褒賞と打診【イライアス】
「イライアス・レイリー。陛下がお前に話があるそうだ。すぐに陛下の執務室に向かうように」
「はっ!」
御前試合の日から数日後。いつものように訓練場で鍛錬していると、上司である騎士隊長から声をかけられた。
陛下が自分を呼んでいると聞いて、一瞬何かヘマをしたのかと考えたが、すぐに思い直す。御前試合の褒賞がまだだったことに気づいたからだ。
しかし、と再び首をひねる。
昨年の優勝者はその場で陛下に希望の褒賞を告げていた。私はなぜか話をされていない。
考えてはみるが、陛下のお考えなど私にわかるわけがない。とりあえず身だしなみを整え、陛下の執務室に向かった。
陛下の執務室の前に行くと、扉脇の衛士に取り次ぎを願う。
少し待てば、陛下の近侍が中に入れてくれた。
部屋の中は簡素だった。
左右の壁には本棚があり、隙間なく本で埋め尽くされている。
入り口のすぐ脇には応接用のテーブルセット。中央奥には陛下の執務机があり、机に向かって陛下が座っている。
不躾にならない程度に辺りを見ると、即座に礼をとる。
「イライアス・レイリー、陛下のお呼びと伺い、参じました」
「ああ、呼びたてて悪かったね。少々込み入った話をしたいから、そこにかけてくれるかい?」
陛下の口調は穏やかで命令調ではない。
けれども、自ずと従いたくなるような不思議な力があった。
断りを入れて示された席に座る。陛下も向かいの席に来た。
席に着こうとした陛下が前かがみになり、あの方と同じ金色の髪が少しだけ肩から離れる。だがすぐに定位置に戻り、残念に思った。
「さて、まずは御前試合優勝おめでとう。今年はいろいろあってね、会場で君の望みを聞けなかった。せっかく優勝したのにお披露目できなくてすまなかったね」
「とんでもないことでございます。私は、優勝した姿を他人に見せびらかしたいわけではございません。望みの役職に就くための力を欲したにすぎないのです」
「そうか。君の夢は幼い頃から変わらないのだね?」
あの方とまったく同じ色の、透き通る青が私に向けられる。
目が合うなり、陛下の目が少しだけ細まった。私を見定めているのだろう。
恥じることは何もなく、ましてやましさなどあるはずもない。陛下の言葉に、力強くうなずく。
「はい。私の夢に何一つ変化はございません」
「よかろう。……と言いたいところだがね、それではだめなのだよ」
陛下の言葉に軽く目を瞬かせる。何がだめなのだろうか。
疑問に思っていると、陛下がにこりと微笑んだ。
「君の望みを叶えるためには、ある条件をクリアしなければならない」
「私にできることであれば、粉骨砕身精進する所存にございます」
「ああ、そんなに身構えなくてもいい。むしろ君にしかできないことだ。ほかの者に課する気はない」
謎かけのようでますますわけがわからない。
思わず首を傾げる中、陛下がさらにとんでもないことを口にした。
「条件というのは至って簡単。我が娘、グロリアーナと婚約するだけだよ」
「……第三王女殿下と、誰が婚約をするのですか?」
聞き間違いかと思い、陛下に尋ねる。だが返ってきた言葉は同じだった。
「もちろん君だよ。騎士イライアス・レイリー。君にその気があるなら、うちの可愛い末娘を娶ってもらいたい。君が最有力候補だからね」
「は……、あの……?」
思いもよらぬ条件に思考が追いつかない。
慌てて大きく息を吸い込むと、無理やり脳に酸素を送って頭を再稼働させる。
「恐れながら陛下。第三王女殿下と私とではいささか年が離れているかと存じます」
「ふむ。君はうちの一番上の子と同い年だったね。今は二十二歳、あの子とは十歳差か。ウィルバートからグロリアーナの話を聞いているのなら、妹のようにしか思えないのもわかるがね」
「はい。恐れ多くも、私は第三王女殿下を妹のように思っております」
あの方と初めて顔を合わせたのは、あの方が生まれてすぐの時。ゆえにどうしても妹枠に収まってしまう。
あれから十二年の月日が経ったとはいえ、私とあの方の年齢差が縮まるわけでもない。婚約と言われても戸惑いの感情しかない。
「そうだろうね。だが、十歳前後の年の差なんて貴族社会では当たり前。それに、君の一族なら、そんなに気にする問題でもないと思うが、違うかい?」
「それはそうなのですが……」
確かに陛下の言うとおりだ。政略結婚なら十歳差なんてざらにある。祖父母も九歳差だ。
さらに陛下がおっしゃる『レイリー公爵家に受け継がれた気質』を考えると、十歳差など些末に思えてくる。
だが、心はそう簡単に割りきれるものではない。
「それとも何か? 君は例の噂を信じていて、婚姻を遠慮したいと?」
少しだけ陛下の声が低くなる。表情もやや硬い。私が答えを間違えたら、婚約の話どころか護衛の話すらなくなるおそれがある。
とはいえ、私は殿下の噂を信じていないので問題はない。
「滅相もございません。殿下が努力家でいらっしゃることは、王太子殿下や第一王女殿下より伺っております。兵士たちの激励のために訓練場を訪ねられた際も、殿下は熱心に騎士隊長の話を聞いていらっしゃいました。殿下の噂など、みじんも信じてはおりません」
「そこは合格。だが婚約はためらうのだね。まあ、婚約者にならなくても、あの子の専属護衛にはなれるから強制はしないよ。その代わり、筆頭護衛騎士にはなれない。今のはなんと言ったか……」
「メイナード・マクシェーンです」
陛下が言葉を詰まらせると、すかさず側に控えていた近侍が口を挟んだ。
「そうそう。メイナード・マクシェーン。彼と同じ地位には就けなくなる。それでもかまわないなら、断ってくれていい」
専属筆頭護衛騎士は、ただの専属の護衛騎士よりも長く護衛対象の側にいる。
護衛だとしても、婚約も婚姻もしていない若い男女が一緒に部屋にいるのはいただけない。
なるほど、だからこその婚約か。
陛下は断ってもいいと言うが、ただ専属護衛になるだけではだめだ。私の夢が中途半端にしか叶わなくなる。
となれば答えは一択。ただし、そのままでは受けない。恐縮の限りではあるが、背筋を今以上に正してしっかりと陛下に告げる。
「いえ、ぜひともお受けしたいと。ただ、婚約をお受けする場合、二つほど条件を付け加えさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「君の婚約でもある。言ってみるといい」
「はい。第三王女殿下がこの婚約に難色を示されましたら、すみやかに婚約を解消できるよう付け加えていただきたく存じます。また、殿下に意中の相手ができた場合も同様に、婚約を解消させていただければ、と」
第三王女殿下はまだ十二歳だ。これからもたくさんの経験を経て、大人へと成長していくだろう。
その過程で恋愛することだってきっとあるはずだ。私が障害になることだけは避けたい。
「ふむ。あの子のための条件だが、君はそれでかまわないと?」
「この条件は、私のためでもあるのでございます」
「なるほど。ならばその条件も契約に入れて公爵に話をしよう。君が契約書を確認し、納得のうえで公爵にサインをしてもらうといい」
「ありがとうございます。隅々にまでお心を配っていただき、身に余る光栄でございます」
陛下に手で制されたので、立ち上がることはせずにその場で深々と頭を下げる。だが、それもすぐに制された。
「まだだ。頭を上げなさい。グロリアーナ専属の筆頭護衛騎士になるための必要な条件はクリアしたがね、それだけではまだ不十分。絶対に満たさなければならない条件がある。わかるかね?」
陛下に言われて、静かにうなずく。一つ心当たりがある。専属筆頭護衛騎士になるための、というよりは殿下の婚約者になるための条件だ。
「爵位、でございますね?」
私が保有している爵位は騎士爵のみ。殿下が降嫁するには最低でも伯爵位が必要だ。
「さよう。いくら王家といえども、そう簡単に爵位を分け与えてやれない。伯爵位ならなおのこと。よって、君には相当頑張ってもらわなくてはならない」
「覚悟のうえでございます。ですが、私にできることと言えば武の力しかございません」
私には武技しかない。ほかのことで功績を挙げよ、と言われても無理だ。
しかし、王都で武力が必要な事件は起こっていない。でっちあげるなどもってのほか。
どうしたものかと陛下を窺えば、陛下は意味ありげな笑みでこちらを見ていた。
「心配はいらない。君には西の辺境に行ってもらう。そこで武勲を挙げなさい」
「西の辺境は、間に流れる川の所有権をめぐって隣国と争っていたかと」
「そうなんだよ。数年前まではうちのものだと向こうも認めていたのに、貴重な資源が眠っていると知ったとたんに難癖をつけてきてね。辺境伯領ごと奪おうと攻めてくるのだから困ったものだ。ま、追い返してやったけれどね」
追い返したのは事実だが事あるごとに攻めてくる。
それがかれこれ五年。追い返すたびに制裁はしているが、向こうは諦めていないようで、何かと攻め入ってくる。かといって、こちらから攻め入るようなことはしていない。隣国にうまみがないからだ。
だが、いつまでもこの状態を続けるわけにもいかない。
そろそろ引導を渡してやろう、というのが陛下のお考えらしい。
「というわけで、君にその役目を託したい。国の被害を最小限に抑えつつ、うまいこと隣国に決定打を浴びせてくれないかい?」
「かしこまりました。殿下の婚約者となれますよう、辺境の地で武勲を立ててまいります」
「ああ、頼んだよ。……それから、婚約の話はまだ伏せておくように。あの子によけいな気を遣わせたくないからね」
当然だろう。私が武勲を立てられなければ、婚約の話は流れてしまう。陞爵が確実となるまでは、第三王女殿下であっても知らせない方がいい。
陛下に諾と返事をすると、執務室をあとにした。




