人知れず最前線、威風にはためく大旆を掲げて #3
バハルシャードという名前がややこしくしているが奴の見た目は鎧を着たサメゾンビだ。人よりは鮫肌だろう皮膚は水中であれば厄介さが増すモンスターの類いで間違いないが、ここは橋の上だ。問題はない。
しかし斧と一体化した尾びれや人間の顔で鋭利な牙を覗かせる口はどう考えても殺傷能力が高そうだ。頭の剣角は知らねぇが、振り回すには元になった人間の首は貧弱だろ? 屈強なおっさんといえど骨の数は変わらねぇだろうしな。
いや、そもそも軟骨魚類だった訳だし参考にならねぇか。ここはファンタジーの世界だからな。
今のところヨシアキは一体のみのサモンしか見せていない。これが上限なのか手札を隠しているのかは分からないが、分かっていることは封魔符師の術はサモンで呼んだモンスターも効果を受けてしまうということだけだ。攻めるなら接近戦、近くに行くことでバハルシャードを壁として使う。
「ギィシャァア!」
「うるせえ!」
肥大化しバイクになった右腕を振るう。頭を狙った横殴りをノーガードで受けたバハルシャードは逆回転する車輪によって大きく弾かれた。そして俺は振り抜いた腕を下げてタイヤを地面に付ける。通常とは逆の回転だからこそ腕を引く動作に繋げられる。そのままコンボに持ち込む。
「《ブレイク》!」
真っ直ぐ放つ打突、「ブレイク」は相手の耐久値を下げる。そして打突だからこそ次の技に繋がる。直線で移動し鉄槌打ちを高倍率補整で叩き込むスキル。
「《ダウンフォールズ》!!」
鋼鉄に覆われた拳だから威力も倍以上のはず、だがバハルシャードの野郎は仰け反った体で受け止めやがった。そのまま右腕を抱き込もうとしてくる。それはまずい、
「《スクラッチ》! 《バックステップ》!」
車輪の回転を止める。そして撫で斬りのような動作をする「スクラッチ」と素早く後退する「バックステップ」で距離を取る。左手でアイテムボックスを操作して着弾と共に爆発するプレイヤー作の爆弾「ソクチャクダーン」を投げる。
BOOOOM!!
「ギィシャァア!?」
効果有りだ。サメでゾンビだからか火に弱いんだろう。ただ「ソクチャクダーン」は数はない。元よりパトロン募集のために作ったものを買い手を紹介する代わりに融通してもらったアイテムだしな。
名前はふざけているが非常に有用なアイテムだ。当たれば火に弱いモンスターであれば高確率で怯む。俺が紹介したのは島の炭鉱夫だ。採掘に直接使う訳ではなく、高威力の爆弾の着火誘爆用としてだ。まだこの世界にダイナマイトは無いからな。
「ギャ……
「怯みはある、ただ鎧着てる分思ったよりダメージが入らねぇな……」
長期戦は不利だが、望むべきものではある。時間さえ稼げればコンテストは無事に終わるし、向こうで戦っているゼノンが戻ってこれるかもしれない。
ただ問題は長期戦になってバハルシャードを倒したとしても疲弊した俺と無傷のヨシアキが戦うことになる点だ。痺れを切らして参戦する可能性だってある。そうなったらバハルシャードとヨシアキを同時に相手しなければならない。幾らなんでもそれは無理だ。1対1なら手はあるが前衛後衛が揃ったら打つ手がねぇ。
俺は左手に「ゲバルトスティック」を装備する。両手に長柄の武器を装備するのは危険だがこっちとしても手数が欲しい。少なくとも「ブレイク」の連打は必須だ。右腕の自由が無い分はゲバ棒で補うしかない。
「ギィシャァア!」
「動きが単調、だな。やはり人間の魂は死すると残らぬか。しかし一閃鮫の魂がある分、簡単な命令なら従うか? ふむ、興味深い」
ヨシアキがぶつぶつと何か言っている。動きが単調なのは俺も思っていたことだ。バハルシャードは少なくとも理性で動いているとは思えない。ただ獲物を狙う動きしかしていない。腕や足を使いこなす格闘戦の動きは考えなくて良さそうだ。
「《ショックスラスト》」
左手に持つゲバ棒で相手の体内の魔力を弾けさせるスキルを放つ、手応えが弱い、ならばと羽流登賦鯉兜と一体化している右手で裂傷を作る《スラッシュスタブ》を発動しタイヤを回転させて振り抜く。こっちは手応えがあった。
この《ショックスラスト》は相手の魔力が高ければ高いほどダメージが増す。その手応えが無いということは魔力量は低い。そして《スラッシュスタブ》は相手の防御力が低いほど威力が増す。つまりはこのバハルシャードは魔力は低い物理タイプで防御面は低いってことだ。
スティックの武器スキルは相手のステータスを探りやすいものが揃っている。中距離を維持しつつ物理型、という武器種であるからこそのラインナップだろう。
「《ブレイク》! 《スクラッチ》、《正拳突き》!!」
鍛冶専門だった俺はあまり戦闘経験が無い。素材集めに海岸で狩りはしていたがレベルが上がったのはスライムのおかげだ。倒しやすかったからな。
音声認証は多対一の状況では良くない。それも言語を解するプレイヤーや、それこそ敵対NPCには手札を晒すのと同義だ。鍛冶スキルなら脳波認証も余裕でできるが、戦闘となると厳しい。挙動もそうだ。羽流登賦鯉兜の操作を脳波で出来るだけよかったけどな。
バハルシャードの噛み付きを右フックで防ぐ。回転率を上げたタイヤに殴られれば人体、いや鮫体だろうとダメージは大きいだろ?
「ギァァァ、」
効果、薄……いやこれはノックバック低減か?
「不味いな。おらよ!」
アイテムを取り出し投げつける。これは極彩色発煙筒・縛葉だ。鮫をサモンで出したままにさせたかったからな、相手を締め付けながら爆破するアイテムに改良した。そのまま《バックステップ》で下がって距離を取る。すぐ目の前を奴の腕が通り過ぎた。
「ダメージはある、か。つまりなんだァ!? 痛覚が無くなってきたってことか!?」
くっそ、最悪なパターンだ。この化け物、死体とモンスターが混ざった訳だがそう来るのか!?
ノックバックは力に押されれば当然起きる現象だ。勿論、それを攻撃を受けて仰け反る、衝撃で体が浮くなんかの物理演算としてゲームに反映できるようになったのは比較的新しい技術だ。しかし怯みや吹き飛ばしまで含めれば様々なゲームでプレイヤーを苦しめ、救うこともある昔からの仕様だ。
つっても、スーパーアーマーなんて言葉もある。怯まず飛ばされずダメージもない、一種の無敵状態を指す言葉だが……、バハルシャードもそうなりつつあるのか? いや、そんなクソモンスターがボスでもない手駒として消費されて堪るか。
可能性としては2パターン。1つはこのまま無敵になる前に体力を削りきって倒す速攻、2つ目は死体が動かなくなるまで凌ぐ持久戦だ。正直言ってコンテストを守るなら持久戦が望ましいが、このまま気色も胸糞も悪い化け物を長時間見せられ続けるのはキツい。
「技術は最先端! 戦線は最前線! なら最高速で進むだけだ!!」
回転率を引き上げ熱を増す魂魄、先刻まで振りかざしていた拳はそれでも拳ではないという主張と駆動音による雄叫びを上げ、燃え盛る情熱を形にした兵器として俺に応える。
何の為に猪鎧を借りたのか、それは前進行動に補正を掛けるため、何故前に進むのか、それは後ろを守るため、何を求めてこの姿に成ったのか、それは来るべき決戦のため!
端から戦争に勝つためにここに来たんだ、鳥男のバーターで終わってたまるか! なぁ! 羽流登賦鯉兜!!
「《王魂・紅蓮怒羅威武》!!」
猛る感情と体の熱をマフラーを通して後ろに放出し加速、踵の車輪を回して推進力を維持したまま前へ、猪王の覇気を纏いそのまま渾身の右ストレートをバハルシャードが反応するよりも速く打ち込みそのまま突き進む!
鉄橋の欄干まで押し込んだ、後は全部込めてぶっ放す!
「《拡霰爆裂弾》ォ!!」
駆動する発動機によって熱せられた超高熱の銃撃。熔解した魔鉱物を揮発性魔力液によって爆破放出する機構。元は機能として羽流登賦鯉兜に付けたものだったがいつの間にかスキルとして発動可能になっていた。師匠に作るのを止められそうになったが強行して良かったぜ。
この技は凄まじい威力があるはずだし、生身なら火傷どころではなく死に至る。相手が鮫ゾンビじゃなきゃあな。だがまぁ、排出した超高温の鉄の塊だと思ってくれ。そんなもんが外気に触れたらどうなるか、分かるだろ?
「グギ、グガガァア!」
「お前はもう、止まるべきだ」
外気に触れ、急激に冷めたことで固体へと凝固していく魔鉱物は大ダメージを受けたバハルシャードを欄干に押さえ付けた。動こうと足掻くバハルシャードは相変わらず理性を感じさせない人を外れた暗い目をしている。脱出しようとして体は鉱石に食い込み、腕の骨は曲がり、自らを傷付け続けている。もう止まってくれ。死はそう遠くないはずだ。
安心しろよ。お前を作った奴は、俺が絶対に殺すからよ。
「いつまでそこで突っ立ってるつもりだァ、ヨシアキ」
俺は怒りを隠さずにヨシアキを睨む。
「ふむ、見事見事。撃破ではなく捕縛を選んだのも冷静さと私への警戒から来る選択だろう?
もう少し見ていたかったのも事実だがこのままではバハルシャードの存在は5分と持つまい。仕方がない、私が相手をせねばな」
随分と上から目線で物を言う男だ。気に入らねぇ。
ハッ、上等だ。その余裕そうな面を痣で色が変わるまで情けも容赦もなく張り倒してやる。




