見劣り姫は次兄の心配をする2
翌日。公務も授業もないため、王女宮の庭で基礎体力を伸ばす鍛錬をする。
走るには少し不向きな庭を走り込み、休憩をとる。
休憩時間はヘラの独擅場だ。日焼け止めの軟膏を、これでもかというくらい塗りたくられる。
そんな中、後ろから声をかけられた。振り返ると、暗部のフィスが片膝をついて控えていた。
「ご休憩中に申し訳ございません。先日の件で、殿下に急ぎご報告したいことがございます」
「何かしら?」
「第二王子殿下のお心煩いについてです。原因は恋文によるものでした」
「…………え? ……あ……恋文?」
思ってもいなかった斜め上の報告に思考が止まる。
ランディ兄様の元気がなかったのは、恋煩いのせいだった? でもそうだとしたら、兄様のあの姿は納得がいかない。
しかしフィスは恋文によるものと報告している。もう何がなんだかわからない。
混乱する私の耳に、再びフィスの声が届いた。
「はい。初めの恋文は三か月ほど前。その一か月後に二通目が届き、三通目は半月後、と徐々に間隔が狭まり、現在は毎日送られてきているようです」
「ひっ!?」
全然ほのぼのとしていなかった!
あまりの気味の悪さに思わず悲鳴を上げる。
とっさに自分を抱きしめるように両手で腕を掴むと、遅れて体がぶるりと震えた。
「手紙の内容も、最初は普通の恋文だったものが、現在では過激なものになっているようです」
「か、過激とは……?」
「『浮気をしたら許さない』、『どうして私だけを見てくれないの? あなたは私の恋人でしょう?』、『今日話していた女は誰? あなたには私だけでしょう?』といった内容ですね。第二王子殿下からすれば、どれも事実無根なものばかりです」
「……」
興味本位で尋ねてはいけなかった。身に覚えがない者からすれば、その内容は恐怖でしかない。
ランディ兄様の顔が曇るのも激しくうなずける。現に私も、思いきり頬が引きつっているのだから。
訊かなければよかったと思いつつ、気を取り直して別の話題を振る。
「かなり大事だったわね……。差出人は誰? ランディ兄様はこの件に関して何か対策をとっているの?」
「匿名の手紙だったため、差出人の特定をするよう、第二王子殿下が少し前に配下の者に指示なさいました。結果、命は狙われないとご判断、成り行きに任せることにされたようです」
ランディ兄様は楽天的なところがある。命に係わらなければ動かない、という考えに至ったとしても不思議ではない。
「そう。あなたは差出人を突き止められたの?」
「申し訳ございません。まずは異様な状況をご報告申し上げようと先走りました。いかなる処分もお受けする所存にございます」
「必要ないわ。兄様の状況を先に知ることができてよかったもの。続けて差出人を調べてもらえる? もちろん秘密裏にね。差出人が判明したらまた指示を出すわ」
「かしこまりました」
頭を下げたフィスは次の瞬間、文字どおり消えていた。私が覚えた『気配消し』だけでは不可能な芸当だ。まだ知らない技術があるのかもしれない。
そんなことを考えながら待つこと半日。読書をしている私のもとにフィスが報告にやってきた。
「殿下、再び御前を失礼いたします」
「差出人がわかったのね?」
「はい。差出人の名はカイリー・トムリンソン、十七歳。現男爵の娘です」
「男爵家のご令嬢?」
恋文というくらいだ。差出人は令嬢だと思っていた。庶民が王子に手紙を出してもまず届かないから。でも、まさか男爵令嬢だったとは思わなかった。
王族の結婚相手は伯爵家以上と決まっている。男爵家の娘では恋人にすらなれない。
それなのに、王子を恋人とする内容の手紙を送っていたとは、どういうことだろうか。
精神が病んでいる? ありえなくもない。とにかく、陰謀ではなさそうね。
「ああ、だからランディ兄様は調査を打ち切ったのね。令嬢なら襲ってこられても難なく対処できるもの。でも、こうして精神的にまいっているのなら、対処した方が早いでしょうに」
「手紙だけではどうとでも言い逃れできます。少し苦しいですが、『物語を送っていました』と言い訳すれば、罪に問うことは難しいかと」
ヘラが意見する。言われてみれば確かにそうだ。
男爵令嬢が犯罪に手を染めたのなら対処できるけれど、今の時点では罪と言えない状況。兄様が行動するのはちょっと難しい。
「そのとおりね。彼女が何をしたいのか、動機が知りたいわ。あと、彼女の周りで怪しい人物がいないか、困ったことが起きていないか、調べてきてちょうだい」
報告を受けて新たな指示を出すと、フィスが返事をして去っていった。消えていったとも言うがそれはさておき。
次の報告まではしばらく間が空く。その間に私にできることはないので、通常どおりの生活を送ることにした。
だがその数日後、事件が起きた。
事が起きたのは儀礼の授業を受けている時。突如部屋の扉が叩かれて驚いた。
文字どおり叩くと言った方が正しいノック音に、先生と顔を見合わせる。
なんだろうと疑問に思っていると、扉の脇に控えていたヘラが話を聞き終えたようで扉を閉めた。
そのままヘラがこちらに歩いてくる。よく見れば、彼女の眉間にはわずかな皺が寄っている。悪い予感しかない。
ヘラは私たちのすぐ側までやってくると、声量を抑えて報告してきた。
「第二王子殿下が何者かに毒を盛られました。現在処置中とのことでございます」
「っ!」
報告の内容に驚き、勢いよく立ち上がる。
は、は、と呼吸が浅くなり、鼓動が嫌な感じでどくどくと脈打つ。
意識して呼吸を元に戻そうとするがうまくいかない。
視線をさまよわせながら意識を紛らわせて、なんとか呼吸を落ち着かせた。そのまま静かに席に着く。
「殿下、よく我慢なさいました。本日の課題は完璧です。少し早いですが、これで終わりといたしましょう」
「……本日もありがとうございました」
始まってからまだ二十分しか経っていない。少し早いではなく、ものすごく早い。
先生の気遣いを感じ、深く感謝する。
先生は軽くうなずくと挨拶をし、部屋を出ていった。
「ヘラ、ランディ兄様は今どこに?」
「王子宮のお部屋にいらっしゃると聞いております」
「わかったわ。すぐに行きましょう」
ヘラとメイナードを伴って、ランディ兄様の部屋に行く。
ゆっくり歩いてなどいられない。気持ちが急いてつい早足になる。
でも人目の心配は無用だ。ここは一般の人が通る廊下ではない。
それに、私の噂が出回っていた頃とは違い、今はお父様が手を尽くされたあと。貴族はともかく、使用人が私の噂を口にすることはない。
ヘラやメイナードも、何も言わずについてきてくれた。
【お知らせ】
善は急げということでさっそく1話を改稿しました。
このお話は何もかも手探りでやっております。
今後も様子を見ながらあれこれ変更していくつもりです(ストーリーは変えません)。
なお、サブタイトルを入れましたがまったく効果がなかったので、のちほど削除したいと思います……。
ご不便とご迷惑をおかけしますがどうぞよろしくお願いいたします。




