雪羽の処遇
翔貴様の目前まで歩き、立ち止まる頃には、既に彼の手は顔から離れ、少し眉間に力が入っているような表情で、私を見ていた。
「聞きたい事とは、雪羽のことか?」
近くの椅子に座るよう促され、姿勢を正して席につくと、直ぐに翔貴様が掠れた声で聞いてきた。
得体のしれない存在を見る視線を向けそうになり、顔が硬直する。
察しがいいという範囲を超えているのでは? いや、私は助かるけど。
「そうです! 彼女は無事ですか? さ、最悪な事になってたりは……」
「最悪なこと?」
私の顔をじっと見てきた翔貴様が、唐突に口元を震わせ、扉の方と私を交互に見た後、片手で口元を隠して机へと顔を向けた。
「……っ」
肩が揺れ、机の上に置かれた方の手に力が入っているように見える。
な、何だろう? も、もしかして、雪羽はやっぱり処刑……!
「くっ……」
「く?」
身を乗り出して彼を見る。
「……緑家でっ……。身分剥奪のち、強制奉公……」
言いながら、翔貴様は机へと上体を頽れさせた。
「身分剥奪っ!」
重い。そんなの、処刑と変わらない。命があるかないかの違いだけでは……。
顔から血の気が引く。
体から力が抜け、椅子の背にもたれてしまう。
でも、雪羽はそれだけの罪を犯していた。彼女にとっては生き地獄かもしれない。翔貴様に嘆願した私を恨んでるかな……。だけど、処刑じゃなくて良かった。
目を閉じて、浅い息をつく。
……良かった、彼女が助かって。お嬢様みたいに、居なくならないでくれて。雪羽には悪いけど、私はもう誰にも居なくなって欲しくない。
雪羽の処遇を教えてくれた翔貴様にお礼を言おうと目を開けると、机に突っ伏している彼が目に付いた。
耳を澄ますと、喉から絞り出したような呻きを発しているのが聞こえてくる。
「ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか!?」
素早く椅子から立ち上がり、前屈みで翔貴様を覗き込む。
「……だめだろっ。……あの転び方はっ……なんでッ、ああなる。……無駄に、優雅ッ」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
遅れて入室時の醜態を思い出し、みるみる頬が熱くなるのを感じた。
「わ、笑わないで下さいっ。……いや、もういっそ笑って下さい。中途半端に堪えられるのが一番、恥ずかしいので」
遠い目になりながら翔貴様の様子を眺める。
一頻り肩を揺らしていた彼が顔を上げる。
ちょっと潤んでいる目元。そこには、薄らと隈らしき陰ができていた。
良いように計らってくれると言っていたのは、嘘じゃなかった。雪羽の処遇は重いけど、処刑までは行ってない。
翔貴様が私の言葉を信じて動いてくれたお陰だよね。
笑われるくらい、甘んじて受けよう。
ああ、でも武人として情けなさ過ぎる。ここは、撤退一択。
「雪羽のこと教えてくれてありがとうございました! 今日はこれで失礼いたしますっ」
深々と頭を下げ、さっと背筋を伸ばし、くるっと翔貴様に背を向ける。
「待ってくれ」
翔貴様が背後から手を伸ばしてくる気配を感じ、ゆっくりと向き直る。
けれど、羞恥心で彼の顔を真っ直ぐ見ることはできなかった。
「笑ってすまない。あまりにも、芸術的過ぎてっ」
まだ笑ってますよね?
「お世辞は結構です……」
山積みの書類の束を見つめて、枚数を数える。
えっ、何枚あるんだろ、これ。百枚以上? ちょっとこれは、過剰労働なんじゃ。
「翔貴様……いえ、皇太子殿下」
「ん? ここでは、名前でいい」
目元を拭っていたのか、手に持った手巾を畳みながら、彼が私の方を見上げてきた。
いつの間にか笑いは収まっていたらしい。
それは今はどうでも良くて。
「休んでください」
意図せず低い声が出た。
少しだけ温度を感じる表情をしていた翔貴様の目が、僅かに開く。
その後、彼は書類へと頭を巡らせた。
「ああ、終わったら休もう。ところで明蘭、今回の件はお手柄だった。お陰で母上を守ることができた。ありがとう」
矢継ぎ早に褒められ、目を瞬く。
「あっ、いえ、そんな」
私はただ、雪羽を見つけただけで。
「褒美は何がいい?」
書類から頭を上げた翔貴様が微笑を浮かべる。
机の上で組まれた両手。
何となく壁が作られた気がして、戸惑いつつもメラッと対抗心に火がついた。
「今、誤魔化しましたよね? 私は休んでくださいと言ったんですけど」
翔貴様の微笑が消え、眉が少し下がったように見える。
「それは……難しい。終わらせないと、政務が滞る」
扉の方に立っていた白武官の気配が近付いてきて、私は無意識に身構えた。
「不敬ですが、こればかりは私も流武官と同じ意見です、殿下。せめてお茶の時間だけでも取って下さい」
隣にきた白武官に、勢いよく顔を向ける。
仲間だ。仲間がいた。やっぱり翔貴様、仕事し過ぎですよね!?
「そうです、そうです! 過労で倒れちゃいますよ」
何度も頷き、翔貴様へと視線を合わせる。
彼は、私と白武官を見比べ、目を瞬かせてゆっくりと首を傾げた。
「……似てるな? 賢嵐が二人になった気分だ」
え? 私、そんなに険しい顔してましたか!?
横目で見えた白武官の横顔が、冷ややかに歪んだ。
「大分お疲れのようですね。お茶を持ってきます」
白武官は問答無用というようにさっと礼をとった後、踵を返して部屋を出て行った。




