翔貴の判断
後宮に向かって歩きながら、雪羽の助命を嘆願した。
「彼女が皇后陛下に毒を盛っていたのは、万死に値する行為です。ですがそれは、やむを得ない事情があったからです。真に罰を受けるべきは、雪羽を裏で利用してきた柴貴妃だと愚考します!」
足早に歩いている飛翔様、違った、翔貴皇太子殿下の表情は、髪に隠れて見えなかった。
嘆願し終える頃には、後宮内の薬房付近に差し掛かっていた。
「よく報告してくれた。後は私に任せて、体を休めるといい。雪羽のことは心配するな。良いように計らおう」
薬房手前で立ち止まった殿下が私に振り向いて、軽く肩を叩いて労わってくれた。
飛び上がりそうになるのを堪えて、コクコクと何度も頷く。
恐れ多過ぎて声が出なかった。
飛び退って逃げなかっただけ偉いと思いたい。
殿下は私が態度を変えると堪えるらしいから、これ以上の無礼は働けない一心だった。
彼は困ったように少しだけ眉を下げた後、すぐに表情を引き締め、白武官を伴って薬房の中へ入って行った。
「……置いてかれた。お役御免ってこと……?」
しばらく呆然とした後、日が傾いてきた空を見上げた。
雪羽のことが心配で仕方なかったけど、これ以上は関われる領分を超えていて、彼女の命が助かることを祈ることしかできない。
未練たらしく、誰も出てこない薬房を振り返りながら、後宮の外に出た。
◆◆◆
翔貴は目の前で縮こまっている宮女を無言で見下ろしていた。
彼女が告白した内容は、明蘭の説明と一致していた。
この証言があれば、柴貴妃を失脚に追い込むこともできるだろう。
が、そうすることで、飛栄の立場が危うくなる可能性がある。
翔貴は後宮の外、父、皇帝陛下がいる飛龍宮へと視線を向けた。
この宮女、雪羽の命と飛栄の命だけは、どうにか守れるよう話すしかないか。
キリッと疼いたみぞおちに視線を落として、嘆息した。
「賢嵐」
「お断りいたします」
雪羽と翔貴の間に陣取るように立っている賢嵐。
鋭い眼光で雪羽を見つめていた彼は、翔貴の呼び掛けに被せて意思表示してきた。
翔貴は二、三度瞬きした後、ため息をついて口を開く。
「……まだ、何も言ってないだろう」
「殿下のお考えはある程度察せます。この者を救おうと考えておられるのですよね。しかしながら、私は納得できかねます」
「理由は?」
「信用ならないからです。逆らえなかったからとは言え、皇后陛下を毒殺しようとしていたことに、変わりはないのですから」
賢嵐の断固とした口調に、翔貴は目を閉じて眉間を揉んだ。
「信用する必要はない。証人として守るだけだ。救う訳でもない。自身が犯してきた罪を、生きることで償って貰う」
下の者にとっては、生きづらい世界だ。誰にも手を差し伸べない者に、上に立つ資格はない。
翔貴は目を開け、強い眼差しで賢嵐を見据えた。
賢嵐の引き結ばれていた口が、ゆっくりと解かれる。
「……御意に」
その口から絞り出された声に苦笑する。
半ば強制的に従わせた心苦しさが一瞬過ぎるが、翔貴は直ぐに表情を引き締め指示を出す。
「彼女を秘密裏に清燐の保護下へ。私は皇帝陛下に会ってくる」
「かしこまりました」
賢嵐はいつもと変わらない動作で翔貴に頭を下げてきた。
スっと姿勢を正した彼は、不満など無いような生真面目な表情で翔貴を見た後、雪羽を促して薬房を出て行った。




