第22話「エディーが抱える秘密」
次第に、陽の光が橙色を帯びて世界を照らし始めた頃——マイン達は、口を閉ざしたエディーからの言葉を待ち、静かに佇み続けていた。
静寂が身を包み、長い沈黙に思わず姿勢を崩したくなるも、この静寂を終わらせるのはエディーの言葉でなければならないと、マイン達は少し緊張した面持ちでエディーの顔を見つめている。
エディーは、過去に家族と会話をした内容を思い返し、不安な想いを抱えながらも、ゆっくりと瞼と共に口を開いて話し始めた。
——「……父さん、兄さん、どうして……この『力』は人に言ってはいけないの……?」——
ある日、まだ幼く、事の重大さに気が付いていなかったエディーは、父親と少年時代のアベルに問い掛けた時があった。
父親と思しき長髪の男性は、寝台に座っているエディーに目線を合わせると、神妙な面持ちで口を開き、言葉を紡ぎ始めた。
——「それはな……エディー、お前が持つ『力』は……他者にとっては受け入れ難いものだからだ。」——
——「どういう……こと?」——
——「お前の『力』を秘密にすることは、お前を守ることにも繋がる。だから……その秘密を、誰かに話してはならない。お前が傷付かないために……必要なことだ。」——
アベルがエディーの頭を撫でて説得を試みると、エディーはこくりと頷いて疑問を投げ掛ける。
——「うん……わかった。父さんと兄さんがそこまで言うなら、だれにも言わないって約束するよ。でも……どうして、父さんと兄さんにも似たような『力』があって、おれ達だけ……他の人とはちがう『力』を持ってるのかな……?」——
エディーが素朴な質問とばかりに父親に問い掛けると、父親は少し目を細め、優しい声色でエディーからの問いに答える。
——「それは……エディーの言う通り、私達が『他とは違う』からだ。その理由は……」——
そう言って少し目を伏せた父親の瞳が、青く光り輝いていたことを、エディーは今でもはっきりと覚えていた。
「俺は……『繋がる力』っていう『異能』を持っているんだ。」
「……繋がる……力……?」
エディーがマイン達を真っ直ぐに見据えて秘密を告白すると、マインはエディーの言葉を繰り返し呟いて頭に疑問を浮かべる。
「それは……どのような効果を持つ力なのですか?」
ヴェスタが可能な限り柔らかい口調でエディーに問い掛けると、エディーは迷いを振り払った様子で告白を続ける。
「俺が持っている『繋がる力』は……厳密に言えば、『繋がりを得る力』のことで、誰かと誰かの『繋がり』という、目には見えない事象を、異常な共感性によって得てしまう力のことなんだ。例えば……この世界のありとあらゆる事象は、互いに関わりを持つことによって『繋がる』という不可視の現象が起きるんだけど……俺は、直接関わったことのないものでも、その強い力や想いに当てられて見境なく『繋がりを得てしまう』みたいなんだ……。」
エディーが少し目を伏せて話を区切ると、マインは真剣な表情を浮かべてエディーに再び問い掛ける。
「へぇ……それだけ聞くと、あまり大変そうには聞こえねぇけど……実際は、エディー自身にも不調をきたしたり、変な奴に目を付けられるくらいに、何か副作用みたいなのが起きちまうんだろ?」
「うん……今の説明の中でも言った通り、異常な共感性によって『繋がり』を得てしまうから、その時に……体に違和感を感じたり、頭が働かなくなってボーっとしたり、具合が悪くなったり……もし、その想いに負の感情が混ざっていた時には、俺の意識が飛びそうになる時もあるし、酷く苦しくなる時もあるんだ……。」
「それは、まさか……ヒゥヘイムさんの家から抜け出した時や、フロワドゥヴィルが黒い亀裂に襲われた時の言動にも関係しているのか?」
「うん……さっき、俺が『巻き込みたくなかった』って、皆に漏らしていたことがあったってクレールが言ってたけど……それも、俺の異能が影響して漏らした言葉だと思うんだ。」
「そうだったのか……色々と疑問を浮かべていく間に、無意識の内に、エディーさん自身が漏らした言葉だと思い込んでいたのかもしれない。そうとは知らずに……さっきは責めるような言動をしてしまったな……すまない。」
クレールが視線を落として謝罪の言葉を述べると、エディーは首を左右に振ってクレールを励ます。
「クレールは悪くないんだ。俺が……皆を我儘に付き合わせて、異能のことを隠してたから……こんな状況じゃ、俺のことを疑っても仕方ないと思う。だから……謝らないでくれるかな……?」
エディーが心配そうに、クレールの顔を覗き込むように体勢を変えて声を掛けると、クレールは顔を上げて安堵したように少し笑みを浮かべる。
「……わかった、エディーさんが許してくれると言うなら……これ以上は振り返らないことにしよう。」
「うん……!その方が絶対、お互いに良いと思うんだ。」
クレールの表情に笑みが戻ると、エディーも嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
クレールとのすれ違いが修正されたことを認識すると、エディーは気持ちを切り替えるように一呼吸の間を置いた後、再び真剣な表情を浮かべて話を続ける。
「マインが言ったように、能力の副作用みたいなのは他にも在るんだ。」
「もしかしてだけどよ……その副作用の中に、俺やクレールに異能が発現した訳や、お前が黒い腕に狙われる理由があるんじゃねぇのか?」
マインに指摘されると、エディーはゆっくりと首を縦に振って言葉を紡ぐ。
「……その通りだよ。実は、俺……俺自身を介して、全く関わりの無かった相手同士を『繋がり』によって結び付けたり……繋がった人の潜在意識を刺激して、能力の発現や力の覚醒を促してしまうことがあるんだ……。」
「それで……私やマインさんに異能が発現したのか……!」
クレールが驚いたように目を丸くしていると、マインは思考を巡らせ、フロワドゥヴィルが襲撃された時の光景を思い返す。
「なるほどな……フロワドゥヴィルが黒い亀裂に襲われて、俺とクレールがヒゥヘイムさん達を守るために、無謀にも生ける屍に立ち向かって死にそうになった時に……エディーが、俺達を助けるために隠してた異能を使ってくれたんだな……。」
「そうか……私とマインさんが、エディーさんの異能によって、正式にこの世界との強固な『繋がり』を得た結果……戦えるまでに身体能力が適応したということなのか。流石に、あの時の行動は無謀だったと今でも反省しているがな。」
呆れたようにクレールが苦笑いを浮かべていると、エディーは自身の胸に手を当てて当時の心境を振り返る。
「あの時は、とにかく必死で……皆に、生きていて欲しかったんだ……。」
「異能を使用した結果、盗賊に狙われてしまう事態にもなりましたが……それは、あくまで結果論に過ぎません。これからも、貴方達の功績を称える人は絶えないと思いますよ。」
ヴェスタはマイン達の行動を賞賛した上で、考え込むように顎に手を当てて視線を落とし、とある懸念点を吐露して危険性を指摘する。
「しかし……留意すべき点があるようですね。先程も説明があったように、『見境なく繋がりを得てしまう』というのは、諸刃の剣に成りかねません。」
「そうか……!あの黒い腕がエディーを捕まえて、生ける屍を強化してたのも……ほぼ強制的に『繋がり』を得る力と、繋がった相手の潜在意識を刺激して、力の覚醒を促しちまう効果を利用したからなのか!」
「恐らく、エディーさんは異常な共感性によって、『想い』や『願い』といった類に敏感で影響を受けやすいのだろう。想いに負の感情が混ざっていた場合は、意識が飛びそうになることもあり、苦しんでしまう時もある……だから、あの時のエディーさんは酷く苦しんでいたのか……。だが、エディーさんの力を意図的に利用されたことを踏まえると……あの黒い腕は、事前にエディーさんの異能について知っていた可能性が極めて高くなるぞ。」
クレールが黒い腕の行動について言及すると、エディーは視線を落として記憶を辿りながら言葉を紡ぐ。
「実は……俺の異能については、父さんと兄さんから口止めされていて、誰にも言わない約束をしてたんだ。だから……異能の話をしたのは今回が初めてで、あの黒い腕が俺の異能について知っているはずが無いんだよ……。」
「じゃあ……なんでお前は、あの黒い腕に真っ先に狙われたんだ?どう考えても、あの黒い腕はお前の異能を知ってたかのような動きをしてきたぞ?」
「現時点では、いくら考えても答えは出ないかもしれませんね。エディーが持っている『繋がりを得る力』は、黒い亀裂を打ち破る力としての効力も発揮するようですし、エディー自身が把握していない力も隠されているのかもしれません。」
「確かに……俺は、自分が『治癒魔法』を扱えるだなんて思いもしなかったし……俺自身が理解していない力が、まだ残ってたりするのかな……。」
「さっき言ってた話だと、お前の父親と兄貴は当然、お前の力のことを知ってたんだろ?何か、お前の中で引っ掛かるようなことを聞いてたりしないのか?」
マインがエディーの家族について尋ねると、エディーはどこか悲しげな表情を浮かべて返事をする。
「ううん……幼い頃に、異能のことを隠す約束をした時に、父さんが何か大切なことを話そうとしてくれたことはあったんだけど……幼い頃の俺は、生まれつき体も心も弱くて、異能の影響を顕著に受け過ぎて、外にも出られないような生活を送ってたから……当時の俺にはまだ早いかもしれないって、結局教えてくれなかったんだ。今でも、その話を切り出そうか迷って、聞けずじまいに終わってるんだけど……あの時の父さんが、目を青く光らせながら、『私達家族は他とは違う』って言ってたのが、ずっと印象に残ってるくらいかなぁ……。」
「……ちょっと待ってくれ。お前だけじゃなくて……お前の家族も目が青く光るのか!?」
「…………え?」
マインが思わず声を張り上げると、エディーは目を丸くして気の抜けた声を漏らす。
「もしかして、エディーさんは自身の瞳が青く光ることを知らなかったのか?」
「えっ……いつ?どこで?俺の目が青く光ってたんだ……?」
「そういえば……お前の目が青く光ってたことを話したことは無かったよな。てっきり、お前自身はそのことを知ってるもんだとばかり思ってたぜ……。」
「俺は……異能のことしか教えられてないんだ。それじゃあ……目が青く光るのは、父さんが伝えようとしてた別の話に理由があるのかも……。」
エディーが再び目線を落として考え込むような仕草をすると、不意にヴェスタが口を開いてマイン達に声を掛ける。
「話を戻すようで申し訳ありませんが……マインとクレールに発現した異能について、気掛かりなことがあります。」
「気掛かりなこと?重傷者用の治療薬を取りに行った時に確かめたこと以外に、何か気になるところでもあったのか?」
マインが首を傾げてヴェスタの声に反応すると、ヴェスタは珍しく落ち着かない様子で言葉を続ける。
「実は……マインとクレールの2人に発現した異能と、俺が知ってる人物達の力が、恐ろしいほどに酷似しているんです。ほぼ同じと言っても過言ではないくらいに……。」
「えっ!?それってどういう……」
マインが驚いた表情で声を漏らすと、ヴェスタはどこか遠くを見つめるように大樹へと視線を移し、想いを吐露する。
「俺には……絶対に忘れてはならない大切な方達が居たんです。その方達の名は……『ロキ』様と『クロト』様という、とても勇敢で聡明な御兄妹でした。ロキ様は『炎』の魔力を扱い、『閉ざす力』と呼ばれる1種の『封印魔法』のような力を操っていました。クロト様は『光』の魔力を扱い、『見通す力』と呼ばれる未来を予見する力を操っていたんです。マインがヒゥヘイムの剣に宿した『炎』の魔力や、一部の空間を『閉ざす』ことによって、それが結界の役割を果たし、兵士達を守護したのはロキ様の力と似ていますし……クレールがレドの弓に宿した『光』の魔力や、生ける屍や黒い腕の行動を『見通して』攻防に利用していたのは、クロト様の力に似ているんです。貴方達はロキ様とクロト様にどことなく似ていますし、一時はロキ様達の関係者ではないかと期待したこともありましたが……貴方達が異世界から来たという事実を聞かされたことで、正直な話……俺の頭の中も混乱していて、何がどうなっているのかさっぱりわからない状況ですね。」
ヴェスタが肩の力を抜いて軽く息を吐くと、マインは頭を悩ませている様子で頭に手を置き、疑問を口にする。
「そういうことってあるのかよ……ロキさんとクロトさんって人が、どんな人なのかは知らねぇけど……異能が被るってのは、よくある話なのか?」
「いえ……勿論、ゼロとは言い切れないと思いますが、全く同じ異能を持つ確率は、極めて低いと思われますよ。」
ヴェスタの話を聞き、今まで静観していたラウルが不意に口を開くと、どこか寂しげな表情でヴェスタの顔を見つめ、小さな声で独り言を呟く。
「そうですか……その事実を知っているということは、あなたは……『あの子』の関係者だったのですね……。」
ラウルが独り言を呟いたことに気が付かず、クレールは何か思い当たる節がある様子で当時の体験を思い返す。
「しかし……私達に異能が発現したのは、エディーさんの力を受けてからだ。異能を発現する時……私は長い黒髪の女性を視たり、言葉を交わした記憶がある。」
「そう言われてみれば俺も……異能を発現する時、短い銀髪の人の姿が視えたり、少し話をした記憶があるぜ。もしかして……あの人がロキさんって人なのか!?」
「その可能性は充分にあるぞ。私達が視た彼女達の詳細な容姿をヴェスタさんに伝えれば、答えは得られると思うのだが……」
「尋ねるまでもなく、マインとクレールが視た人物というのは、ロキ様とクロト様で間違いはないでしょう。俺も……生ける屍に立ち向かう貴方達の姿を見て、お2人の姿を投影してしまうほどでしたし……」
マインとクレールの疑問に、ヴェスタが自ら答えを指し示すと、クレールはお礼の言葉を伝えながら更なる疑問を呈する。
「ヴェスタさんがそう仰るのであれば、彼女達はヴェスタさんの大切な方達で間違いはないのですね。しかし……なぜ、私とマインさんが、その御兄妹と『繋がった』のか……」
「エディーの異能の話を聞いた後で考えると、そういうことになるよな……。」
「ああ……『全く関わりの無かった相手同士を結び付ける』にしては、全く同じ異能を持っていたりと、やたらと出来過ぎている気がしなくもないが……」
「ただの偶然だろう。……という理由で片付けるには、いささか無理があるようだが、今ここで全ての問いの答えを得られるわけでもあるまい。」
「それもそうだな……こんだけ収穫があっただけで、かなり進展してはいるもんな……。」
いつの間にか体を丸めていたフィルのぼやきを聞き、マインは一度空気を入れ替えるかのように軽く息を吐いた後、ハッとした表情を浮かべてエディーに声を掛ける。
「……何はともあれ、お前の秘密を知れて良かったぜ。話してくれて、ありがとな。」
「今まで抱えていた秘密を打ち明けるために、かなりの勇気が必要だっただろう。話してくれて感謝するぞ、エディーさん。」
「ううん……お礼を言うのは俺の方だよ。今まで我儘を聞いてくれて、話すための準備を整えるために、時間をくれてありがとう……。」
普段と変わらないマイン達の態度に安堵し、緊張が解れた様子でエディーが笑顔を見せると、ラウルも口元に笑みを浮かべてマイン達に休息を促す。
「一先ず……もう時間も遅くなりそうですし、一度休憩を挟むのはどうでしょう?皆さんにとって、本当に沢山の情報が一度に押し寄せているでしょうし……何事もほどほどにして、体を休めるのも大事なことです。」
「うっ、確かに……一度に色んな情報が入ってきて、頭がパンクしそうだぜ……。1回、情報の整理も兼ねて、この辺で切り上げて休む場所を探さねぇか?」
「それなら、俺の家に泊まりに来ますか?フロワドゥヴィルに戻っても良いですが、また遺跡を訪れるのなら、俺の家からの方が近いですし、貴方達が寝る場所くらいの余裕はありますよ。」
ヴェスタが寝床の提供を提案すると、マイン達は嬉しそうにヴェスタの提案に乗る。
「良いのか!?なら……お言葉に甘えて、今夜はヴェスタさんの家に泊まらせてもらうぜ。」
「遺跡の案内から、宿泊先の提案まで……ヒゥヘイムさんやレドさんだけでなく、ヴェスタさんにも、何から何までお世話になりっぱなしですね……。」
「本当に……良い人達に出会えたお陰で、何とか前に進もうとする気持ちを保っていられるよね……。」
「気にしないで下さい。貴方達の行く末を見たいと言ったのは俺ですし、この世界の通貨も寝床も確保できていない貴方達を放っておくほど、腐ってはいませんので。」
ヴェスタ達が帰宅する意志を見せると、ラウルは少し寂しそうな表情で別れの挨拶を交わす。
「もし……私とフィルを信じて下さるのなら、改めてお話したいことがありますので、また後日に訪ねて来て下さいね。」
「おう、一度休憩を取って頭ん中整理してきたら、またラウル達に会いに来るぜ。」
「そうして貰えると、退屈せずに済みそうだな。流石に、いい加減ここに座ってただ時を過ごす日々にも飽きていたところだ。お前達が日々の変化を齎してくれるというなら、歓迎するぞ。」
「コラ、皆さんはフィルの退屈を凌ぐための道具ではないのですよ。とにかく……もう既に陽が落ち始めていますし、帰宅するなら夜に入る前に辿り着くのが理想でしょう。どうか、生ける屍には気を付けて帰宅して下さいね。」
「はい、ラウルさんとフィルさんとお話出来て良かったです。では……また後日に、お会いしましょう。」
クレールが2人に向けて軽く頭を下げると、マイン達も同じように会釈をして踵を返し、大樹が鎮座する庭を後にする。
遺跡を出立する頃には、空が赤みを帯びて暗くなり始めており、マイン達は足早に湖の畔を歩いてヴェスタの家に向かう。
次こそは家に帰るための方法を見つけるために、遺跡へと赴いていたマイン達だったが、想像を遥かに超える事実を突き付けられたことで、マイン達の細やかな願いが叶う日は更に遠のいてしまった。
マイン達は、次第にヴェスタの家が視界の中に現れ始めると、まるで遠く離れた存在となってしまった故郷を見つめるかのように、ヴェスタの家に視線を送っていた。
次に家に帰れる日は、いつになるのだろうか——そんな先行きの見えない明日に、少なくない不安を抱えつつも、マイン達はヴェスタの家に辿り着き、ヴェスタが扉の鍵を開けるまで待った——。
次回投稿日:5月1日(金曜日20時頃)




