見劣り姫は独自に兄の事件を調べる2
「殿下、ただいま戻りました」
声をかけられて静かに顔を向けると、ヘラの隣にフィスがいた。すぐに気持ちを立て直す。
「フィス、報告を」
「はい。男爵令嬢はお菓子作りが趣味で、事件の前日も男爵邸の厨房でクッキーを作っておりました。いつもは家族に振舞うようですが、この日は失敗したからと誰の目にも触れさせなかったようです」
「! それって……。でも、それも状況証拠でしかないわ。限りなく黒に近いのに手が出せない。ほかにはないの?」
縋るようにフィスを見る。
けれどフィスは軽く目を伏せて、ゆっくりと頭を振った。
「どれも証拠や証言になるようなものではございません」
「このまま泣き寝入りをしろと言うの? あんまりだわ」
悔しくてならない。ランディ兄様があんなに苦しんでいるのに、男爵令嬢は証拠を隠滅して逃げおおせている。
顔もわからないけれど、男爵令嬢のしたり顔を想像したら腹立たしくてならなかった。
私の兄を傷つけておいて、一人のうのうとしているなんて許せない。彼女に一矢報いることはできないかしら。
ふつふつとした怒りをなんとか抑え込み、あれこれと考えを巡らせる。
そうして時間をたっぷり費やして、ある考えにたどりついた。
「そうだわ! 証拠がないなら自供させればいいのよ!」
「はい?」
ヘラとフィスの声が重なる。
この娘は何を言っているのか、と言わんばかりの表情だ。
「姫様、いったい何をなさるおつもりですか?」
ヘラが頬を引きつらせながら尋ねてきたので、安心させるようににこりと笑いかける。
「言葉のとおりよ。軍が証拠不十分で犯人を検挙できないなら、私が検挙できるように令嬢から供述を引きだすわ。『目には目を、異常行動には異常行動を』!」
「き、危険ですのでおやめください!」
フィスが慌てた様子で止めにきた。
だが聞き入れる気はない。危険なのは百も承知。身の安全をしっかりと図ったうえで行動すればいい。
「心配してくれるのは嬉しいわ。でもやめるつもりはないわよ。あなたたちや護衛たちには頑張ってもらうけれど、私財から褒賞も出すから安心してね」
「褒賞などどうでもよいのです! 姫様は、御身が尊いことをご理解ください」
「尊い? 私は兄様や姉様たちに比べたら普通よ?」
ヘラったら何を言い出すのかしら? と不思議に思いながら言うと、ヘラに「こんな普通はありません」と返された。
おかしいわね。私は至って普通なのだけれど。
それはともかく、自分よりも感情を露わにしているヘラたちを見ていたら、気持ちがわずかに落ち着いた。
慌てているヘラたちをなだめて、話を続ける。
「まあ、とりあえず自分がやったことをやり返されたら、少しはやられた側の気持ちがわかるのではないかしら。そうねえ、その手の事件を取り扱ってきた騎士たちなら、犯人が取りそうな行動をいろいろと知っているかもしれないわね。ぜひ聞いてみましょう。やるなら相手の気持ちをくじくつもりで徹底的にやりましょう!」
意気込んで右の拳を突き上げる。
ヘラが「ああぁ……姫様がまたもや奇行に走られた……」と頭を抱えて嘆くが無視だ。説教の兆候が見られたら、『休みのはずのヘラがなぜ仕事をしているのか』とでも言えばいい。確実に話が逸れるはずだ。
その後もしつこく引き止められたが、当初の考えを貫いた。
今はヘラと護衛騎士を従えて訓練場に向かっている。
ヘラには休むよう伝えたけれど、「今日はマクシェーン卿がいないので姫様のことが心配で」と引き下がらず、説得は諦めた。どうせ命令してもこっそりついてくるだろうから仕方がない。
訓練場に着き、軽く辺りを見回す。いつもとは違って観客席に続く通路が封鎖されていた。
そういえば、当面の間関係者以外立ち入り禁止になったのだったか。と、フィスの言葉を思い出す。
差し入れも受け付けないらしく、どこにも部外者の姿は見当たらない。あえて言えば私たちくらいだ。
この状態が続いたら、イライアスの姿を拝むのも難しくなる。
接点もないから、一目見たいのならイライアスが通る場所で待ち構えるしかない。
でもそんなはしたないまねができるはずもなく、改めて私たちの距離の遠さを思い知った。
会えないと思うと、よけいに会いたくなるから本当に困る。
ひそかに落ち込んでいると、一人の騎士がこちらにやってきた。彼が私たちの対応をしてくれるらしい。
先触れの際にあらかじめ用件を伝えておいたため、煩わしい手続きはいっさいなかった。
副騎士隊長だと言う騎士に連れられて別室に行き、彼の話を聞く。
話が一区切りしたところで、知りたいことを騎士に尋ねていく。
あまりにも私がぐいぐい質問したせいで、最後の方は騎士がたじたじになっていた。まあ、おかげで私は有益な情報を仕入れることができたけれどもね。
部屋に戻り、騎士からの情報を参考に策を練る。
最初は運要素が強いため、綿密な計画でなくていい。だが場所は絶対に城下でなくてはならない。
私が城下に行くにはお父様の許可が必要だ。まだまだ仕事をする気のヘラを捕まえて、頼みごとをする。
「ヘラ。お父様にお話があるの。手紙をしたためるから渡してきてちょうだい」
「かしこまりました」
手紙を書いて渡すと、ヘラが部屋を出ていった。
戻ってくるまで三十分くらいの余裕がある。その間に、別の計画を立てることにした。




