見劣り姫は独自に兄の事件を調べる1
兄様の部屋をあとにすると、家族と別れて部屋に戻る。
まっすぐソファーに向かい、ゆっくりと体を沈めて一つため息をつく。
部屋に残っていた侍女たちが準備をしていたようで、ヘラがさっとお茶を出してくれた。
「フィス……はいないわよね?」
「殿下、お呼びでございますか」
私の指示で調べ事をしていると承知のうえで、何もない空間に向かって呼びかける。すると、返事とともにフィスが現れた。
驚いて目を見張る。
「あなた、私の指示で情報を収集していたのではなかったの?」
「第二王子殿下の情報が入りましたゆえ、殿下が情報をお求めになるのではないかと待機しておりました。向こうにはほかの者をあたらせております」
「優秀ね。ありがとう。さっそくだけれど、あなたが調べた情報をすべて教えて」
「かしこまりました。ではまず、現在の状況をご説明いたします。今回の件で捜査は衛士と騎士の合同で行なうことになりました。ですので、以後捜査官と称させていただきます。それで、事件時の状況ですが――」
フィスが淡々と調べてきたことを語る。
それを聞くに、フィスの話と兄様の侍従の話にさしたる違いはない。
兄様が異物混入クッキーに驚いて声を上げたため、周囲の人がほぼ全員兄様に視線を向けていた。
捜査官たちは、その隙に犯人が毒を仕込んだのだろうと考えているようだ。
「毒はやっぱり水差しの中から出たの?」
「いいえ。水差しの注ぎ口に粉末状の毒が付着していたようです」
「注ぎ口に付着?」
粉末は水に溶かした方が気づかれにくいはずだが、どういうことだろう。疑問に思い、首を傾げる。
すかさずフィスが疑問に答えてくれた。
「はい。大勢の視線が外れたのはそう長くない時間です。水に溶かさずに塗りつけた方が早いでしょう。水差しがある場所は観客席から死角になっているそうです。兵士たちの視線が外れれば、犯行に及ぶのは難しくはないかと」
「兵士たちの視線が兄様に向く前に毒を仕込んだということはないの?」
「事が起こる少し前に水を飲んだ者がおります。その者は無事でした。毒を仕込んだのはそのあとでしょう」
なるほどね。周囲が冷静さを欠いている隙を狙って毒を盛ったということか。
慌てていれば、注ぎ口なんて気にも留めない。
とはいえ、グラウンドに行くには許可が必要なはずだ。
「グラウンドにはどうやって? 部外者の立ち入りは禁止されているわよね」
「メイドに扮したようです。つい最近、女官長から『メイドのお仕着せが一着なくなっている』と報告がありました。そのため、城の見張りを強化していたそうですが……」
「事が起こったのは城内ではなく訓練場。完全に見落としていた、というわけね」
「さようでございます」
犯行に及ぶには目立たないことが一番だ。
メイド服、となると犯人は女性か中性的な男性だろう。
思い当たる人物は一人。毒を仕込んだ理由もだいたい予想できる。
なにせあの手紙の内容だ。勝手に思いを拗らせて、憎しみに変化させたのではないだろうか。
そうなると、仕込まれた毒は猛毒ということになるが……。
「毒の種類は何?」
「神経毒の一種です。摂取すると軽い麻痺を起こします。しびれ薬よりは重い症状ですが、一般的な麻痺薬に比べれば弱毒です」
不幸中の幸い、というところか。
でもそうはいっても、ランディ兄様はかなりつらそうだった。もし毒性が強かったら、と考えると恐ろしい。
「そう。入手経路はわかっていて?」
「ただ今調べさせております」
「わかったわ。引き続きお願い。あ、それと、例の男爵令嬢の行動についても徹底的に調べてちょうだい」
「は。かしこまりました」
「……あなたは彼女だと思う?」
どうしようか迷ったが、思いきって訊いてみる。
フィスは目を伏せ、ゆっくりと頭を振った。
「殿下のご判断を妨げるおそれがございますゆえ、発言は控えさせていただきます。ただ、例の男爵令嬢は本日、普通の姿で訓練場におりました」
「訓練場にいた? 一つ疑問なのだけれど、兄様の護衛騎士や暗部の護衛担当者は何をしていたの?」
「申し訳ございません。我々の落ち度でございます。あの時、殿下が声を上げられたことで、殿下を囲んで人だかりができました。我々はその者たちの方に目を光らせており、また、人だかりで水差しが置いてある台が見えず、犯行を視認できませんでした」
「なるほど。詳細はわかったわ。お父様からあなたたちに話がいくでしょうから、私からは何も言わない。ただ、こういったことは今後も起こりうるはず。常に気をつけるように周知してちょうだい」
これは毒殺未遂事件だ。私やランディ兄様が片づけてよいものではない。もっと上の、王太子であるウィル兄様やお父様の管轄だ。
関わった警備担当や護衛たちはそれなりの処分を受けるだろう。残念だが、職務を全うできなかったのだから仕方がない。
私の言葉に、フィスが「承知いたしました」と答え、部屋を去っていった。
少しして気づく。……ああ、また気配隠しの謎を聞きそびれてしまったわね、と。
それから数日が経ち、暗部の情報を待つ私のもとに別の情報が届いた。
「なんですって? 犯人を逮捕できない!?」
「はい。状況証拠はありますが、物的証拠が何一つないらしく……。盗まれていたお仕着せも焼却炉で燃やされていたようで、一部しか残っておりませんでした」
捜査が行き詰ったというヘラの知らせに思わず眉をひそめる。
「目撃者は?」
「一人もいないようです。クッキーに入っていた髪の色はこの国で一番多い色ですし、毒についても薄めれば薬として使えます。弱毒ですので規制もされておりません。それなのに廉価で、闇医者でも容易に持ててしまうのです」
毒と薬は表裏一体と聞く。厳重に保管するのが一番だけれど、良薬としてたくさん出回っているものをすべて管理するのは難しい。普通の麻痺毒に比べて弱毒というのもそれに拍車をかけている。
「今後の捜査はどうなるの?」
「王子殿下のお命が狙われたのです。打ち切られることはないでしょう。ですが、物的証拠がなくては逮捕できません」
「犯人は周到みたいだから、証拠は残さないでしょうね。手紙からは検挙できないの?」
「以前申し上げましたように、どうとでも言い逃れができてしまいます。捜査官たちは慎重に事を進めるようですが、おそらく……」
ヘラが言葉をにごす。
私を前にして言いにくい言葉など限られている。捜査が難航するのは必至とみていいだろう。
手をぐっと握りしめる。私のせいだ。手紙だけだからと軽く考え、令嬢の監視を怠った。それが原因で、ランディ兄様が倒れた。
兄様は私のせいじゃないと言うだろうし、実際に兄様の報告不足も否めない。
けれど、私がもう少し先を見越して指示していれば、兄様が毒を盛られることもなかったはず。
ただただ心が苦しい。
お腹の中に大きな石を詰め込んだような、なんとも言えない思いでいっぱいだった。




