第21話「帰郷への道」
少しずつ、陽の傾きが顕著になってきた頃——群青を帯びた灰色の毛並みを持つ狼と青白い毛並みを持つ猫を前にして、マイン達はただ呆然と立ち尽くし、そよ風が鳴らす葉音だけが静かに奏でられていた。
しばらくの沈黙の後、あまりに動かないマイン達の様子を見兼ねて、純白の毛並みを持つ猫は呆れたように体の力を抜いてマイン達に声を掛ける。
「いつまでそうして固まっているつもりだ?ここには、手掛かりを探すために訪れたのだろう?そのまま石像になるために来たわけではないはずだが……」
猫が男性の声色で人語を話すと、エディーはハッとした表情を浮かべて叫び声を上げる。
「うわぁあああ!?猫が喋った!?これも、お化けの仕業……」
「んなわけねぇだろ。さっきからお化けに反応し過ぎだろ、エディー。」
エディーが急に叫び出すと、マインが冷静に突っ込みを入れて静かだった空気に活気を取り戻す。
エディーの言葉を聞き、猫は不意を突かれたかのように顔をしかめて視線を下に落とすと、唸るように声を漏らしながら独り言を呟く。
「……あながち間違いではないというのが、返答に困るのだがな……。」
どうしたものかと、猫が頭を悩ませて俯いていると、クレールが未だに信じられない様子で狼達に問い掛ける。
「その……先程も、狼の方が『あながち間違いではない』という言い方をされていましたが……一体、どういうことなのでしょうか?お2人は一体……何者なのですか?」
クレールが狼達の正体を探ると、狼は微笑みながらマイン達に近付くように促す。
「気になる点が多いのは感心しますが、距離があっては話をするのにも寂しいですし……一先ず、もう少し傍まで来て下さいな。」
狼が勿体ぶって口を噤んでしまうと、マイン達はお互いの様子を伺うかのように顔を見合わせ、狼達に歩み寄る。
マイン達との距離が近くなったことを確認すると、狼はマイン達を見上げて満足そうに頷きながら再び口を開いた。
「では……まず、お互いに自己紹介から始めましょう。私の名前は『ラウル』。狼の姿をした『守護獣』として、かつては東に栄えていた国を守護しておりました。ここで出会ったのも何かの縁です。改めて、よろしくお願いしますね。」
群青を帯びた灰色の毛並みを持つ狼——『ラウル』は自己紹介を済ませると、隣に腰を落ち着けている猫の顔に視線を移して声を掛ける。
「……ほら、あなたも自己紹介したらどうですか?」
「言われなくてもわかっている。俺は『フィル』。猫の姿をした『守護獣』として、かつては西に栄えていた国を守護していた。一応……だがな。」
ラウルに急かされると、青白い毛並みを持つ猫——『フィル』が続けて自身の名前を伝える。
「へぇ……あんたらは、『神獣』として国を守っていたのか?……じゃなくて、本当に守護獣って存在してたのか!?」
マインは感心したかのように声を漏らした直後、驚いた表情を浮かべて思わず声を張り上げた。
エディーはマインの叫びに感化されて動揺した素振りを見せ、クレールは頭痛でも訴えるかのように瞼を閉じて空を仰ぐ。
「そ……そうだ、マインが疑問に思った通り……俺達が住んでた国じゃ、守護獣という価値観はあっても、実際に人語を話す動物が居るなんて聞いたことが無いし……俺、やっぱり夢でも見てるのかなぁ……。」
「あ、ああ……確かにそうだな……。この数日間で、私達の常識とはかけ離れた事象に遭遇し過ぎて、感覚が麻痺しているような気がするな……。」
現実を受け止め切れない様子のマイン達に、ラウルは意味深長な声を掛けながらもさり気なく自己紹介を促す。
「実際に、皆さんは皆さんの常識とはかけ離れた事象に遭遇しているのですから、そう思ってしまうのも無理はありません。取り合えず、皆さんのお名前をお聞きしても宜しいですか?」
ラウルのどこか含みのある言葉を聞き、マイン達は訝しげな視線をラウル達に送るも、一先ず礼儀は果たさなければと次々に自己紹介を始める。
「お、おう……俺は山天マインだ、よろしくな。」
「私はクレールと申します。以後、お見知りおきを。」
「俺は、エディー・イーグルトンと言います。最初はびっくりしてお化けとか言っちゃったけど……改めて、よろしくお願いします。」
「ヴェスタです。今まで、この遺跡に滞在していらしたのなら、ご存知かと思いますが……俺は、この遺跡の管理を行っていましたので、俺の姿は見かけたことがあるかと思います。」
「ええ。私達はずっと……この庭で長い時を過ごしてきましたから、一度はここを訪れたことのある皆さんのお顔でしたら、ちゃんと覚えておりますよ。」
ラウルが得意げに鼻を鳴らして自信満々に答えると、マインは当時の光景を思い返して口を開く。
「ここでずっと暮らしてきたのか。ここで倒れてた時は、とにかく帰ることで頭が一杯だったからな……あんたらが居たことに、全然気付かなかったぜ。」
「当然だ。お前達がここで倒れていた時、俺達は姿を消して身を隠していたからな。動揺して狼狽えている様は、中々見応えがあったぞ。」
「えっ!?あの時の様子も見られてたなんて……な、なんだか恥ずかしいなぁ……。」
フィルが記憶を辿ってマイン達を茶化すと、ラウルは柔らかな声色ながらもフィルの言動を咎める。
「コラ!そんな風に彼等を嘲笑ってはいけませんよ。運命に翻弄される人の心情は、私達が一番よく理解しているでしょう?」
「むっ……確かに、それはそうだな。嘲笑うつもりはなかったが……気を悪くしたのなら、素直に謝罪しよう。すまなかった。」
ラウルに諭され、フィルが頭を下げて謝罪の言葉を述べると、マインは首を左右に振って疑問を口にする。
「いや、特に気にしてねぇから、そんな深く謝らなくてもいいぜ。それより……俺達が探し求めている答えを話すとか、俺達が手掛かりを探してることを知ってたりとか、俺達の常識とはかけ離れた事象に遭遇してるだとか……色々と引っ掛かる言い方をしてるし、そっちの方が気になって仕方ないんだけどよ……。」
「もしかして……ラウルさん達は、私達が元居た場所まで帰る方法をご存知なのではないでしょうか?もし、その方法をご存知なのであれば……是非、教えて頂きたいのですが……」
藁にも縋る思いでクレールが問い掛けると、ラウルは首を縦に振って口元に笑みを浮かべる。
「ええ、勿論。しかし、残念ですが……私達は、直接皆さんが帰るための方法を提示できるわけではありません。ですが……そのための道を示すことは可能ですし、私達は皆さんの手助けをするために姿を現したのです。」
「なるほど……念のために、貴方達に伝えておきますが……『守護獣』は人が祀り、崇めている特定の動物のことを指します。永い時を生き続けた守護獣は、神格のような存在となり、人語を介すようになるのだとか……。」
「じゃあ、ラウルとフィルは、その……永い時を経て、神格化した守護獣ってことになるんだな?」
「ええ、その解釈で間違いはありません。」
ヴェスタの解説にマインが納得したように頷き、ラウルが肯定して相槌を打つと、ヴェスタはラウルに改めて問い掛ける。
「貴方達が守護獣であるなら、今まで姿を見かけなかった理由も頷けます。今まで、人が訪れる度に姿を消していたのでしょう。実際に祖先の代から、この遺跡は俺の一族が管理をしてきましたが……今まで、貴方達が姿を現したという記録はありません。しかし、貴方達が姿を現した理由と、彼等がこの遺跡で倒れていた理由が繋がるというのですか?」
「ええ。皆さんは既に、不可思議な現象を目の当たりにしているはずです。あれらは、皆さんにとって立派な手掛かりの1つですし、私達と皆さんを繋ぐ架け橋なのですよ。」
ヴェスタの問いにラウルが言葉を返すと、マイン達は首を傾げて黙り込んでしまい、フィルはとある場所に視線を移して話を続ける。
「お前達は、さっき遺跡の中を探索していただろう。その時に、ヴェスタの記憶に無い事象にも遭遇していたはずだ。」
「まさか……教会に置かれていた真新しい書物と、書斎で動かされた形跡のある書物のことを仰っているのですか……?」
フィルが教会に顔を向けていることを悟り、クレールが目を見開いて疑問を口にすると、フィルは満足そうに頷いてクレールの問いに返答する。
「その通りだ。お前達がその程度の記憶すら無いのではないかと心配したぞ。」
「一々煽るような真似はしなくていいのですよ、フィル。申し訳ありませんね……フィルは皮肉で返す癖がありますので、皆さんの気を悪くしてしまうことが間々あるかもしれませんが……どうか、お気になさらないで下さいね。」
「ふん、この言葉遣いは昔からだ。今更治すことなどできん。今はそんなことより……早く本題に入ってやらぬば、奴等も落ち着けずに憐れなままだろう。」
「それは……そうかもしれませんね……。皆さんは一刻も早く帰郷したいと願っていらっしゃるのに、ぐだぐだと先延ばしにしてしまっては、まるで皆さんの想いを弄んでしまっているようで、申し訳が立ちませんね。では……そろそろ、皆さんに私達が伝えたいことをお話させて頂きますが、心の準備は宜しいですか?」
ラウルが再び含みのある問いをマイン達に投げ掛けると、マイン達は困惑したようにお互いの顔を見合わせてから返事を伝える。
「あ、ああ……どういう意図があって、そんな聞き方をしてるのかは知らねぇけど……俺達は、早く帰って会いたい人達が居るんだ。」
「どれだけ過酷な旅になろうと、必ず……元居た場所まで戻らなければならない。そのために必要なことであれば、最善を尽くす所存です。」
「一体、何が起きてるのかはわからないけど……俺達は全員、大切な人の所に戻らなくちゃならないんだ。だから……ラウルさん達が、そのための道を指し示してくれるなら……是非、教えてくれないかな……?」
3人が決意を込めて心情を吐露すると、ラウルは一度目を伏せてから瞼を閉じ、意を決したように顔を上げてマイン達を真っ直ぐに見つめる。
「わかりました……では、まず……皆さんに、この世界で起きた『悲劇』についてお話させて下さい。」
「この世界に起きた悲劇?一体、何が起きたって言うんだ……?」
悲劇という言葉に、マイン達は不安そうな表情を浮かべて軽く身構える。
ラウルはそんなマイン達の反応に、思わず一瞬だけ口元に笑みを浮かべたものの、どこか悲しげに目を細めて、マイン達に緊張を解すように促す。
「そんな身構えていては、疲れてしまいますよ。これからお伝えすることは、皆さんにも関係するお話ですが……どうか気を楽にして、あまり緊張せずに聞いて下さいね。」
ラウルはマイン達に気遣う言葉を掛けると、視線を落としながらゆっくりと口を開いて語り始める。
「その『悲劇』は……緩やかに始まりました。この世界は……古の昔に、一度……世界を破壊し尽くすほどの『大災厄』に見舞われ、滅びの道を辿っているのです。」
ラウルが切ない声色で過去を語ると、マイン達は上手く呑み込めない様子で疑問を口にする。
「世界を破壊し尽くすほどの『大災厄』だって……?」
「殆どの生物が死滅した恐竜の時代に起きたことや、世界大戦のことを言っているのだろうか……?」
「滅びの道……いまいち、ピンと来てないんだけど……具体的には、どんなことが起こったのですか……?」
酷な質問だと理解しつつも、状況が把握し切れなかったエディーはラウルに問い掛けるしかなかった。
ラウルも質問されることは予想していたようで、特に動揺した素振りを見せることもなく、物語の概要を話し始める。
「『大災厄』が起きる前に、1人の王様が『異界の扉』を開いてしまったのです。その『扉』からは……『混沌』と呼ばれる災いが解き放たれ、世界は瞬く間に混乱状態へと陥ってしまいました。『扉』から解き放たれた『混沌』は、この世界に生きる命達を見境なく貪り喰らい、時には同じ『混沌』へと変えてしまいながら、この世界を支配していったのです。それが……気が遠くなるほどの大昔に起きた『大災厄』であり、この世界が一度滅んでしまった原因なのです。『大災厄』が起きた際に……ありとあらゆる生命体は骸として山のように積み上がり、空は夜と見間違うほどの黒い闇によって覆われ、星々の輝きが地上に届くことは無く……大地は引き裂かれるように割れ、世界中の草木は激しく燃え上がり、海は血によって真紅に染まってしまいました。そして……」
「ちょ……ちょっと待って!それって……!」
エディーがラウルの言葉を遮る勢いで思わず声を張り上げると、マインとクレールも口を開いていたようで驚きの声を上げる。
「世界中の草木が燃えて、海が血で赤く染まっただって!?」
「大地が引き裂かれるように割れ、空は闇によって覆われてしまう……。数日前に……私達が、遺跡で目が覚める前に視た光景と同じではないか……!」
マイン達が狼狽えたように幻覚で視た光景を思い返していると、フィルが感心したように声を漏らして話を続ける。
「ほう、お前達はあの『大災厄』の幻覚を視ていたと……。やはり、お前達が我々の前に現れたのは、偶然ではないようだな。」
「ええ、皆さんは……来るべくして、この地を訪れたのかもしれません。先程、言いそびれてしまいましたが……『混沌』とは、世界を蹂躙した異形の総称であり、皆さんも対峙したであろう『生ける屍』も、『混沌』の名残りとして……今も生き物達を脅かし続けているのです。」
「『生ける屍』だけではない。あの『黒い亀裂』も、『大災厄』の名残りとして、今もなお残っている。」
「生ける屍と黒い亀裂が、その大災厄の名残りだなんて……。でも……俺達が生ける屍や黒い亀裂を見るようになったのは、遺跡で倒れてた後からだし……大災厄が起きた時の光景を、俺達が幻覚で視たのもどうしてなんだろう……?それに、今の話が俺達にも関係してるなんて……」
「にわかには信じ難いよな……。そこまでの災厄が世界中を襲ってたんなら、文献の1つでも残ってないとおかしいんじゃないのか?俺達は、そんな歴史があったなんて話、今まで見たことも聞いたことも無いぜ。」
マイン達が鵜呑みにできずに疑問の声を上げていると、ヴェスタは顎に手を当てて訝しげに目を細め、何か心当たりがある様子で呟くように口を開く。
「そういえば……書斎で動かされていた本には、太古の昔に異界の扉が開いたという記述がありましたね。混沌が満ち、世界は終焉へと誘われてしまったとも……。」
ヴェスタが本の内容に触れた瞬間、不意にエディーが目を丸くして本の内容を音読し始める。
「太古の昔……異界の扉、開きし夜……世には混沌満ち、終焉を誘わん……。儚き命、無情に散り……抗う者、己を恨む……統べる者、己が可愛さ、背を向けて……民を失い、暗き闇の中……。儚き命、星に祈り……混沌鎮めし、救いを求めん……。儚き命、天に願い……終焉閉ざす、光を求めん……。求めし希望、紡がれず……混沌、世を蹂躙す……。祈れど、願えど、紡がれず……終焉、世を導かん……。光無き、黒き地に……己が身を晒すことなかれ……。混沌、儚き命を喰らい……世に終焉をもたらさん……。」
突然のエディーの行動に、マイン達が無意識の内にエディーへ視線を移すと——いつの間にか、エディーの瞳には仄かに青い光が宿っていた。
咄嗟にマインが声を掛けようと口を開くも、音読を終えたエディーは頭を抱えて膝を付き、苦しそうに声を漏らした。
「うぅっ!?」
「エディー!?大丈夫か!?」
慌ててマインがエディーの顔を覗き込むと、ラウルは真剣な眼差しでエディーの姿を見据える。
「ごめん……また、眩暈がして……っ。」
「……やはり、エディーさんは運命を引き寄せるほどの『特別な力』を持っているのですね。そして……皆さんは、私達が永い時を経て待ち続けてきた、『来たるべき待ち人』であると……。」
ラウルが期待を込めた声色でマイン達に声を掛けると、マインは困惑した素振りを見せて立ち上がり、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「ちょっと待ってくれよ……一体、何がどうして、俺達を待ってたことになるんだ……?それに……今の話が、俺達にも関係のあることだって?俺達はただ……家に帰りたくて、そのための手掛かりを探してるだけなんだけどよ……。」
マインが狼狽えて目線を泳がせていると、フィルが書物について再び言及する。
「お前達は、もう一冊の書物も見つけているはずだ。その書物には……遥か遠くより正しき者達の魂が到来し、この世界に失われた輝きを取り戻すという記述がある。」
「確かに、そのような記述があったような気がしますね……。エディーさん、その書物はまだ持っているだろうか?」
「う、うん……まだ俺が持ってるよ。」
エディーはふらふらと足に力を入れて立ち上がり、懐から教会で発見した書物を取り出すと、全員に見えるように少し腕を伸ばして前方に差し出す。
「もう一度、その書物を読み上げてはくれないだろうか?もし、その書物を読むことで、エディーさんが苦しむのであれば……私が代わりに音読しても良いのだが……」
「ううん、大丈夫だよ。確かに……読み上げる時に、眩暈がすることもあるけど……俺が持ってるって言ったんだし、これくらいなら問題ないから、俺に読ませて欲しいな。」
「そうか?なら任せるが……くれぐれも無理はしないでくれ。」
「うん、気を遣ってくれてありがとう、クレール。それじゃ……読み上げるよ。」
エディーは静かに本を開くと、教会で音読した時のように口を開き、内容を読み上げる。
「我が祈りを聞きたまえ……正しき者たちの魂……遠く、遥か遠くより来りて……失われし輝きを取り戻さん……。我が願いを聞きたまえ……輝かしき者たちの魂……失われし力を得、何を求めるか考えよ……。我が後悔を聞きたまえ……吊るされし者の魂……過ぎたる力は、求めたすべてを曇らせる……。我が決意を聞きたまえ……過去を無くせし者たちの魂よ……救い、救われ、生きていけ……。吊るされし者は……暗き深淵にて獣となりて、孤独に待つ……。」
エディーは時折り頭痛を訴えるかのように顔をしかめるも、音読を終えて静かに書物を閉じる。
エディーが本を閉じた瞬間を皮切りにして、ラウルは口を開き、マイン達に声を掛ける。
「その書物に記されている言葉の中に、皆さんのことを指しているものがあります。それは……先程、フィルが伝えていたように……『正しき者の魂』が、皆さんに該当するのです。」
「より詳しく言うとすれば、マイン、クレール、エディーの3人だな。」
ヴェスタを除いたマイン達が指名されると、マインは面食らったように頭を抱え、酷く混乱した素振りを見せる。
「この本の内容の一部は、俺達のことを指してるって言うのか?ますます訳が分からなくなってきたぜ……。」
「遠く、遥か遠くより来りて、失われし輝きを取り戻さん……。……確かに、私達が住む国名すら知られてない遠方に来ているようだが、それだけでは……私達が指定されている証拠としては薄過ぎないか?」
クレールが異論を唱えると、ラウルは首を左右に振り、確信した様子の声で言葉を紡ぐ。
「いいえ、その書物に記載されている『正しき者の魂』は、皆さんを指している言葉で間違いはありません。何故なら、皆さんは……」
ラウルはそこで言葉を区切ると、フィルと顔を見合わせて口を閉ざしてしまう。
何故、口を閉ざす必要があるのか——マイン達は訝しげにラウル達を見据えるも、口を開くことはなく、ただ佇んでラウル達からの言葉を待った。
しばらくの間、木々の囁きだけが空間に音を齎し、両者の隙間にそよ風が幾度か過ぎ去った頃——不意にフィルが口を開き、衝撃の事実をマイン達に告げる。
「お前達は……『この世界』の人間ではない。空より遥か彼方……それより遠き星より到来した……『異世界』の人間だ。」
「………………え?」
フィルの発言に対して、マイン達は辛うじて戸惑いの一言を絞り出せただけだった。
マイン達が硬直して驚いた表情を浮かべていると、ラウルは申し訳なさそうに視線を落とし、独り言のように呟く。
「動揺してしまうのも無理はありません……。突然、このような事実を告げられても、信じられないのが普通の反応ですし、今すぐに信じて欲しいとは言えないのも確かです。」
「だが……お前達は帰るための方法を探す折に、どこか違和感を感じていたのではないか?何故……誰も自分達が住んでいた国を知らず、歴史書などを読み漁っても、自国の話が出てこないのだと……。」
フィルがマイン達に声を掛けると、マイン達は意識を取り戻したようにハッとした表情を浮かべ、震えた声で心境を吐露する。
「……じゃあ……俺達が住んでた国が見つからないのも、俺達の常識とはかけ離れたことが起きまくってるのも、全部……世界が違うからなのか……?」
「以前に、普通の方法では帰れないのではないかと危惧していたが……まさか、異世界に来ていたとは想像もつかなかったぞ……。エミルは……?元居た世界に戻るためには、どうしたら良いんだ……?」
「旅をして、俺達の国に帰るための方法を探そうとしてたってのに……この世界に『存在してない』んじゃ、どうやって帰ったらいいんだ?……日向……。」
普段は平静を保っているクレールまでもが明らかに動揺し、マインが崩れるように膝を付いて項垂れると、堪らずヴェスタがマイン達に声を掛ける。
「……落ち着いて下さい。いえ……正直、貴方達が異世界から来たという事実には素直に驚きましたし、絶望して嘆く気持ちもわかります。ですが……貴方達が次元を超えて、この世界に来たということは……貴方達の世界にも行けるということです。現に……この遺跡には、貴方達が訪れたことで起きている異変……書物という手掛かりがありました。旅を続けていれば、きっと……元の世界に帰るための方法も必ず見つかるはずです。俺や、ヒゥヘイムやレドは、貴方達への協力は惜しみませんよ。ですから……顔を上げて、前に進んで下さい。進まなければ……帰るための方法も見つからないままなのですから……。」
ヴェスタがマイン達を励ますと、マイン達は視線を上げてヴェスタの顔を見つめ、今にも泣き出しそうな表情で小さくぼそりと呟く。
「ヴェスタさん……。」
「ええ、ヴェスタさんが仰る通り、皆さんが帰郷するための道が閉ざされたわけではありません。残念ながら……私達は、皆さんが帰るための方法そのものについて、詳しく知っているわけではありませんが……皆さんがこちら側の世界を訪れるきっかけとなった原因を突き止める道筋を示すことは可能です。その原因に対処することができれば……皆さんは必ず、元の世界に戻ることが叶うはずです。そのために手掛かりとなる『力』を、皆さんは既に所持しているのですよ。」
「手掛かりになる『力』って……一体、何のことを言ってるんだ……?」
ラウルが諭すように言葉を紡ぐも、マイン達は動揺した影響で上手く意図を汲み取ることができず、代わりにヴェスタが察したように眉間に皺を寄せて口を開く。
「『性質の異なる力』……『異能』のことですか。」
「ええ。皆さんの中に……この状況を打破する鍵となる『力』を持っている方がいらっしゃいます。それは……大災厄の名残りである、あの黒い亀裂を打ち破ることが可能な……エディーさん、あなたの『力』です。」
ラウルがエディーを名指しして解決策を伝えると、マイン達は驚いた表情を浮かべてエディーの顔を見つめる。
「今思えば……貴方は異世界の住人であるにも関わらず、この世界で起きた大災厄によって生じている黒い亀裂に太刀打ちできる力を持っていますね。」
「ああっ、そうだ……それに、エディーが持ってる特別な力は、黒い亀裂から出てきた黒い腕も狙ってるものなんだろ?」
「エディーさんの力に触れたことで、私達もこの世界に順応したかのような異能を発現し、今までまともに訓練を受けていない身でさえ戦えるまでになった……。」
「黒い亀裂を打ち破る力といい、まるで霊に憑りつかれたかのような言動といい、一体貴方は何者なのですか……?」
マイン達が口々に疑問を並べていると、不意にクレールがエディーの正面に立って声を掛ける。
「エディーさん、以前に何度か『巻き込みたくなかった』と漏らしていたことがあったな。私達は……エディーさんが遺跡で倒れていたことについて、心当たりが無いと言っていたことを今でも信じている。だが……もし、何か隠していることがあれば……素直に、今ここで話してはくれないだろうか?この状況に陥った原因は……エディーさんにあるのか?」
クレールが真剣な表情でエディーに追及すると、驚いたマインが思わず声を荒らげてクレールに詰め寄る。
「クレール!お前っ……エディーのせいで、俺達はこんな状況になってるって言いてぇのか!?」
「そういうことじゃない!私だって、エディーさんが意図的に私達を巻き込んだとは思っていない!あくまで、エディーさんを含め……私達が家に帰るための方法を探して、その原因と対処法を知りたいだけなんだ……。」
クレールが誤解を解くために反論すると、マインは目を伏せながら、頭に手を置き謝罪の言葉を述べる。
「……そうだよな。わりぃ……つい動揺して口走っちまった。クレールだって、弟が心配で仕方ねぇだろうに……怒鳴っちまって、ごめん。」
「いや……私も、もう少し言葉に気を付けるべきだったな。決して、エディーさんを責め立てたり、傷付けようとしているわけではない。そのことは、理解してくれるか?」
クレールが心配そうにエディーへ視線を戻すと、エディーは口元に笑みを浮かべ、クレールに頷いてみせた。
「うん……ちゃんとわかってるから、大丈夫だよ。俺も……マインとクレールも、早く大切な人の所に帰りたいって気持ちは、同じだとわかってるから……。」
エディーは自身の胸元に手を置き、瞼を閉じて想いに耽る。
事態を収拾しようと、ラウルとフィルもエディーに続いてマイン達に想いを伝える。
「私達も、皆さんを不仲に助長したいわけではありません。そのことは、予め伝えておきましょう。」
「俺達は、むしろお前達の手助けをしたいと思っている。お前達は、我々の世界の都合に巻き込まれたに過ぎないのだからな。」
ラウルとフィルが協力する姿勢を見せると、マインとクレールは軽く息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「そっか……俺が持っている力が、この状況を招く引き金になったのかもしれないのか……。」
不意にエディーはぽつりと独り言を呟くと、深く深呼吸をして瞼を開き、意を決したかのように口を開いて言葉を紡ぐ。
「わかった……今度こそ、皆に俺が持ってる『異能』について、話をするよ。」
エディーは自身が抱えている秘密について告白する旨を伝え、マイン達は目を見張って心配そうに声を掛ける。
「……良いのか?エディー……気持ちはありがてぇし、お前のことを知れるなら聞きたいとは思ってるけどよ……さっき、街で話してた通り、無理して打ち明ける必要は無いんだぜ?」
「そうだな……先程は、尋問のような真似をしてしまったが……打ち明けるのが苦しい時は、無理に話さなくても良いと掛けた言葉を裏切るわけにはいかない。それは、今も前も変わらない私達の本心だからだ。詰め寄るような真似をしてしまって、すまなかった……。」
クレールが申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べると、エディーは首を左右に振って優しく微笑み、言葉を続ける。
「ううん……気を遣ってくれてありがとう、マイン、クレール。確かに……今でも、親友で居られなくなるんじゃないかって、不安で仕方ないんだ。でも……2人に異能が発現した時といい、俺達が異世界に来てしまった原因が俺の力にあるなら……もう、黙って過ごすわけにはいかないと思ったんだ。皆で元の世界に帰るためにも……きっと、俺はここで決断しなくちゃならないと思う。もう……いつまでも、皆を俺の我儘に付き合わせるわけにはいかないし、むしろ……今まで追求しないようにしてくれて、俺に時間の猶予を与えてくれて、ありがとう……。」
エディーは全員の顔が見えるように、ゆっくりと歩みを進めて前に出ると、振り返ってマイン達の顔を順繰りに見つめ、不安そうな声で問い掛ける。
「俺の秘密を……俺の『力』を知っても、友人のままで居てくれるって……前に言ってくれてたのを覚えてるよ。その言葉を……信じても良いかな……?」
エディーが眉を下げてマイン達の反応を伺うと、マイン達は口元に笑みを浮かべ、エディーからの問いに答える。
「当たり前だろ?今更撤回なんてしねぇから、安心してくれよな。」
「ああ、エディーさんがどのような力を抱えていようとも、皆で力を合わせて乗り切るだけだ。」
「乗りかかった船ですし、貴方達が帰れるようになるまで、とことん付き合いますよ。」
3人からの喜ばしい返答を聞くと、エディーは安堵したように表情を和らげて口を開く。
「ありがとう、皆……。……それじゃあ、聞いてくれるかな……?俺が持ってる……『異能』についての話を……」
エディーは途中で言葉を区切ると、心の内を落ち着かせるかのように軽く深呼吸をして瞼を閉じる。
マイン達は黙り込んでしまったエディーを急かすことなく、ただじっとその場に立ち続け、エディーからの言葉を待った——。
次回投稿日:4月17日(金曜日20時頃)




