見劣り姫は次兄の心配をする3
ランディ兄様の私室の前に二人の護衛騎士がいた。
二人のうちの一人に声をかけ、中の人に取り次いでもらう。
『今は立て込んでいる』と断られるかとも思ったけれど、意外にもすんなりと中に入ることができた。
「ランディ兄様!」
扉をくぐると、駆けるようにランディ兄様がいる寝室に向かう。部屋の造りは私と一緒だから、迷うことはない。
寝室には眠っているランディ兄様と侍医、さらに兄様の侍従と専属護衛騎士がいた。両親や兄姉たちはまだ来ていないようだ。
「兄様……」
先ほどよりもゆっくりと距離を詰め、兄様が眠るベッドの脇に行く。
兄様の顔は青白く、私が呼びかけても目を覚ます気配はない。
「先生、ランディ兄様の容態はどうなのですか?」
兄様の手を取って脈を図る侍医を見ながら尋ねる。
侍医は、兄様の手をそっと下ろしたあとにこちらを向いた。
「毒に慣れておられますゆえ、命の心配はございません。もう少しすれば目を覚まされるかと」
「そうでしたか。ありがとうございます」
目礼をし、侍医から視線を外すとランディ兄様に移す。
兄様の顔を見てから、今度は兄様の侍従に顔を向けた。
「ランディ兄様はなぜ毒を盛られたの? 毒を口にした経緯を教えてもらえる?」
「そ、れは……。申し訳ございません。いくら第三王女殿下といえども、申し上げるわけには……」
侍従は焦るような表情のあと、さっとうつむいた。そのまま部屋が静まり返る。
「……いい、話してやれ」
静寂により時を止めた部屋に、掠れた声が命を吹き込む。
慌てて顔を向けると、こちらを見ているランディ兄様と目が合った。相変わらず顔は青いまま。けれど、兄様の目は力強かった。
「兄様、お加減はいかがですか?」
診察を始める侍医の邪魔をしない位置から兄様に話しかける。
兄様はかすかにうなずいた。
「大丈夫だ。心配かけたな。……リアはこちらの事情を知っている。全部話してかまわない」
ランディ兄様は、前半は私に優しく、後半は自身の侍従に主らしい態度で言った。
兄様の言葉を受けて、侍従が頭を下げる。それから侍従は私の方を向き、事件当時の話をしてくれた。
侍従が話す内容は、私が知るものとほぼ同じ。
ただし、いつもとは違い、今日はさらに手紙の内容が激しいものだったそうだ。
私が詳しく尋ねると、侍従は困った顔をしながらも内容を教えてくれた。なんでも、殺人をほのめかすものだったらしい。
侍従から、「これがその手紙です」と手紙を渡されて中を見る。
手紙には、『私という恋人がいるくせに、ほかの女に笑いかけるなんて許せない! 殺してやる!』と書かれており、さらに便せんを埋め尽くすようにびっしりと『死ね死ね死ね』と書き綴られていた。言うまでもなく呪いの手紙だ。
あまりの気持ち悪さに、つい手紙を放り投げそうになる。
だがこの手紙は大事な証拠であり、なおかつ私のものではない。すんでのところで思いとどまった。
そんな私に侍従が、「これを放り投げないなんて、第三王女殿下はすごいですね」と驚く。
彼の言葉で、兄様は放り投げたのだな、とその時の様子を容易に想像することができた。
兄様らしいと言えば兄様らしいが、それはともかくとして。
普段よりも過激な手紙を見て、さすがのランディ兄様もまいったらしい。
『もう考えたくない、護衛も増やしたから』と体を動かしに訓練場に向かった。逃げたとも言う。
ランディ兄様が訓練場に行くと、事務処理をしていた衛士に話しかけられた。
衛士は、兵士宛に届けられたプレゼントを配って歩いていたらしい。
ただ、ランディ兄様の場合は食べ物だったので、衛士は処分する旨を伝えるだけのつもりだったようだ。
しかし処分の前に、ちゃんと中身を確認しておく必要があった。
「中を確認してほしい」と衛士に頼まれた兄様は、規則ならば仕方がない、とこれを承諾。兄様の立場を考慮して、衛士が袋を開けた。
かくして、中が見えない袋の中には、予想どおり食べ物――クッキーが入っていた。
一見するとなんの変哲もないクッキー。だが、ふと何かが光り、気になった兄様がクッキーを手に取り割ってみた。
直後、中からダークブラウンの髪の毛らしきものがごそっと出てきた。
兄様は反射的にクッキーを投げ捨てる。まあ、誰しもそんなもの持っていたくないからね。至って普通の反応だろう。
投げ捨てられたクッキーは当然のごとく砕けた。よく見れば、クッキー生地よりもさらに白いものが混じっている。
ランディ兄様はすぐに飛び跳ねるようにして後退した。
かたや衛士は、しゃがんで白いものをじっと見つめる。そして一言、「爪?」とつぶやいた。
ついに耐えきれなくなったランディ兄様が叫び声を上げた。
兄様はあまりの気持ち悪さにえずきながら外に飛び出す。
兄様が草むらで吐いていると、近くにいた騎士が状況を確認、慌てた様子でコップと水差しを持ってきた。
騎士はコップに水をくみ、兄様に渡す。
兄様は水を飲み、舌にしびれを感じた。
毒と気付いた時にはもう遅い。すでに興奮していた兄様は気持ちが最高潮にまで高ぶり意識を失った。
だが、内臓を痛めたわけではないらしく、血は吐かなかったそうだ。
以上がランディ兄様に起こった出来事だ。
かなり詳細に語ってもらったので、事件の様子がやすやすと目に浮かぶ。同時に、一つ気になった。
「兄様に毒を盛った犯人は誰なのですか?」
そう。侍従の口からはまだ犯人の名前が出てきていない。そこが一番大事だと告げれば、侍従の眉間にとてつもなく深い皺が寄った。
「それがわからないのです。目ぼしい人物はいるのですが、証拠もなくて……」
「誰も見ていなかったの? 一人くらいいるでしょう?」
「いえ、ランドルフ殿下が直前に声を上げられたことで、訓練場にいたほぼすべての人が殿下に視線を向けました。みな、何が起こったのかとじっと殿下を見ていたように思います」
目撃者が一人もいない? なら、水を持ってきた騎士はどうなのか。
抱いた疑問について尋ねると、「騎士の時は目撃者がいて、犯行は到底無理だと判断されました」と侍従が答えてくれた。騎士も違うようだ。
ほかに事件の手がかりになるようなものはないか。些細なことでもいいからと侍従に聞いてみたけれど、収穫はなかった。
まったくのお手上げ状態に頭が痛い。
こめかみをぐいぐいと指で押していると、侍医の診察を終えたランディ兄様が心配そうにこちらを見た。
「リア、具合が悪いのか?」
「……その優しさは本当に嬉しいですし、ランディ兄様の美徳ですわ。でも元はといえば、兄様がすぐにお父様にご報告をなさらないから、ですが?」
「いや、その……ははは」
笑い事ではない。話を逸らせると思ったら大間違いだ。
「そもそも、部屋よりも外の方が危険ですのに、なぜ訓練場に行ったのですか?」
「だって部屋でじっとしているのは性に合わないから……そ、そんなに怒らないでくれ」
「怒りたくもなります。知らせを聞いて心臓が止まるかと思ったのですよ? もう兄様は完全に回復するまでベッドから出ないでくださいね。先生もそのようにお願いします」
侍医の顔を見ながらしっかりと念を押すと、侍医が力強くうなずいた。
「そうですね。第二王子殿下はいつも動いておられるので、たまにはゆっくりと体を休ませるのがよろしいでしょうな」
「えっ!? そんな、リアぁ……」
「兄様、おとなしくしていないと、ウィル兄様に言いつけますよ?」
兄様が起き上がってこちらに縋りつこうとしてきたので、すかさず兄様を制止させる魔法の言葉を告げる。
とたんにランディ兄様がベッドに横になった。
さすがは長兄。ウィル兄様の名は効果が絶大だ。
ランディ兄様はキルトを肩までかけると、ぶるぶると体を震わせていた。
その後、ほかの兄姉と両親が訪れて、ランディ兄様の寝室はにぎやかになった。家族七人勢ぞろいならこのにぎやかさも当然ね。
みな一様に心配していたけれど、ランディ兄様はことのほか元気で、すぐに解散となった。
なお、すぐに報告しなかったランディ兄様は、ウィル兄様とお父様にこっぴどく叱られていた。
これに懲りて、「ま、いっか」と物事を流さなくなればいいのだけれど……叱られている兄様を見る限り難しいかもしれない。




