第405話 インテリ気取りのクソ売国奴
「サイロス、シリウスは殺すな。連れ帰って刺身にしてやる」
アラタの言う遺書とは、裏切り者がいる可能性を報告する際の書類の隠語。
それを受け取り、数度のやり取りを重ね、最終的にブレア中将の手によって破棄。
まだ容疑段階でしかなく、次の事件を起こさないようであれば追求のしようもなかった2人の被疑者。
彼らはまた、同じ手口を使った。
成功したことで味を占めたのか、それとも他のやり方が見つからないくらいアホなのか。
それとも大穴で本当にただの偶然、彼らは無実なのか。
——いや、流石にそれはないな。
自分で自分の考えた可能性を否定して、アラタは悲しそうに自嘲した。
出来ることなら、そうであってほしくはなかった。
裏切ってないと信じさせてほしかった。
だが、そうならなかった。
それならばやる事は1つ、敵の殲滅である。
「キィ、2人の位置は?」
「ばっちり」
「よし、第1192小隊は全員戦闘態勢。利敵行為の容疑者としてサイロス、シリウス両名を捕縛する」
奇襲や遠距離攻撃の類が無いことを確認すると、アラタは一度納刀し下馬した。
ドバイは道横にある太めの木に繋ぎ留めておく。
「エルモ、デリンジャー、馬を守れ」
「「了解」」
「残りは俺と来い」
「アラタ」
アーキムがアラタに声を掛ける。
彼は弓矢を置いていくつもりなのか、矢筒を背中からおろしていた。
「ん?」
「向かってくる帝国軍は良いのか?」
「問題ない。206の本隊が対応する」
「なるほど。誰が知っていた?」
「リャンとルークさんだ」
「なるほど」
それだけ聞くとアーキムは引き下がった。
自分も知りたかったと少し変な気持ちになったが、そんなことを表に出したら笑われるに決まっている。
密かに隠したはずの思い、バレるはずもないと思っていた彼の隣で、生暖かい視線を送る男が1人。
「殺されたいのか?」
「いんやぁ? ま、良い傾向なんじゃね?」
「いつかぶっ飛ばすからな」
「ハイハイ」
似た者同士、相性はいい筈なんだけどな、とエルモは顎に生えた無精髭を触った。
アラタからは清潔にするように言われていて、大抵そのすぐ後にアーキムにも同じことを言われる。
お前ら兄弟かよと言いたくなるのをこらえて、彼は今日も髭を剃らない。
トイレに行くと言い隊から離れた2人はすぐに見つかった。
キィが【感知】で居場所を特定していたというのもあるし、相手も黒鎧を起動していなかったというのが大きい。
念のため、2人の黒鎧に細工をしておいたデリンジャーだが、それを使うまでも無かったという事だ。
哨戒任務の道から外れた森の中、ミラ丘陵地帯は大部分がこんな風に鬱蒼としている。
陽が差したり差さなかったり、基本的に湿度が高く、木々が生い茂っている。
秋ももうそろそろ冬に役割をバトンタッチしようかと疲れてきたこの頃、それでも青々とした葉が太陽光を遮っていた。
戦闘フィールドとしては、非常に戦いにくいの一言に尽きる。
地面は堅めだが、木の根がそこら中に露出していて非常に危ない。
棘や毒のある植物も多く、無闇やたらに歩き回るのはお勧めできない。
視界が悪く、遮蔽物も多い。
総じて、戦いにくい場所だった。
大人数を相手にしなければならないと考えてのことなのか、裏切り者の2人はこの場所を選んだみたいだ。
「武器を捨てて防具をすべて脱げ! そしたら片腕だけ落として連行する!」
「隊長、それ降伏させる気ないでしょ」
「あいつらが応じるわけない。下手に出るのはムカつく」
八咫烏に所属していた時の毒気が抜けてきたのか、最近ツッコみ役が増えてきているカロンのそれをスルーしてアラタは続ける。
「抵抗するなら両腕が消えると思え! 失血死と自殺させないように、こっちは治癒魔術師まで用意してあるからな!」
「うわ……隊長本気過ぎる」
カロンが若干引いているのはよしとして、シリウスたちもただ言われっぱなしにはならない。
数十メートル離れた安全圏から大声でレスポンスをする。
「隊長こそ、いい加減諦めたらどうですか?」
「あぁ!?」
「アーキム、バートン、散開しましょう」
自然なのか演技なのか、煽られたアラタが乗っている間に、部下たちは着々と陣形を整えていく。
そしてメインは舌戦だ。
「第十五次帝国戦役、公国人はまるで何かの記念かのように戦争に名前を付ける。何百年この不毛な争いを続けるんですか?」
「帝国が諦めるまでだろ」
「カナン公国は元々ウル帝国から独立した国ですよ? 元に戻るだけじゃないですか」
「何百年も前の形に戻す意味も義理もねーんだよ。頭使えよタコ助」
「産業で負け、資本力で負け、外交で有利を取れず、挙句東部情勢が不安定になりなし崩し的に開戦。攻め込んだのは帝国ですが、この戦争は半ば公国が起こしたようなものですよ」
聞くに堪えない論説を展開するシリウスに対して、アラタも精一杯考えて答えを出す。
元々、彼は政治とか外交とか戦争には疎いのだ。
野球の事しか頭になかった青年が頑張っている方だといえる。
「……攻め込んだのは帝国ですがって、じゃあ帝国が悪いんだろーが。東部動乱だって、元は帝国が工作員送り込んで来やがったからだろ。なあリャン!」
「えっ、あっ、はい。すみませんでした……」
元工作員へ飛び火したところで、アラタの話は続く。
「俺は特殊配達課、黒装束、八咫烏、灼眼虎狼、色んな場所で色んなものを見てきた。公国の力不足で開戦したことが事実だとしても、火を点け油を注いだのは帝国の方だ。なんで俺らが譲歩せにゃならんのだ、死に晒せドブカス」
「あーはいはい、単純な悪口しか語彙が無くなるまで追い込んですみませんね」
「もう決めた。お前は四肢を斬り落として帝国軍に郵送してやる」
「ほらまた」
「うっせー」
「良いですか隊長、いや元隊長。未開拓領域に接しているカナンは魔石の生産量が非常に多い。それにアトラダンジョンには竜も眠っている。これらは元々全て帝国の持ち物だったわけです。それを自分たちだけで独占しておいて攻められたくないは筋が通らんでしょう」
「ははっ、その辺の歴史くらい俺だってしってますぅ~。帝国はあれだろ、公国の御先祖様を辺境に追いやっておいて、魔石の産業利用化が出来るようになって戦争を始めたんだろ? それが帝国戦役の始まりなんだろ? 魔物の襲撃を撃退しながら人間の国を作り、アトラダンジョンを整備して魔物資源の管理化を成功させ、今までこの地域を発展させてきたのは公国の方だ。あんまし舐めんじゃねーよ」
「それは公国に都合の良いように捻じ曲げられた歴史だ! なぜそれが分からない!」
「帝国に行ったとき、首都の人間も同じようなこと言ってたぜ」
「騙されている!」
「じゃあ証拠出せよ。誰に唆されたのか知らねーけどな、お前は公国の人間として最もしてはならないことをしてるんだよ。Do you understand? You don’t」
唐突な英語部分は通じないだろうが、煽りまくっているのは理解できる。
シリウスは顔を真っ赤にして怒り狂っており、薬をキメているか完全に洗脳されているか、元々おかしかったかの3択になりそうだ。
彼に代わり、今度はサイロスが前に出てくる。
「隊長、あまりイジメないでやってください。軍警察に告発しますよ?」
「すれば? その前にお前らは外患誘致で死刑になるけどな」
「その言葉も脅迫ですよ。まったく、私の職場はパワハラに満ちている」
「お前も本当に人の話を聞かねー奴だな」
「はは、お猿さんと会話する趣味は無いので」
「へー」
刀を握る手に力が入り、血管が浮かび上がる。
「正直私は過去がどうだとかはあまり興味がない。未来の話をするべきでしょう?」
「お前はあと数日の命だけどな」
「隊長、帝国は現在多方面に戦線を抱えている」
「バカだな」
「その通り。ですが、それが何かの拍子に一箇所に集中したらどうなります?」
アラタは応えない。
答えたくない質問には回答しないのがアラタのやり方だ。
「負けるでしょう。完膚なきまでに。そうなれば被害は今回の比では済まない。ではどうするか、隊長だって分かるはずだ」
「全然分からん。暴力による一方的な主権主張は断固として反対する。それが公国の意志だ」
「さんざん力に訴えてきたあなたが言いますか」
「悪いか?」
「説得力に欠けます」
「過去じゃなくて未来の話をしようと言ったのはお前だろ」
「過去は未来へと繋がっている。未来は過去なしに語れない。隊長に未来は語れませんよ」
「お前もだろ。いちいち達観した風な態度が鼻につくな」
地雷を踏み抜かれたのか、サイロスの表情が少しきつくなった。
敬語も姿を隠し、論説も乱暴なものになっていく。
結局のところ、ウル帝国とカナン公国のどちらに義があろうと、戦場にて敵を殺し、味方を裏切っている時点で何を語っても意味はないのだ。
「隊長は何も分かっていない」
「だから? 分かってたら偉いのかよ」
「えぇ偉いですよ。民衆を導こうとする我々は気高くすらある」
「オェ。マジきっついわぁ」
「やれ」
サイロスが合図をすると、木々の隙間、アラタの死角から矢が襲い掛かる。
【感知】を使って躱したアラタの頬にかすり傷が付き、血が滴り落ちた。
アラタはすぐに頬をつねって血を出し、毒対策を行う。
しかし幸いなことに、毒物の類は使われていなかったようだ。
「この前のガキか」
「えぇ。帝国軍に用立ててもらいました」
「お前マジキモすぎ。仲間に呼んだの失敗だったわ」
「隊長こそきつすぎる。何を必死に崩れかけの国を守ろうとしているんだ」
「あ?」
「必死に抵抗して何になる? 小国が小国である為に、いったい何人の犠牲を積み上げるつもりだ?」
「…………もういい」
「隊長も分かっているはずだ。分からないはずが——」
「黙れ」
不意にアラタの声のトーンが下がった。
敵味方を問わず、ここが臨界点であることを悟り、戦闘態勢に移行した。
「そうやって自分は他人より優秀だと、他人には見えないものが見えているとイキがるのは楽しそうでいいな」
そう言いつつ、アラタは納めていた刀に再度手をかけた。
「これ以上口を開くな。魂が腐る」
もう十分すぎるくらい言葉を交わした。
ここから先はこれで語るべしと、そう部下に伝えている。
「アーキム、雑魚を捌いておけ。俺はこいつらを拘束する」
「隊長、我々が何の勝算もなく裏切ったとでも?」
「勝算がどうとか、だからお前らは二流なんだよ」
——【不溢の器】、起動。
アラタの中で、今一度強い願いが芽吹こうとしている。
不義の輩に激震走る一撃を。
アラタは刀を抜き終わると、ありったけの殺意を籠めて鋒を向けた。
「殺しはしない。謝罪会見がまだだからな」




