飛翔様の正体
雪羽の手を握ったまま、放心する。
彼女の決意は変わらないんだろうけど、私にもまだ何かできるんじゃないかと、ぼんやり考えて目を見開く。
そう言えば私、皇太子殿下付きの武官だよね。一度も会えてないから忘れてた。皇太子殿下に雪羽の助命を嘆願したら、最悪の事態は免れるかもしれない。
そうと決まれば皇太子宮に急いで戻らないと。皇太子殿下が居なくても、飛翔様は居ると思いたい。
「雪羽。皇后陛下じゃなくて、まず皇太子殿下に告白してくれる?」
「……なぜ? 私は命乞いできる立場じゃないのよ」
「それでも! 雪羽だって本当は、自分で香梅さんのこと探したいんじゃないの? 一縷でも望みがあるなら、それに縋るべきだと私は思う!」
怪訝な表情をしていた雪羽の目が、ゆらりと揺れた。
「私は許されない罪を犯してきたの。例え死罪を免れたとしても、一生牢屋からは出られない」
「だけど、香梅さんの死の真相は知ることができる。私が全身全霊をかけて探し出すから!」
雪羽の手を両手で握り締めて、顔を近づける。
彼女の目に自身の真剣な表情が映り込む。雪羽は少し仰け反って目元を赤く染めた。
「分かった。期待してしまう自分が嫌になる……待ってるから、私の決意が鈍らないうちに、殿下とお目通りさせて欲しいの」
「ありがとう! すぐに殿下をお連れするから待ってて!」
雪羽の手を離して素早く立ち上がり、薬房を後にした。
◆◆◆
後宮から出た後、急ぎ足で皇太子宮に向かった。
「……サボりか?」
宮殿の出入り口に差し掛かったとき、蒼雲と鉢合わせた。
遠目から見て嫌な予感がしたのは気のせいじゃなかったんだ……。
「心外な! 数日、休暇を貰っただけなんだけど!」
「あっそ。……配属されてから見かけねえから、職務放棄してんのかと思ってたんだぜ」
この男に拘ってる場合じゃない。
「蒼雲がここに居るってことは、皇太子殿下も宮殿内に居るよね。殿下に用事があるから、中に入らせて」
「殿下は今から後宮に向かわれる……ほら見ろ。出て来られたぞ」
蒼雲の視線の先に目を向けて、息を呑んだ。
飛翔様……? 瞬きをしてみる。白武官を斜め後ろに従えて歩いてくる青年。
やっぱり、飛翔様だよね!?
「次期宰相様じゃなく……?」
「何言ってんだお前。仕えてる相手の顔ぐらい知ってないとやばいだろ」
蒼雲の武官服の袖を無意識に引っ張ると、やめろと言うように引き離された。
呆れ顔で見下ろされ、どっと冷や汗が浮き上がるのを感じる。
だって会う機会がなかった。それとも、私の察しが悪かっただけ?
飛翔様に出会ってから今日までの、数々の無礼を思い出す。
二人が近くまで歩いてくるのを、生唾を飲み込みながら見る。
「蒼雲ご苦労。今日はもう下がっていい」
「は! 御前失礼いたします」
蒼雲って、敬語でも話せたんだ……。
飛翔様、いや、皇太子殿下の前に取り残された現実から逃げるように、思考を飛ばした。
「……明蘭?」
「大変申し訳ありませんでしたッ! 煮るなり焼くなり御心のままに!」
名前を呼ばれた瞬間、条件反射のように跪こうとして、腕を掴まれ固まる。
頭上から吐息のようなため息が一つ落ちてきた。
「黙ってたのは私だ。態度を変えられると堪える」
「申し訳……すみません。あ! 飛翔様……いえ、皇太子殿下! 至急お伝え申し上げたい件があるのですが!」
恐る恐る顔を上げた先には、薄らと寂しげな気配を漂わせた表情が見えて、一瞬心臓が傷んだ気がした。
けれど、動揺を完全に封じ込めることはできず、結局他人行儀な発言をすることになってしまった。
「……何があった? 後宮関係か?」
皇太子殿下の察しが良すぎて怖い。
私は無言で頷いた。




