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半身転生  作者: 片山瑛二朗
第5章 第十五次帝国戦役編
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第404話 not found on this world

 アラタは、基本的に人を信用しない。

 言葉では信じるといっても、本当に心の底からそう考えることは極稀だ。

 正確には、信用しなくなったという方が正しいか。


 元は騙されやすく、ある意味純粋な少年だった。

 ドッキリにも平気で引っかかるし、でもそれはそれでいいかと受け流せる器の大きさを持っていた。

 異世界に来た直後なんて、ノエルやリーゼにあることないこと吹き込まれて彼女たちの都合の良いように誘導されていたのは、今でも笑えない。

 そんな彼は、考えうる最悪を想定している。

 それでも戦場は、容易にその空想上の地獄を上回ってくるわけだが、とにかく考え、事前に手を打ち、その結果を受け止めて次に生かすというサイクルには大きな意味があった。


「中隊長殿」


 今日もご苦労な事で、第1師団司令部付きの伝令係はアラタの元に足を運ぶ。


「喪中なので」


「そんなこと言われましても。お気持ちはお察ししますが、中将閣下とあなたの緩衝材になる私の気持ちも察して欲しいです」


 男は泣きそうな顔をしてアラタにすり寄る。

 手ぶらで帰れば本当に怒られるのだろう。

 そんな必死の懇願もアラタはどこ吹く風、まるで取り合おうとしない。


「部隊の立て直しに時間がかかるとでも言っといてよ」


「1192は死者ゼロだったじゃないですか」


「206は損耗があった。その辺よろしく」


「あっちょっアラタさん!」


 アラタは兵士の制止も聞かず、馬の横腹を蹴って駆けて行ってしまった。


「あ……また叱られる」


 男は今日も、アダム中将に怒られるみたいだ。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


 短く息を刻みながら、アラタは戦場のど真ん中を駆け抜けていく。

 ど真ん中過ぎて敵もここまでは侵入して来ておらず、実質的に公国軍の支配下にある。

 一番砦から見て東、帝国軍がいる前線の方向へ向かう途中に、ルーラル湖という湖がある。

 彼ら206中隊や旧1192小隊がミラにいたときは、八番砦から後方に下がってよくこの場所で訓練に明け暮れていた。

 ちなみにアラタが【狂化】の師匠でもあるカイワレと稽古に勤しんでいたのもこの辺りである。

 愛馬のドバイは戦いが激化する戦場において、大きなけがをすることも無く走り続けている。

 アラタも気心の知れた相棒の機嫌を取るために、カバンの中に目一杯ニンジンを詰めてここまでやって来た。

 ドバイもどこかそれを察知しているから機嫌がいいのだろう。


 1人と1頭はルーラル湖の湖畔で足を止めると、足の短い芝生の上に腰を下ろした。

 ドバイとしてはもう少し草の多く生えているところが良かったのだが、アラタは芝生の方が好きだ。

 球場の外野でくつろいでいるのと感覚が近いせいもあるのだろう。

 ベージュ色の肩掛けかばんには、ニンジンが20本以上収納されていた。

 アラタはその内1本を取り出して、隣に立つ愛馬にくれてやる。


「ヘタも食えよ」


「ブルル…………」


「グルメなやつだな」


 ドバイはどうにも美食家気質なところがあり、頑なにニンジンの葉を食べようとしない。

 普段の飼料はもっと適当なものが与えられているのに、人間の感覚では高級料理でパセリを残すようなものなのか。

 いずれにせよ、パセリまで完食するアラタには理解できなかった。


「ドバイ、誰も来ないな」


 言葉は寂しがり屋のそれだが、顔は無表情。

 さわさわと手で芝生を撫でていると、ふと堅いものが手に当たる。

 ピンポン玉くらいの大きさの石を手に取ると、アラタはそれを湖に向かってぶん投げた。

 数十メートルはある距離を、座ったまま届けきる。

 筋肉がどうとかより、モノの投げ方を完全に理解しているようだった。


 石が水面に叩きつけられて、衝撃で少し叫ぶ。

 その音に驚いたドバイは体をビクッと震わせて、それから不機嫌そうにアラタの頭を齧ろうとした。


「はは、ごめんて」


 歯茎をむき出しにして追加のニンジンを要求するドバイに、アラタは立て続けにオレンジの棒を与えてやった。

 これでこの件は終わりな、そう言っているみたいだった。


 それから少しの間、アラタはボケーっと湖と、その奥に見える山々を眺めていた。

 大きめの山や交通の要衝となる丘、道にはすべからず公国軍が陣地を形成していて、アラタが楽しんでいる景色のいくつかにも公国軍の旗印がはためいている。

 せっかくの大自然なのに風情が無いとアラタは嘆いていた。


 これは完全に余談だが、ハルツ殺しの下手人をアーキムが追跡した際に反撃を受けて倒れた3人の兵士は、いずれも命を取り留めた。

 それどころか数週間もすれば現場復帰できるのは流石に出来過ぎな気もしなくはないが、タリアの治癒魔術の恩恵にあずかれたところも大きいのだろう。

 医学がまだまだ発達していないこの世界では、医療はインフラではなく金持ちの特権である。

 日本や他の先進国のように、きちんと大学に医学部が設立されていて、しっかりとした育成体制と免許制度、社会インフラとしての医療行為が確立されているのは極めて素晴らしいことなのだ。


 カナン公国はまだまだこの域には程遠く、盲腸で死ぬ人間もさほど珍しくない。

 そんな中、タリアの治癒魔術を受けることが出来たのは、本当に幸運な事なのだ。

 アラタが国民健康保険制度に思いを馳せていると、ドバイがなにやらごそごそと辺りを嗅ぎまわっているのに気づいた。


「…………んー」


 【感知】を起動してみるも特に反応は無し、というよりも……



「おいこら、食べ過ぎて動きたくないとかやめてくれよ」


 彼が黄昏れている間に、ドバイはカバンの中のニンジンをこれでもかと食していた。

 しかも器用に葉だけ残して。

 本当に腹が立つのか愛らしいのか、後者の方が圧倒的割合を占めるこの感情にアラタは名前を付けたくなる。


「もー、帰るか?」


 立ち上がり手綱を握ると、イヤイヤと首を振って抵抗する。


「お前は本当にさぁ、我儘なのは足りてるんだよ」


 大貴族2人と行動を共にしてきたアラタは、せめてお前は自重してくれとドバイのことを撫でてやる。

 口元は指を齧られそうになるので首のあたりを撫でてやるとこの馬はかなり喜んだ。

 帰りたくないと駄々をこねていたのはいつの話だったのか、あっという間にアラタを背中に乗せて走り出す。


「ニンジン25本も食ったんだから、少し走らないと太るぞ!」


 ドバイは何も言わず、大地を駆ける速度を上げて呼応した。

 今日もミラ丘陵地帯の前線では戦いが繰り広げられているが、アラタが新指揮官となった第206中隊の出撃は無かった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「隊長!」


「アラタ隊長!」


「隊長!」


「アラタ!」


「あなた!」


「はい、エルモ罰ゲーム」


「なんでだ!」


「いまアラタじゃなくてあなたって言ったから。完全にふざけたよね」


 そう言いつつアラタは木箱から腰を上げ、デコピンの手を作って近づいていく。

 なぜかかかっている【身体強化】を察知したのか、エルモは途端に焦り始めた。


「ちょ、タンマ! 待って! っつーかいつになったら動き出すんだよ! みんな薄々そう思ってるからここにいるんだろ?」


 罰ゲームを免れるため、本来の話題に戻すため、恐らく目的は圧倒的前者。

 しかしエルモのいう事も事実、ここにいる隊員たちはみんなアラタが何のアクションも起こさず、司令部にもいかず、指令を受けもしない現状にイラついていた。


「そうだなぁ、お前らそんなに戦いたい?」


「でなければ何のために戦場にいると思っている」


 アーキムも相当フラストレーションが溜まっているみたいで、アラタは少し肩をすくめた。

 やはり隊員全員大なり小なり気は立っていて、怒りのぶつけ先を模索しているのかもしれない。

 ここはアラタが折れるところだ。


「分かったよ。司令部に行ってくる」


指示を仰ぎに行くのが1/4、謝罪をするのが1/4、残りは怒られるために、アラタは司令部へと向かっていった。





「今回は大目に見る。次は無いと思いたまえ」


「は。すみませんでした」


 初手謝罪から入ったのが功を奏したのか、アラタに対するアダム・クラーク中将閣下の叱責はそれだけだった。

 アラタからすれば、こんなのは怒られているうちに入らない。

 彼の中の怒られ方と言えば、バットでぶん殴られるかスパイクで蹴られるか、正座からのビンタかねちねちと数時間にわたる説教か、それらの中から1つないしは複数の選択制だった。

 心の中でホッと胸を撫でおろしたアラタを気持ちを察してか、アダム中将はさっさと次の話題に入る。


「それで、例の遺書には目を通させてもらった。書き直しなんて珍しいな」


「まあ、全くない話ではないでしょう?」


「そうだな」


 中将閣下は頷きつつ、手にしているアラタの遺書をビリビリに引き裂いた。


「あっ!」


「残すものでもあるまい。だろう?」


「まぁ……」


 アラタはちらちらと取り巻きの姿に目をやる。

 それから再び中将の方を見た。

 いつもと変わらぬ、穏やかな目。

 クラーク家に多い金髪。

 苦労が刻まれた顔。

 読めないと思いつつ、読まざるを得ない。


「もう書く機会が無いことを祈っています」


「そればかりは君にどうこうできる範囲を超えている。あまり気にしないように」


「はっ」


「ひとまず第1192小隊に哨戒任務を与える。夕方まで外に出てきなさい」


 こうして、アラタたちの再始動任務は見回りという運びになった。


「遺書破られたんですね」


「要らねーだろって。まあそうなんだけどさぁ」


 カッポカッポとゆったりとした速度で一行は進んでいく。

 馬上でアラタの愚痴を聞くのはリャンの仕事の範疇だ。


「で、新しいの作る必要ありそうなんですか?」


「いや、今のところ大丈夫だろ。今回の件もこれで片が付くだろうし」


「そうであってほしいです」


 10人にまで減ってしまった第1192小隊、もう誰も失いたくないというのは、隊員全ての共通の願いのはずだ。


「隊長、トイレ」


「サイロス、シリウスと連れションしてこい」


「なんですか」


「戦場で単独行動は厳禁だからだよ」


「……了解です」


 サイロスは少し面倒そうだったが、渋々シリウスに付き添って馬を停めた。

 他の面々は歩調を合わせることなく先に進んでいく。

 つい先日ハルツが命を落とした、あの場所に近づきつつあった。


「アラタ」


 キィが声を掛ける。


「お前らはそっちに付くんだな」


 アラタの左手が刀の鯉口に掛けられた。

 そしてそれと同じタイミングで、少し遠くから人の気配。

 2度同じシチュエーション、まったく同じ離席者。

 そんな現象を偶然として片付けるほど、アラタは安全な生活をしていない。


「サイロス、シリウスは殺すな。連れ帰って刺身にしてやる」


 ハルツが命を落とした事件の清算をするために、アラタは刀を抜いた。

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