていく。
普段は馬車に乗って移動しているため、自分の足で街を歩くのはとても楽しい。
ふと気になったお店に目を向けて、窓越しの商品を眺めては、すかさずヘラに「目的から逸れてますよ」と注意されて再び歩きだす。
そうして街の中を歩くことしばらく。背後からそっと声をかけられた。
振り返った先にいたのは若い男性だ。講義の際にこの素朴な顔を何度か見かけていたので、暗部の者だとすぐにわかった。
「殿下。ターゲットが先ほど、西地区の大通り沿いにある小物屋に入っていったそうです」
「ありがとう。ここから西地区は近いわね。先に行って彼女を見張っておいてもらえる?」
「かしこまりました」
暗部の者がそのまま人の中に溶け込んで見えなくなった。
その姿を追いかけるように私たちも移動を開始する。
途中、何度も見回り中の衛士を見かけた。
だが、ほとんどの衛士たちはこちらに気づかない。気づいたとしてもメイナードに反応しただけ。……私って、存在が薄い? それとも身長のせい?
あまりにも気づかれないものだから、ちょっと寂しくなり、手を上げて衛士たちに応えるメイナードの服を掴む。そして一言。……を発する前に、メイナードにさっと口を塞がれた。「パパ」、って言おうとしたのを察知されてしまったようだ。残念。
メイナードとの攻防を繰り広げながら、西地区の小物屋に向かう。
小物屋の近くには、先ほどとは違う男性がいた。
彼も暗部の者だ。私が近づくと、男性はすっと目を伏せる。
「ターゲットは店を出て、少し先にある人気カフェに入りました」
「人気カフェ……『グリュックリッヒェ・ツァイト』ですか?」
ヘラが横から口を挟むと、暗部の者が「そうです」とうなずいた。
『グリュックリッヒェ・ツァイト』。名前だけなら私も聞いたことがある。私担当の侍女たちが『おいしいですよ』と教えてくれたため、一度来てみたかったお店だ。
なんでも、お酒に浸したドライフルーツをたっぷりと使用した、『フリュヒテクーヘン』という名のケーキがおいしいらしい。
焼いてあるからアルコールは抜けているみたいで、私でも食べられると聞いた。ならばぜひとも食べてみたい。
今日は食べられるかな、と淡い期待と抱きつつ、小物屋がある通りを南下する。すぐに行列ができているお店を見つけた。
行列には恋人同士と思われる男女の姿もあるけれど、ほとんどが女性だ。
だがよく見ると、先ほど中央地区まで知らせに来てくれた暗部の男性が列に並んでいた。
彼の前には男爵令嬢、カイリー・トムリンソンと護衛と思われる男性もいる。
「うーん、どうしようかしら」
このまま暗部の男性と交代して並んでもいいけれど、裏技を使うという手もある。
その場合、カイリーの順番がくる直前に行動を起こす必要がある。
……タイミングが少し難しいけれど、成功すれば一気に近づけるわよね。
「ヘラ」
迷ったのはほんのわずかな時間。すぐに決断するとちらっと自身の侍女を見る。
ヘラは私の考えを読んでいたようで、私の声かけに「かしこまりました」と一つうなずいた。
そこから待つことしばし。カイリーの順番が次となったところでヘラが動く。
ヘラは店に入り、少しして支配人らしき男性と出てきた。それを見て、メイナードともに入り口に行く。
本音を言えば、権力に頼る行為は好きではない。普通なら絶対にやらない手だ。
けれど、今回は目的がある。背に腹は代えられない。
入り口に行くと支配人らしき男性がさっと頭を下げてきた。
高位貴族にも対応したお店のためか、支配人のお辞儀は洗練されている。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ中へ」
「ありがとう。でも、このようにたくさんの方々が並んでいるのによろしいのかしら……」
眉間に皺を作り、一番前に並んでいる男爵令嬢――カイリーを見る。
カイリーはこちらを見て、こぼれ落ちるのではないかと思うくらい目を見開いていた。
だが、すぐに我に返ったようで勢いよく頭を下げる。私が誰かわかっているのね。
「まあ。頭を上げてちょうだい。本をただせば、わたくしが割り込んでしまったのだもの。頭を下げなくてはならないのはわたくしの方だわ。でも、このような場所ではそれも難しいの。申し訳ないのだけれど、ご理解いただける?」
「と、とんでもないことでございますっ!」
カイリーの声が上ずっている。かなり緊張しているのだろう。
とはいえ、本番はこれからなので、もうしばらく解放してあげられない。
「いやだわ。そんなに緊張なさらないで? ……そうだわ! もしよろしければ、わたくしと相席していただけないかしら? 一人で食べるのは寂しいわ」
「え? いえ、あの……そんな恐れ多いです!」
「かしこまる必要はないわ。あなたはわたくしよりも年上ですもの。……だめかしら?」
我ながら強引だなと思いつつ、不安そうな顔でカイリーを見る。
じっとカイリーの顔を見つめていると、根負けしたのかか細い声で「承知いたしました。喜んでご一緒させていただきます」と返ってきた。
「まあ、嬉しい! ありがとう」
無邪気に振舞いながら、カイリーとお店の中に入る。
支配人のあとをついていくと、個室に通された。
ep1を変更しました。




