一夜明けて
昨日はほとんど寝られなかった。
雪羽があれからどうなったのか、気になり過ぎていたせいで。
寝ぼけ眼の香玉を連れて、宿舎の食堂までくると、いつもは賑わっている時間帯なのに、人の姿はまばらだった。
朝食をとっている彼らも、何ヶ所かに分かれて複数人で集まり、何やら深刻な面持ちで会話をしていた。
「……殿下の処遇は?」
「上官がピリピリしてたぞ……」
朝食を持って、空いている席まで移動する過程で、彼らの会話が漏れ聞こえてくる。
「冷宮行きは、温情だろう」
「柴家だからじゃないのか……」
「……中には処刑される人もいるみたいね」
処刑!? 雪羽はっ?
心臓が嫌な音を鳴らした。目が大きく見開くのを感じる。
まだ会話している彼女を見つめ、咄嗟に声をかけようとした時。
椅子を引く大きな音が辺りに響いた。
途端に食堂内が静まった。
音が聞こえた方を見ると、机に手を突いて立っている蒼雲の姿が見えた。
蒼雲が食堂内を鋭い眼差しでゆっくりと見回した。
柴家の噂話をしていた人たちを特に威嚇しているようだった。
居心地の悪い沈黙が辺りを満たし、私は知らず息を詰めた。
蒼雲は全体を見回した後、何も言わずに外へと歩き去って行く。
「びっくりした……」
ぼそりと呟いて、詰めていた息を吐き出す。
出入り口の方を見ていた香玉が、伸びをしながら私に視線を向けてきた。
「お陰で目が覚めたわ。結局あいつも、自分の一族が大切なのよ。なんか、がっかりね」
一族。柴貴妃……雪羽!
香玉の言葉を聞いて、一時忘れていた彼女の事を思い出し、居ても立ってもいられなくなった。
翔貴様の姿が脳裏に浮かぶ。
昨夜、寝られない中、やっとこさ馴染ませた皇太子殿下の名。
皇太子宮に行けば会えるだろうか。
食事を早々に切り上げ、のんびり食べてる香玉に断りを入れ、食堂から外に出た。
◆◆◆
皇太子宮まで、勢いで歩いて来たのはいいけど、段々緊張してきた。
改めて見ると、皇太子宮は周りにある他の建物よりも目立っていて、荘厳な出入り口に足が竦んだ。
なんで、今まで普通に通れてたんだろう。
自分の神経を疑いつつ、それでも、過去の修行で山熊と命のやり取りをした時よりましだと、意識を切り替え一歩を踏み出した。
翔貴様の私室までの道のりで、人とすれ違うことは珍しくないけど、今日はなんだか妙に見られていた気がする。
神経質になってるのかな。
私室前に辿り着き、扉をノックしようかどうしようか悩む。
いや、悩んでる場合じゃない。雪羽の安否を聞き出さないと。最悪の処断が下されてたとしても、今ならまだ間に合うかもしれないんだから。
ノックしようと気合いを入れた瞬間。
「報告があるなら……」
白武官の声と共に、顔面へと扉が迫ってきて咄嗟に、上半身を弓なりに逸らして、半歩後ろに飛び退った。
首筋に冷や汗が浮く。
体勢を戻そうとした姿勢で、白武官と目が合う。
安堵の息が口から漏れかけ、体から力が抜けた途端。
足があらぬ方に滑り、視界がぶれる。
磨かれた床に足が取られて、前のめりに景色が移動していく。
嘘でしょっ!? 何が起こって……?
手が宙を切る。
目前に迫る床に為す術もなく、声にならない悲鳴を上げながら崩れ落ちた。
「何を……やってるんですか?」
「白武官っ、酷いです」
努力が報われなかった悔しさに拳を握り、顔だけ上げて、上から見下ろしてくる白武官を、涙目で軽く睨んだ。
眼帯をしてない方の目は険しいけど、口の端、引き攣ってますよ! 原因の一端として助け起こしてくれてもよくないですか?
何事も無かったように立ち上がり、服の埃を払う。
部屋の奥から咳払いらしき音が聞こえ、姿勢を正しながら視線を走らせる。
すると片手を口元に当てて、山積みの書類に顔を向けている翔貴様が見えた。
肩が微かに揺れてる。
……怒ってる? どんな感情!? なんで私はこんな失敗をっ。
「あの! お忙しいところすみません。聞きたいことがあるのですが、急を要することで。今は、難しいでしょうか!!」
とりあえず、存在は認識して貰えたから、白武官の視線を感じながら、翔貴様に向かって声を張り上げた。
「……怪我は無さそうで……っ良かった。入るといい。話を……聞こう」
途切れ途切れの声。書類から顔を上げた翔貴様が、口元から手を離し、顔を覆いながら片手で手招いてきた。
顔が覆われる前にちらりと見えた表情は、硬さと引き攣りのような微妙な感じに崩れていた気がした。




