篩は今も揺すられている
「納得いかない! なんで俺が一番じゃないんだ!」
そう叫ぶ男を何人ものプレイヤーが見ていた。それもそのはず、
「俺のゴーレムがいれば大国の求める資源がすぐに集まるんだぞ!?」
ここはリソーストレイトで開催されたコンテスト、その会場だ。多くのプレイヤーが集まり、尚且つ突如叫びだした男が何者なのかは既に分かっていた。そして叫ぶ男が誰を目の敵にしているのかも、男の態度と……鍛冶技術部門の結果から誰もが察していた。
「なんでたかが薬品が一位なんだ! それも鍛冶技術の部門で!」
その疑問は最もだろう。薬品となれば錬金術師や薬師が作るものであるというのがこの世界の常識であるし、そもそも工房で薬品を作りました鍛冶由来の天然素材ですと言われても恐ろしく感じる人がほとんどだ。
しかしコンテストの結果は紛れもない第一位、それは優勝であり、審査員からの高評価とパトロン希望者の殺到、何より鍛冶の神からのお墨付きまで付いている事実が今さら覆ることはない。
それほどまでに一位になった薬品はこの世界において革命とも呼べる代物だった。
「あなたのゴーレムはとても凄いものです」
「でもあるか分からない資源よりも、自分達の領地の人の生活の方が大事だと、皆さんが思ってくれたんですよ」
その薬品、【水魔妖印の農薬】を作ったプレイヤーが言う。雑食の魔物すら嫌い、どんな生き物にも食べられることのないスライム、その庇護膜を素材にしたこの薬品で農作物をコーティングすれば魔物は寄り付かなくなる。尚且つ庇護膜の特性から太陽光はしっかりと通し、塗られた部分は水を弾くため薬品が溶け落ちる心配もなく、スライムの脆さ故に収穫後に少しの魔力を流すことで全て消し去ることができるため人体にも影響は無い。この消し去る技術は揮発性魔力液と水魔妖の庇護膜を混ぜ合わせることで確立したものでそのためには専用の炉が必要になる。だからこそ鍛冶技術部門のエントリーなのだ。
「だからって! この世界に危機が迫っていることに変わりはない! 良いのか!? 目覚めた七罪も、七曜も! 備えなければ世界は滅ぶぞ!」
「備えることは大切です。でもそれは武力ではないはずです。ブレードアームと紹介されていましたが……そのゴーレムは調査用ではなかったのですか?
調査に危険は付き物でしょうが……それを減らすためのゴーレムの起用ではなかったのですか?」
喚く男の作ったゴーレムはただの調査用ではないことはデモンストレーションと称して鉄の盾を切り裂いてみせたことで誰もが察していた。あれはもう海底を進軍する兵器そのものだ。
調査用として紹介されたものを兵器として流用することはあるだろう。ここにいる領主たちの中にも腹芸の得意そうな顔は多い。
しかし、だ。堂々と「兵器」として使えるとアピールをされて「それをくれ」と言うほど、領主貴族はバカではない。
一位の男は続ける。
「それに災厄が来ても大丈夫です。ヒーローがいますから」
迷いなく。言い切った男の顔は誇らしさすらあるようで。
数日住んだ町を守るためにバイクと共に単身敵地に乗り込む情熱家がいる、ボロボロになっても立ち上がりドラゴンと共闘してみせた夢想家がいる。この世界でオンリーワンになれることを証明してみせた二人は決して虚構の存在ではないことをその男は知っていた。
「原石と原石は出会ってぶつかって、そうやって研磨されるんです。そしてその研磨を求める人達はたくさんいるんです」
ここは異世界ではない。あくまでゲームの中である。だからこそその研磨に遅いということはない。誰もがオンリーワンであり、その研磨が足りないだけ。そして磨き上げるのは自分の意思がなければ不可能だ。
「だから大丈夫です」
一人で世界を見ているようなあの二人の道が混ざりあった。なら大丈夫だろう、と妙な確信とともに生産職として栄誉を手にしたプレイヤー……セーベルガーに危機感が無い訳ではない。しかしながら世界の危機、それ以上に頼もしい二人を知っていた。
だが全ての人が納得できる訳もなかった。
「ふざけるな……!」
鍛冶技術部門で3位という結果に終わった技師、ゴーレットは苛立ちを隠すことなく声を荒げる。深海の水圧に耐える構造と、その高圧環境で遠隔管理と行動制御ができるゴーレムなど前代未聞でありその技術力は何世代も先を行くものだ。それを一人で作り上げ大量生産に漕ぎ着けたことはゴーレットの誇りだ。しかし蓋を開けてみれば二人も上にいるではないか。激昂しても無理も無い。
そのもう一人は置いておいてもいい。マニーを魔力に変えて打ち出すという手法は革新的どころか誰も考えなかった技術だが、機械だからこそ自ら魔力を込められないゴーレムは魔力銃を装備させても火力を望めなかったがこの技術を用いれば戦闘力を更に上げることができる。利用できるからこそ許せる。
しかし農薬? 戦闘においては毒にも薬にもならないではないか。そんなもの許せるはずがなかった。
「こんなコンテストは無効だ! 俺の最高のゴーレムが優勝しないと、この街は滅ぶぞ!? いいのかそれで!! 動けゴーレムたち! ぶっ壊せー!!」
ゴーレットが起動、と念じるだけでコンテストに出品していたゴーレム5体は動き出した。その腕は戦闘用のパーツとして紹介された鋭利なブレードとなっており、デモンストレーションとして鉄の盾を切り裂いた様子を見て、人を傷付けるのは容易いと誰もが知っていた。
しかし人々が慌てるには……いや、驚くにもそれは遅すぎた。
「セーベルさん、ナイス演説でした」
「似合わないことさせないでよ、バースライトくん……」
「お陰様で準備は整いました。確証が無くても手伝ってくれる人を探すの大変なんですよ。今回はジンギスさんがランチメニューの皆さんで手伝ってくれるので人員的には余裕になりましたね」
「観客も市民もパトロンも含めて避難は完了した。目からビームって話だから遠距離職には頭部狙いを通達してある」
「ありがとうございます、ジンギスさん」
助けを求めることが苦手な人は多い。それも推測程度の段階では協力者を集うのは至難だろう。しかしながらセーベルガーに時間稼ぎを頼み、ジンギスを含めた多くのプレイヤーに声を掛けたバースライトは……傲らずに人を集め陣を敷いていた。
リージェスというプレイヤーからメールを受け取ったバースライトは海岸で大立回りをしているという友人にもメールをし、返事として『物理攻撃主体、目からビーム、中心にコア』という情報と写真を受け取った。だが写真よりも装甲が増していること、目であろうレンズの色が違うことから改良型であると判断し、人を多く募った。
「皆さん! 被害ゼロで行きましょう。でなきゃ格好がつかないですからね」
「当たり前だな! ここ踏ん張れねぇで兵器が無くても大丈夫なんて言えないもんなぁ!」
「いや、あの、掘り返さないでくださいジンギスさん……」
バンバンとセーベルガーの背中を叩くジンギスを横目に見つつ、バースライトは協力者に合図を送る。
返事の代わりに送られたのは、開戦の口火となる着弾音。
ダァン!!
「ギ、ギギギ」
「500じゃヒビは入らないか。確か1000でインパクト相当の威力だったっけ。なら、《グラスプスティング》!」
レイピアのような短剣を投げつけ、再び合図を送るバースライト。突き刺さった対象の動きを数秒止めるスキルとともに放たれた針はゴーレムの鎧を貫きその動きを縫い止めた。
そしてどこかから放たれた弾丸によってゴーレムの単眼は砕かれた。
「レンズはスキルで言うと強化なし【インパクト】相当の威力で壊せます! 防御貫通が小の武器でも装甲に刺さるぐらいはします! 【グラスプスティング】か【プラントバインド】持ちは足止めを優先! 前衛は体勢を崩して欲しい! カウンターよりパリィを意識してください!」
「「「おう!」」」
バースライトは篩に掛けられたプレイヤーではない。あくまで始まりの町からスタートした普通のプレイヤーである。しかしその言葉は大勢に向けられた意味のある言葉だ。自分が先に行動し威力偵察をする、そしてその情報を提供することに一瞬の迷いもない。
軍を束ねるのではなく、民衆を率いるでもなく。個の集団だからこそ情報を流し利用するつもりで音頭を取る。それがバースライトの選ぶ道であり、そしてそれは一度は落ちた篩に向かって這い上がろうという強い意思があるからこそだ。
「一先ず威力偵察は終了。水への耐性は高そうだし打撃もあんまり効果無さそう、と。斬撃と刺突だとどっちだ? 《スラッシュ・ネイル》! 微妙、《スティッカーレイド》! なるほど。効果的なのは刺突です! 捕捉情報、腕は装甲薄め! かえって背中は装甲が厚いです」
協力者による狙撃で得られる情報、自分が行動して実証する情報、どちらも惜しまずに公開する。このゲームで一番にはまだ至れないことはあれの友人だからこそ痛いほど分かっているバースライトに出し惜しみする情報などない。
1つあるとすればゴーレムの情報をもっと寄越せと言いたかった、しかしステータスを上げて特殊な装備でごり押しているあれに細かい情報など望めないので実地検証を余儀なくされていることくらいだ。海岸で大立回りをしているらしいが助けを求めてはいなかったのでそのまま頑張ってもらうことにした。
「一応ここもイベント戦闘な訳だし何かしら報酬はあるでしょ。でも無傷で終わらせなきゃ格好もつかないんでね。おっとゴーレットがいない?」
「大丈夫だよ。捕縛用のワイヤーで縛ってあるから」
仕事早いな!? と思ったものの口には出さないバースライト。バースライトが少しの間だがセーベルガーというプレイヤーを見ていて感じたのは最低ラインの高さへの違和感だった。他のプレイヤー、いや攻略の最前線のプレイヤーと比べてもセーベルガーの作る装備のほうが明らかに強い上に固く、能力も優れている。そもそも効果欄にデメリット以外で3つも書かれている装備など未だ売られていなかったはずだった。
それを軽々と用意され、無償のところを敢えて買い取らせてもらったバースライトは明らかに攻撃力の上がった剣を振るいながら、指示を飛ばす。
ここは今戦場、プレイヤーへの称賛もましてや詮索も要らないと。
あるいはそれが最前列を突き抜けた二人との違いだとしても。利を求めて用いることと、信じて頼ること、その2つは大きな違いとなるかもしれない。
しかしその答えが出るのは今ではない。
街の危機は多くの民衆には危機とも気付かれないまま終結した。それはただ二人のプレイヤーの活躍ではなかった。民を守ることに専念した者、上流階級を優先的に守った者、前線で戦い続けた者、そして的確な指示で短時間で戦闘を終わらせた者。コンテストから始まったひとつの事件は被害者を出すことなく解決した。
そしてその全てを間近で観戦していた神の一柱である鍛冶神クラフストスはその丸太のような腕を組みながら思案する。
(いや原初の火を使いこなす奴の所に原初の火が渡るとはなぁ……。そりゃもちろん原初の火が鍛冶職に渡るのは想定内だが……幾らなんでもトントン拍子過ぎるだろ……。
それも高レベル素材で作った武器ですらないスライムの特性を生かした農薬とは)
原初の火は「溶解」という概念を木や岩にすら与える炎である。しかしそれを使うことの難易度はそっくり自分に帰ってくる。このリソーストレイトで原初の火を扱えるのはNPC1人、その弟子になったプレイヤーが2人いるのは分かっていたが数回の試行で武器防具ですらなく錬金術で作られるはずの農薬を作ってしまうとは……。
(素材への理解、鍛冶スキルへの理解、作業環境の良さだけじゃない。情勢を読み取りニーズに答える発想力。スゲーな。セーベルガーだったな。覚えておかねーと)
少なくともメモリアークを1回目で★10の最高ランクで完成させた才能の持ち主だ。他の鍛冶師プレイヤー間の平均ランクはまだ★4になった程度の現時点ではずば抜けているのは間違いない。
(もう1人も面白いが……どっちもあのゼノンとかいうプレイヤーと関わりやがったのが問題と言えば問題か。パトロン契約の仕様変更はしばらくできねーしなー)
強さの格が違う武器を大量に作られてはゲームのバランスが崩壊してしまうが、実装されたばかりの機能を無闇に弄るわけにもいかない。製作陣としては悩みの種である。しかしながら、
「だがまぁ、頭を抱えるのは俺じゃなさそうだな」
さっきからこのアバターに向かってメールがひっきりなしに届いている。もちろんこのゲームの運営である仲間たちからだ。めんどうなのでメールを確認せずに実際の現場を確認することにした。
「……あ?」
懐から取り出した【双児宮の望遠鏡】を使い、2つの戦場を俯瞰して観る。しかしながら、あるいはさもありなんと言うべきか、その鏡が写す光景はこの後の仕事を決定的なモノにしていた。というのも、実際にゲームの中に居る都合上、総連という男はコンテストが始まる前には既に神降ろししていた訳で。つまりはゲームでは早すぎる技術革新のヤンキーも、これまた速すぎるスピードで大気を駆け抜ける鳥人間も見ていなかったのである。
バグでは無い。だがしかし、正しい動作をしたからと言って想定通りのシナリオになるとは限らない。
頭を抱える神が、ここにまた増えた。
神降ろし(ログイン)
製作陣がプレイヤーと同じようにアバターに意識を投影する。クラフストスは背中に工具を背負った男神。神アバターは共通して後光が差している。筋骨粒々で彫りが深くどこかワイルドなのは本人(生身)の特徴。
ピッキングアウトの世界では運営の中から12人が神として祀られているようだ。




